第6話 口裂け女
――――学校へ
特に何もない、いつもの日常。
変わったことと言えば、トイレに行き、温水を門で受け止めると、たまにチューリップのアップリケをつけた少女が顕れ、私のことを見つめつつ眉を細めているくらいだろうか。
その少女はとても無口で何者かわからないが、特に害意を感じないので互いに干渉し合わない仲だ。
トイレから出ると、転入生が腹を押さえてこちらへ向かってくる姿を見かけた。
私はこれからの健闘を称えるべく、手を挙げてハイタッチを求めたが、彼は小さく呟く。
「衝撃は悲劇を呼び起こす」
とても申し訳なさそうな表情を見せ、足を擦るようにゆっくりトイレへ入っていった。
彼はあの日の放課後の出来事を語ることはない。
いや、彼だけではない。他の生徒たちも語らない。
何故ならば、あの日の記憶がすっぽりと失われているからだ。
霊との接触という奇妙な体験をしても、どういうわけか私以外の人間はそれについて覚えていない。
彼らにとってあの日の放課後は、準備を行っていただけの放課後というわけだ。
今から二年前、私は14歳という若さで痔を患い、この力を得た時は、これらの現象に頭を悩ませたが、悩んだところで答えが見つからなかったため、今では些細なこととして片付けている。
――放課後
幼稚園児との交流会の準備は終えているため、学校に残る理由もなく、皆、塾や習い事、部活、友人との交流、帰宅と各々の目的のために行動を始める。
私は特に部活などを行っていないため真っ直ぐ帰宅する予定だ。早く帰ってやらないと月葉が寂しがって頬を膨らませるので、放課後はのんびり過ごすなんてことはできない。
私は帰宅組の生徒とともに、たわいない世間話を行いながら共に帰ることした。
その中でマネキンの話をしていた女子生徒がマスク越しに、またもや不思議な話を始める。
「ねぇ、口裂け女って知ってる?」
この一言に誰もが思った。
(古い……)
その気配を察した女子生徒はこう話を続ける。
「昔の口裂け女の話じゃないの! 令和版の口裂け女の!」
男子生徒がこれに呆れた声をぶつけた。
「令和版って、自分がマスクしてるから今思いついたネタじゃねぇの?」
「違う、都市伝説は常に変化してるの! それでね、従来の口裂け女ってマスクをしてて、誰かに私はキレイと尋ねて、マスクを取ると口が裂けた女だったじゃん。でも、令和の口裂け女はもっと積極的なの」
「いきなりこっちの口を引き裂きに来るとか?」
「ううん、違う。自分の生い立ちや、どうして口が裂けてしまったのかを語るんだって」
「それはそれで鬱陶しいなぁ。で、語ってどうするんだ?」
「語り終えた後に、こう言うんだって。『このことは誰にも言わないで』、と。この時にちゃんとした返答をしないと呪われちゃうの」
「ちゃんとした返答?」
「返答はこう『口が裂けても話しません』って」
「え、ダジャレ?」
「そうなんだよ、私もあの時はダジャレかよと思ったんだけさ」
「あのときは? ん?」
「で、ちゃんとした返答をできなかったから……呪われちゃった」
そう言って彼女がマスクを取ると、口の端に切れ込みが入っていた。
皆が驚く中で、彼女は淡々と言葉を発する。
「私の口、ゆっくりと裂けているんだ。それが呪い。でもね、それを止める方法があるの。それは……」
「それは……なんだよ?」
「口裂け女の話を誰かに話すこと。みんな、ごめん……」
彼女は両手を合わせて、頭を下げた。
しかし、男子生徒を中心に彼女へ非難が飛ぶ。
「おま、おま、おまえな! ふざけんなよ!」
「ほんと、ごめんなさい。口が裂けるのはちょっと嫌だったんで」
「そりゃ嫌だろうが、友達を巻き込むか普通!」
「ごめん」
「謝っても許されねぇよ!」
ここで、他の女子生徒が疑問を彼女へ投げかけた。
「私たちにペナルティはあるの?」
「それは~、え~っと、大変言いにくいのですが~」
「いいから言って!!」
「三日以内に他の誰かにこの話をすること。そうしないと口が裂けちゃう。ほんとにごめん」
「ふざけないでよ!」
「だからごめんじゃすまされねぇよ!」
黙って話を聞いていた私は、指折りをしながら計算を始める。
「今回のように複数人ではなく、一人ひとりに話していったとして日本中に行き渡るのは2n≥120,000,000。で、2の26乗=67,108,864 。27乗で134,217,728、日本の人口を超えるわけだ。サイクルが3日なので27*3でおおよそ81日後には皆が知ることになるな。つまり、84日後には日本中が口裂け男女だらけというわけか」
「冷静ね、あなたは……」
「取り乱して事が解決するならばいくらでもするがな。とりあえず、対処療法として、私たちの間だけで話を聞かせ合えばよいのではないか?」
「あ、なるほど! 話した相手に話しては駄目だと言われてないし!」
ここで男子生徒が疑問を呈する。
「それで大丈夫な保証はないだろ。ズルだから駄目です、呪います~ってなったらどうするんだよ!」
「じゃあ、誰これ構わず話すの!? 81日後には誰にも話せなくなるんだよ」
「なんで発端のお前がキレてんだよ! だいたいな――」
「落ち着け二人とも。まだ三日の猶予がある。その間に私が何とかしよう」
「「へ?」」
私は面倒そうに頭をぼりぼりと掻いた。
(相手は幽霊ではなく妖怪の類になるのか? とにかく見つけ出して、交渉するか力尽くで何とかするとしよう)




