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【電子書籍化】恋の予言によると騎士団長様とモフモフ好きなギルド受付嬢は最高の相性らしいです。  作者: 氷雨そら
番外編

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予言師と魔術師の邂逅



 ディアルト・ローグウェイの名を知らない人間など、この王都にはいない。

 誰もが認める最強の魔術師であり、元魔術師ギルド長。ギルド長を責任を取る形で退いたのちも、その影響力は広く及んでいるという。

 ローグウェイ侯爵家の処断により、ローグウェイ侯爵を襲名した彼は、しかし夜会に参加することもなく、その私生活は謎に包まれている。


「それで、俺に何の用だ。場合によっては」


 最近、ある出来事で使えるようになった魔法剣を掲げて、ローグウェイは、仮面の下で陰鬱にほほ笑む。

 見た目が派手なだけではなく、魔法剣は実戦でも意外と使えることが分かったのは、収穫だった。


「――――ああ、恐ろしいな。俺は、予言の力は持っていても、戦闘能力はからっきしだから。頼むから、魔法剣からの一撃なんて、贈らないで頂けません?」


 得体が知れない予言師は、その赤銅色の瞳を三日月にして、今日もへらへらと薄ら笑いをローグウェイに向けている。初めて出会った時には、まだ幼かったその姿も、今は青年へと変わっていた。

 あの日、予言師の言葉通り、エレナと出会ったローグウェイは、人間らしさを取り戻した。悔しいがそれは、告げられた予言の通りだった。


「――――それで。俺に用があるのだろう? エレナのことか」

「察しが良くてありがたいな。そう、俺は、俺のやり方で、姫を守ると決めていますので」


 予言師の告げる言葉は、嘘がない。

 というよりも、予言師という生き物は、嘘をつくことができない。

 嘘をついたとたんに、すべての力は失われてしまうのだ。それは、たぶんほんの一部の人間しか知らない。魔術師ギルドでも、ギルド長くらいしか知らない真実だろう。


「たとえ、その手には入らないとしてもか」

「――――ローグウェイ殿も、難儀ですよね。俺と同じで」


 もう一度、底冷えするほど冷たく微笑んだローグウェイの表情は、彼をよく知ったものからすれば意外なものだろう。

 だが、今は鳥の嘴のように口の部分が尖った白い仮面のせいで、その表情は見えない。

 昼のローグウェイは、少なくともそんな笑いをすることはない。少し変わっていて気難しいけれど、彼はギルドの人間にそんな素顔を見せたりしない。


「その力を使えば、自分でエレナを手に入れることもできたんじゃないのか?」

「……運命というのは、分岐するものですが、無限ではないんですよ。俺との未来で、彼女の幸せがないのなら、彼女が一番幸せそうに笑う未来を捧げて何が悪いんですか?」

「――――確かに、あんたも難儀だな」


 ローグウェイは、自分との未来では、ダメだったのかと、少しだけ口が動きかけた。

 その様子を見ていた予言師の赤銅色の瞳が、ひと時光を帯びて輝いた。


「予言師は嘘をつけないし、聞かれた問いには答えないといけない。それは盟約のようなものなので、今言おうとしていることの答え、聞かないほうがいいです。たぶん、未来、変わっちゃうんで」


 その言葉を聞いて、ローグウェイは声を飲み込んだ。

 少しだけ、気の毒そうな顔をして笑う予言師が、殺したいほど腹立たしく、同時にとても惨めに見えた。


「どうして、俺に近づく」

「あははっ。面白いことを聞きますね? 予言師が誰かに近づくのは、予言を告げる時だけですよ」


 それ以外、どうやって過ごしているのかと聞きたくなるが、それは聞いてはいけない類のことなのだろう。たぶん、予言師もローグウェイはそんなことを、聞き出したりしないと踏んで、真実を告げているのだ。

  それは、信頼を得るための誠意なのだろうか。あるいは、同じ境遇の人間に、自分を知ってもらいたいという悲しい欲望なのか。


「それに、騎士団長がエレナの剣だとすれば、あなたは盾だ」

「――――それは、光栄だな」


 その言葉は、それほど嫌な気がしないとローグウェイは思う。

 ローグウェイは、今も自分の夜の姿を受け入れることはできない。それでも、あの日の笑顔が、完全な怪人になってしまいそうな心を、暗闇から引き揚げてくれる。


 あの笑顔が、なくなってしまったら、きっとローグウェイは、人間らしく生きるなんてできない。


「聞いてやってもいい……。お前の言動からすれば、エレナの笑顔のためなのだろう?」

「話が早くて助かります。――――このままだと、騎士団長殿は、やっぱり死んじゃうので」

「はぁ……。その話によると、もともと死ぬ運命のようにすら聞こえるが?」

「ま、エレナと掴むたった一つの道筋以外は、運命の分岐にはそれしかないんですよね。あの人は……」


 その理由を問われたところで予言師は、答えることができない。

 複雑に絡みついた運命は、やはり神の御使いの姿を受け継いでしまった、レイを中心に回っている。

 そして、どの運命なのだとしても、レイとエレナはどこかで運命が重なる。


 予言が絡んでも、絡まなくても、二人が恋に落ちるのは、運命の確定事項なのだ。


『あなたは、この恋から逃げられない。受け入れてあげないと、お相手死んじゃうんで』


 いつか、予言師がエレナに告げた言葉は、真実だ。だが、完全にすべてを伝えているわけでもない。


『たくさんの分岐の中で、エレナと幸せになる未来以外、レイには死なない未来がない』


「正しくは、それなんですよねぇ。本当に、困った人ですよ。一個も分岐をミスできないなんて、どれだけ難易度が高いんですか」


 エレナは、どうあってもレイに恋をする。そして、一緒に幸せな恋をする以外の未来すべてで、その瞳を曇らせるのだ。


「――――次は、氷の魔女が、王都に進行してきます。彼女の、髪の毛と瞳……見つかってしまったので」

「――――髪と、瞳?」

「……大丈夫です。あなたが放っておいても、髪の毛少し取られるだけで、その前に英雄が魔女を倒しますから」

「ふざけるな。余計な予言を告げやがって」


 それだけ吐き捨てると、ローグウェイは、すでに出立間近だという王立騎士団に合流するために走り出した。ローグウェイは察したらしい、自分の力添えがなければ、英雄の運命には、やはり暗雲が漂っているのだと。


 その後姿に、予言師は未来を告げずにはいられない。


「少しだけ、あなたの未来にも笑顔が見えますよ? がんばってくださいね!」

「ふん、余計なお世話だ」


 どちらにしても、親か兄同然のローグウェイに何かがあれば、エレナは悲しみに暮れる。

 その未来は、あまり見ていて楽しいものではない。どちらかと言えば、みんな笑っているほうがいいに決まっている。


『エレナ。君は幸せになれると、予言は告げているから。必ず、エレナが、幸せになれる道筋を見つけてみせるから』


 エレナの髪と瞳は、魔術を志す者なら誰もが欲しがる最高の媒体だ。

 髪だけならいいだろう。けれど、一部の者は、その瞳すらその手にしようとする。


 あの日、エレナとラディルが暮らす村を襲ったのも、氷の魔女だった。

 あの日、急に目の前に開けたすべての未来の中から、細い希望を選び取り、エレナを逃がしたラディルは、ローグウェイにエレナを託したのだ。


『ラディルの幸せは、そこにある?』


 幼馴染が負った傷を治そうと、むりに魔力を注いだ代償に魔力が枯渇し、グレーに色を変えたスミレ色の瞳、輝きを一時失ったくすんだ水色の普段は眩い髪。あの日、ラディルが告げた言葉に、エレナはそう返事をした。

 精霊に愛されるエレナの魔力を、すべて注ぎ込まれ、一命をとりとめたラディルは、父と同じ、予言の力を手に入れた。

 そして、魔力が枯渇したことで、エレナは魔女の目を逃れて、王都にたどり着くことができたのだ。


 予言の力を持っていても、大きな流れを変えるのは、困難だ。

 選択肢一回の失敗も許されないじゃないかと、細い希望の先の未来を予言師の少年は見つめた。


「あと少しだ……」


 幸せそうに笑うエレナの周囲では、ローグウェイも、騎士たちも、ギルド職員も、そして自分自身も、やはり幸せそうに笑っているのだから。


最後まで読んで頂きありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ローグウェイ様の底冷えのするような微笑みにゾクゾクです♪ 自分との未来に彼女の幸せがないなんて〜(ToT) どうか一筋の幸せな未来がつかめますように*\(^o^)/*
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