銀狼とギルド受付嬢の婚約騒動 7
恭しくひざまずいた、リフェルの手から、魔法紙に書かれた文書は、ローグウェイに手渡される。その手に触れた途端に、ほのかに光った魔法紙は、確かに本物だった。
そこには、事前に用意されていたとしか思えないような内容が記されていた。
表向きには、魔術師ギルド長が、第一王子と王立騎士団の要請を受けて、今回の一連の出来事に対する調査を行うという名目だ。
しかし、それは現実的には、魔術師ギルド長を、一時的とは言っても王立騎士団に所属させるのと同義だった。
「魔術師ギルドの長を、王立騎士団預かりにする? 王の両翼である最大派閥を、解体でもする気か?」
「……ローグウェイ殿。あなたは、エレナの恩人であり家族だ。間違いなく、あなたを見捨ててまで、エレナが俺を選ぶことは、ないだろう。それに、剣の腕も立つと聞いている。いっそ、騎士団所属というのはどうだろうか?」
「天下の英雄殿も、冗談を言うとは」
「本気だが?」
エレナは、自分のために、全てを投げ打った恩人を、そして育ててくれた家族を、見捨てるような人間ではない。
その事は、付き合いが短くても、レイには痛いほどわかる。
「エレナが守りたいものは、全て俺が守る。その結果起こる事は、全て解決してみせる」
「なぜ、そこまで」
「エレナの笑顔が、欲しいから」
大粒の涙を流したままのエレナに、銀色の狼は擦り寄った。空気を読まないジャンも、一緒になってエレナに擦り寄る。
「……私、レイ様を裏切ろうとしたんですよ?」
「裏切ってない。俺の好きなエレナが、恩人や家族を裏切るなんて出来ないことを、もう俺は知っている」
「でも」
「……そんなエレナだから、好きなんだ」
魔力が尽きて身動きが取れないアーノルドは、思いの外力持ちなリフェルに担がれて行った。
魔力が多い人間ほど、それが枯渇した時の影響は、大きいのかもしれない。
(レイ様とリドニック卿は、元気そうだけど)
ペロリと、長い舌が、エレナの丸みを帯びた柔らかい頬を舐める。そこは、塩辛い味がした。
「さ、家に帰ろう?」
「……レイ様」
「断らないでくれ。無理に連れて行くなんて、そのあと完全に、歯止めが効かなくなりそうだ」
「はどめ?」
「……聞かなかったことにしてくれ」
失言したとでも、言うようにレイは眉根を下げて笑ったように見えたけれど。
エレナにとって、どちらかと言うと気がかりなのは、ローグウェイのこれからについてだ。
(ギルド長は、来てくれるだろうか)
ローグウェイ侯爵家の庶子である、ディアルトの立場は、とても危うい。
今回のことで、裏切り者として、判断されるに違いない。
「ギルド長……」
「そんな顔するな、エレナ。そうだな……。第一王子殿下からの命を受けよう。……ただし、夜は自由にさせてもらうが」
それは、表向きには第一王子命令を受け入れても、単独で行動するということなのだろう。
「一人で調べる気か?」
「本気を出すには、魔道具を外す必要がある。ハッキリ言って、昼間は貴殿に及ばないが、夜は誰にも負けないからな。それとも、毎夜その姿で、いるつもりか?」
皮肉げに笑うギルド長は、いつもの調子を取り戻したみたいだと、エレナは思う。
最高級のルビーみたいな瞳が、細められる。
(今まで見た中で、一番楽しそう?)
小さな風がが舞い上がり、次の瞬間、ローグウェイの姿は、二人の前から消えていた。
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