87話 呪い
サラヤ達は3階へ上がっていき、ジュードとは2階で別れることにする。
俺には2階でやることがある。
「どうしたの、ヒロ? もう遅いから早く寝ないと」
「いや、ちょっとやることがあってね、先に降りといてくれ」
「え? あ、ひょっとして、誰かと逢引かい? ナルかな」
「これ以上アイツにむしり取られるのは御免だ」
「はははは、別に悪気はないんだよ、彼女」
「悪気が無くてやるから、余計にタチが悪いんだ。もうちょっと躾けるようにサラヤに言っておいてくれ」
「僕が言ってもサラヤは聞かないだろうなあ。サラヤはナルに甘いから、絶対にナルの肩を持つし」
コイツ、狩り以外は本当に役に立たないな。今からサラヤの尻に敷かれてどうするんだ。
「じゃあ、先に寝るよ。ヒロもあんまり遅くならないようにね」
そう言ってジュードは1階へ降りていく。
さて、俺も早めに用事を終わらせたいところだけど。
2階の小部屋が並ぶ通路。
その一番奥の部屋は、通称『男子専用部屋』と呼ばれている。
なぜ、『男子専用部屋』なのか。
それは文字通り『男子』の為の部屋で、女性立入禁止の部屋なのだ。
ギギ、
扉を開ける音が軋む。
小窓が一つ、座布団が一つ、紙束が詰められた箱が一つ。
そして、備え付けられている棚には、過去から及ぶチームトルネラの男子達の血と涙と汗の結晶が用意されている。
まあ、具体的に言うと、ちょっとエッチなグラビアみたいな絵や写真の入ったピンナップのことだけど。
男であれば言わなくても分かるが、この部屋はその為の部屋なのだ。
実はこの部屋の話はディックさんから馬鹿話ついでに色々聞いていて、過去、この部屋を巡って男女間の争いが勃発したり、部屋を取り潰されそうになったりしたそうな。
潔癖症な女の子がリーダーになってしまった時、男達の宝物を汚らわしいと部屋ごと燃やされそうになった『炎の三日間』。
女子たちの横暴に耐えかねて、当時の男達がこの部屋に集まり、皆の着ている服が黄色に染まるまで籠城した『黄巾の変』。
この部屋に隠れて仕事をサボる男子が続出したため、この部屋の利用時には必ずノートに名前と入退室時間を書かされることとなった『サボッタの屈辱』。
チームトルネラの歴史書には決して記されない裏の歴史というものだそうだ。
果てしなくどうでもいい話だ。
ああ、そうだ。利用時にはドアに黄色の紙を貼っとかないと。
ついでに、白兎にも扉の前で見張りをさせておこう。
万が一、誰かに盗み聞きされても困るし。
さて、部屋に一人きりになった俺。
別にアレをしに来たわけではない。
チームトルネラの明確な敵であるチームブルーワのリーダー、ブルーワを呪い殺す為にこの部屋に来たのだ。
ポケットからブルーワに胸元を掴まれた時に腕からむしり取った体毛数本を取り出す。
そして、箱に詰めてある紙を1枚取り、体毛を包む。
俺が先日、ディックさんに行った『招運』の術の逆をやるつもりだ。
ブルーワの体毛と、ちょうど丑の刻くらいの時間、そして、この紙を利用して人型を作る。正しく丑の刻参りそのものだ。
今まで何人もの人の命を奪い、手を血で染めてしまっている俺だが、流石に敵を呪い殺すことになるとは思わなかった。
しかし、これ以上に安全な手段は無く、俺が実行犯とは絶対に気づかれない方法であることは間違いない。
さらに、推測だが、今、ブルーワは俺に与えられた屈辱を女の体で鬱憤を晴らしている可能性が高い。この丑の刻参りで急死しても、腹上死したとしか思われないであろう。
ネット小説でも、敵を丑の刻参りで呪い殺す主人公っているのだろうか?
単なる呪殺なら何回か読んだことがあるけど。
果たして俺の行動は人としてどうなんだろうと疑問を持ってしまいそうだ。
いやいや、全ては俺とチームの安全が優先される。
敵に回ったから殺すという安易な選択のようにも思えるが、今日見聞きしたことだけでもブルーワという人物を生かしておくメリットは無い。
明日になれば必ず俺やチームトルネラに対して、良からぬことを仕掛けてくるに違いない。
であれば、先制攻撃を行い、機先を制し、トドメを刺しておくのが戦の習いであろう。
体毛を包んだ紙を召喚したハサミで人型に切り抜いていく。
まさかブルーワも、アレの処理をする為の紙で殺されるなんて、夢にも思わないだろうな。
もうちょい背が高い感じで、髪型もマッシュルームで・・・
ペンで色を塗っておくか。
よし、完成!
別にクオリティにこだわった訳ではないが、良くできたと自分でも思う。
この人形を座布団の上に置いて、準備完了。
座禅を組み、仙骨に意識を集中させる。
ナイフを取り出して、右手に持ち、刃先を人型の心臓の位置に当てて、口訣を唱える。
「人型に依りて、呪いを放ち、命を絶つ。呪!」
ブスリ
ヒャアアアアアアア!!!!
その瞬間、男の悲鳴が部屋中に響き渡る。
ひどく耳障りな、俺の不快感を刺激する声だ。
人型からは黒い煙がぶすぶすと生じたかと思うと、あっという間に、人型ごと黒い塵となって消えていく。
ああ、俺は今、人間1人の命を奪ったのか……
もちろん、確実にブルーワを仕留めたという証拠はない。
本当に呪いで人が殺せるのか、呪いが効いていたとしても即死したのか、それとも徐々に衰弱していくのかも分かっていない。
後でチームブルーワについての情報を集める必要がある。
万が一、ブルーワが生き残っていた場合は、打神鞭の占いで位置を特定して、遠距離からの降魔杵の一撃で仕留めるつもりだ。
殺すと決めた以上、確実に殺さなくてはならない。
しかし、俺は心のどこかで、ブルーワが確実に死んだと確信している。
客観的な事実ではないが間違いないだろう。
でなければ、今の俺の気分の悪さに説明がつかない。
別にブルーワを呪い殺したことへ罪悪感を感じているわけではないが、呪うという術自体が、どこか俺に気持ち悪さを感じさせ、酷く不快な気持ちにさせる。
食べ過ぎて胸焼けをしているような、悪酔いして胸がムカムカするような、そんな感覚が先ほどから続いている。
結構キツイな。この世界に来てからいつも体調が万全だったから、余計にそう感じてしまう。呪殺を行う度にこんなに気分が悪くなるのだろうか。
今後も必要であれば躊躇うことは無いが、好き好んでやりたいとは思えない。
自分の気に入らない人間をいとも簡単に殺してしまえる術。
もちろん、触媒となるものが必要だが、別に体の一部でなくても、その人間の持ち物でも代用が聞くはずだ。
便利であるがゆえに、使い過ぎると痛い目を見てしまうことも考えられる。
『人を呪わば穴二つ』
俺の仙術がこの世界の人間に防がれるとは思えないが、世の中には運命に守られた人間もいる。そういった人間に呪いをかけてしまった時、場合によっては呪いが跳ね返ってしまう可能性もある。
安易な利用は控えよう。
そう心に決めた。




