赤い狼と魔法薬 2
「思うがまま……か」
ジャン・リドニックは、基本的には思うがままに行動する。
それでも、レイの婚約者になったエレナの、自称護衛騎士になってからは、騎士としての品性だって大切にしているつもりだ。
受付嬢を続けている、しっかり者のフィルに、いつも口を酸っぱく注意されていることを差し引いても。
ふと、フィルの怒った顔や、悲しげな顔、笑顔がジャンの思考を埋め尽くす。
思うがままに行動すると言うことは、たいていフィルに悲しい顔をさせることではないだろうか。
「……でも」
現れた予言師は、ジャンにどちらにしてもトラブルが起こると言った。
思うがままに行動した方がいいとも。
背中に背負っていたリュックは、フィルが、狼姿でもアイテムを使うことができるように作ってくれた。
人間姿の時には、ウエストポーチのように使うことができる一見ただの茶色い鞄……。
しかし、通常狼になったときは、服も、装備もすべてどこかに消えてしまう。
それが当たり前だったから、今まで不思議にも思わなかったが、この鞄だけはいつでも手元に残る。
不思議に思ってフィルに尋ねてみたところ、魔術師ギルドの最高機密を漏洩することになるから、原理は教えられないと返答があった。
――――最高機密を、俺なんかのために、使っていいものなのか?
フィルの隠しきれない愛情を感じて、狼姿のまま口元を緩めたジャンは、一つ頷いて、鞄を咥えると逆さまにする。
体力と魔力の回復薬。そして、小瓶に入った燃えるマグマのように見える液体。
以前のジャンであれば、迷うことなく使っていただろう魔法薬。
それは、魔術師ギルドの上級魔術師兄妹、ピットとペティが、半年かけて作り上げたという。
次の瞬間、いつもの小高い丘の上にいた赤みを帯びた薄茶色の狼は、同じ色合いの騎士に姿を変えていた。
どちらかといえば、小柄な騎士は、少しの力不足を補うため、魔法剣士としての戦い方を好む。
実は、不死鳥との戦い後に起こった事件以来、ジャンの魔力は不安定になっていた。
それは、限界まで魔力を使ったせいなのか。
夜になると魔力を吸い取ってしまう存在である、新たな上司であるローグウェイ。
どうにも彼の、捨て身な行動が放っておけずに、断られるのも気にせずに、共闘しているせいなのか。
「どちらにしても、このままでは、予言師殿が告げていたトラブルが発生しても、参戦できない……。フィル殿にもしも何かあったとき、本気を出せないなんて……ダメだ」
それだけつぶやくと口の端をあげ、消しきれないフィルの顔を脳裏に描きながらも、ジャンは赤い魔法薬を一息にあおったのだった。
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