90話 宝箱
ラットの群れを片付けた俺達は晶石だけを拾ってから、奥へと進む。
4体、6体、3体のラットのグループと遭遇したが、いずれも鎧袖一触。
俺が突っ込み、その後を白兎が追撃、ジュードが打ち漏らしを片付けるという連携が出来上がり、8体以上の群れでもない限りは、もはや苦戦することも無さそうだ。
「いやあ、楽でいいね。突っ込んでいってくれる仲間がいるっていうのは。それで相手の陣形も崩れるし、機先を制することができるからこっちがかなり有利になるし」
すでにソロで稼ぐ3倍以上の晶石を手に入れることができたので、ジュードはホクホク顔だ。
「白兎の活躍も忘れないでくれよ。コイツがいるから俺も後ろを気にせずに突撃できるんだから」
下手に単独で群れに突っ込めば、囲まれてしまうこともあるが、白兎が第2陣として、群れに突撃してくれるので、それを回避できている。
「分かってるよ。ヒロが1番、白兎が2番、ひ弱な僕は3番目ってね」
自嘲しているようにも聞こえるが、顔が全然自嘲していない。
ジュードの役割は遊撃だ。俺がやったラットの半分は晶石まで粉砕してしまうし、白兎も初撃はなかなかだが、相手に回避に専念されると、攻撃が当たりづらくなる。
そこへ身軽なジュードが躍りかかり、動きの鈍ったラットにトドメを差したり、白兎が苦戦している相手に牽制をしかけたりしてくれている。
「じゃあ、取り分は3等分で。俺、白兎、ジュードな」
「え! ちょっと待った。僕の鉄パイプも忘れちゃ困るね。ヒロ、白兎、僕、僕の鉄パイプの4等分ってところじゃない?」
打神鞭が『それなら自分も!』ってアピールしてきているけど、無視しよう。
目の前にドンと置かれた宝箱。
大きさは1m×40cmくらいか。
ラット達の残骸が散らばる部屋の隅にそれは置かれていた。
ラット6体の群れを蹴散らした俺達の目の前に現れたのは、見るからに全身が宝箱って訴えていそうな宝箱だった。
ダンジョンの中に宝箱があるのは不自然じゃないが、もの凄く不自然な気がしてしまう。
「ああ、凄いね。地下1階で宝箱が出るなんて。やっぱりこれも異常のせいかな」
俺にとってはこの状況がすでに異常だ。
これってラットと戦っている時からあったよな。
ラットを倒したから出現したんじゃないよね。
「これって、本当に宝箱なのか? めっちゃ、うさんくさいんだけど」
「何言ってるの? 巣やダンジョンで宝箱が出たらおかしいのかい?」
いや、おかしくないけど、おかしいんだよ!
この気持ちを分かってもらうのは難しいことくらいは分かるけど。
それがこの世界の常識なのであれば、それに慣れないといけないのだろうが。
「ヒロは宝箱は初めてなんだよね。じゃあ、宝箱の中身はヒロの物だよ。さあ、開けてみなよ」
「え、何? そのルール。まあ、くれるというなら貰うことにするけど、これは開けても大丈夫なのか? 罠とかない?」
「このダンジョンで出てくる宝箱に罠なんて無いさ。たまに鍵のかかったのがあるらしいけどね」
うむむ。宝箱と言えば、シーフが必要なはず。鍵開け、罠外しはダンジョン探索では必須だ。しかし、罠は無いと言い切られると、それはそれで不安材料だな。
ジュードを信用しないわけではないが、万が一のことも考えて……
「白兎、頼むぞ」
ピクッと震えて俺の方を見る白兎。
え、俺っすか?
とでも思ってそうな雰囲気だが、それでも俺の言いたいことが伝わったようで、トコトコと宝箱に近づき、フンフンと犬のように宝箱の臭いを嗅ぐ仕草をする。
すまん。俺もお前のことは大事にしているんだけど、やっぱり俺の体が一番大事なんだ。お前なら最悪壊れても治してやれるし、毒針やガスなんかも効かないだろう。
でもテレポーター(転移罠)は勘弁してくれよ。
できる限り宝箱から離れる俺。
そんな俺をちょっと不思議なものを見るかのような目で見てくるジュード。
「ヒロはいつも狩りでは大胆なのに、こんな時は慎重になるんだね。どっちが普段のヒロなんだろう?」
「……慎重な方に決まっているだろう。俺はいつも安全第一でやっているぞ」
「信じられないなあ。そんな慎重な人がラットの群れに飛び込んで行ったり、ブルーワに喧嘩を売ったりなんかしないよ」
「それは、俺の中では安全が確保された上での行動なの。お前がテーブルの上のコップを取るのに、いちいち怯えたりしないのと一緒だ」
「……ヒロは大物だね。あのブルーワに喧嘩を売ることと、コップを取ることが同じなんだ」
俺のあまりのたとえように、流石のジュードも呆気に取られたようだ。
あそこまでブルーワに喧嘩を売ったのにも俺なりの理由がある。
オタク気質の俺は、人間関係において、どっちつかずの微妙なラインが苦手なんだ。
家族、友人、知り合い、苦手、敵の五パターンに当てはまらないと、接し方が分からず不安になってくる。
ジュードやサラヤ、ナル、トールやザイード、デップ達は俺にとって友人の位置にある。ピアンテやテルネ、イマリなんかはまだ知り合いの位置だ。
チーム以外では、アデットなんかは知り合いとなるだろう。その他で言えば、知り合いと言えるほどの付き合いのある人間はいない。
今回、サラヤを守るためにブルーワに恨みを買った時点で、彼は俺にとっての敵の位置に来た。今後、ちょっかいをかけてくるとすれば、また接触する機会も多くなってくるかもしれない。
臆病な俺は敵はできるだけ少ない方がいいと思っている。敵を少なくする為には排除してしまうのが一番だが、あの段階での排除は、いくら何でも早計すぎるし、他のチームの目もあるから難しかっただろう。
最も敵を遠慮なく排除できる機会と言えば、間違いなく襲いかかってくるのが確定した時だ。
俺は、敵が敵で居続ける期間が長く続いてしまうのが怖い。
俺が隙を見せてしまう可能性も高くなるし、弱点を見抜かれることもある。
だから俺は恐怖心からブルーワを挑発した。
俺が明確に排除すると決める為に。
俺にコイツなら殺しても構わないと自覚させる為に。
ガチャ
宝箱が開いたようだ。
別に白兎が鍵開けをしたわけではない。
蝶番のところを爪や歯でガチャガチャやっていたら開いたのだろう。
ぴょん、ぴょん跳ねながら嬉しそうに(?)俺へと駆け寄ってくる。
おお、エライエライ。お前は素晴らしいラビットだ。お前を従属出来て俺は幸せだよ。
一しきり白兎を撫でまわしてやる。
「ラビットに宝箱を開けさせるなんて、新しい発想だなあ」
ジュードが呆れたようにボソリと呟く。
まあ、俺も自分のことながらヒドイ飼い主だと思うよ。兎に宝箱を開けろって無茶ぶりするんだから。
でも、結果良ければ全て良し。罠も無かったみたいだしな。
さて、お宝は何かな~?
ひょっとして発掘品という物が入ってたりするのか。
早速、白兎が開けてくれた宝箱を覗いてみる。
宝箱の底に鎮座するのは棒状の何か。
取り出してみてみると、長さ80cmくらい、直径3、4cmくらいの鉄の棒のようなもの。
中は空洞になっていて、重さは2、3kgぐらいか。
手に持って振り回すと、空気を切るブンッと音が鳴る。
武器にはちょうど良い、長さと重さの奇跡的なバランス。
正しく機械種を倒すために作られたような・・・
「鉄パイプじゃねえか!これ!」
後ろでジュードが笑っている。
コイツ、分かってて俺に譲ったのか?
「おい、これはお前の仕掛けかよ!」
「いやいや、とんでもない。このダンジョンで出る宝箱のほとんどが鉄パイプかナイフなんだよ。良かったじゃないか。鉄パイプは当たりなんだし」
鉄パイプが当たりってどんな宝箱ガチャなんだよ。
「僕も何が出るのか分からなかったよ。だって、こんなにダンジョンが異常な状態になっているんだから、ひょっとしていつもと違うんじゃないかって、少しだけ思ってたんだ」
クソ、発掘品を見られるかもと思ったのに。そんなに上手くはいかないか。
ここはスラムチームくらいしか入ってこない低レベルのダンジョンだ。
本格的な発掘品は、本職の狩人が狙うような巣とかに行かないと手に入らないのだろう。
「ヒロ、もう一つ教えておくと、宝箱が出た部屋は一時的に安全エリアになるんだよ。だいたい1時間くらいかな。ちょうどいいからちょっと休憩にしようか。僕もトイレに行きたいしね」
というと、ジュードは部屋の隅に移動する。
まあ、ダンジョンにトイレなんかないから、全部立ち小便になってしまう。
よくカランとかと一緒にダンジョンに潜れてたよな。絶対に気まずくなっちゃうだろうに。
別にジュードの立ち小便を見たいわけではないので、手に持った鉄パイプに目をやる。
やっぱりどこから見てもただの鉄パイプだな。
ナップサックの口に差し込んでいる打神鞭が、『ようやく代わりが来た!』と喜びの声を上げている。
まあ、コイツは叩きつけられる度に悲鳴を上げるし、ちょうど代わりになるから都合が良いとも言えるけど。
しかし、鉄パイプだしなあ。もうちょい強力な武器は無い物か。
ガチで戦う時は莫邪宝剣で戦うとして、人の目がある時用の武器がほしい。
いや、今のでも十分オーバーキルなんだから、これ以上威力を上げてしまったら晶石を取れなくなってしまう。
それより、ジュードの武器の威力を上げた方が効率的か。
ジュードは身のこなしが素早く、状況判断も適格だ。力も持久力も高い。しかし、武器が鉄パイプというところが足を引っ張っているようにも見える。
ディックさんのようなハンマーか、若しくはメイスのような重量のある武器を持てばもっと狩りの効率を上げることができるだろう。
しかし、ジュードに鉄パイプ以外の武器を持たせる手段が思いつかない。
せめて発掘品の鉄パイプってないだろうか。威力とか命中率に補正があるような……
うん?
手元の鉄パイプを見る。
これを俺の仙術で強化できないかな?




