74話 癒し
草原まではあっという間だ。全速力ではないが、自分にとってはそこそこの力を出すだけで、原付並みのスピードを出せてしまう。
このくらいのスピードであれば、誰かに見られても足の速い奴が全速力で走っている程度にしか思われないだろう……多分。
もちろん、ずっと俺を追跡している奴がいれば、速度を落とさず走り抜ける俺をおかしいと思うかもしれないが、俺についてこようとすれば車でないと難しい。
流石にこの草原で車に追跡されたら俺でも分かる。
まあ、この世界には機械種がいるから、機械種を従属させた者が俺を見張っている可能性もゼロではない。
そこまで考えたらキリがないので、これ以上考えないようにしているが、俺にとって、自分の情報の流出を防ぐのと、自分の力を試すのとは、どっちも両立させないといけない難題となってしまっている。
小規模な実験であれば隠蔽陣を使うことができるが、広範囲に影響を及ぼす術や宝貝ではそれも難しい。
いっそ、全く人がいない僻地でしばらく自分の力を試すというのもいいかもしれない。なにせ食料なら召喚があるから問題ないし、そもそも飲食を必要としていないんだから、どのような状況でも生きていくことは可能だろう。
ただし、前みたいに気づいたら虫に集られていたというのは勘弁してもらいたい。
それさえなければ、草原や荒野で一晩過ごしたって構わないんだが。
そう言えば、俺にはディックさんから貰った白鈴があったな。
あれはジュードにあげようかと思っていたが、虫のことを考えると、ちょっと渡すのを躊躇してしまう。
ディックさんが俺にくれたものだし、ジュードに渡してとは言われてないし……
いや、初志は貫徹すべきだ。俺はハンマーを貰ったんだ。だから白鈴はジュードに渡すべきだろう。こういうのは損得じゃない。通すべき筋の問題だ。これがブレるようでは自分というものに自信が持てなくなる。
まあ、俺自身が結構ブレていることは自覚してるのだけど、それでも最低限守らないといけないものはあるはずだ。
早めにジュードに渡しておこう。でないとまた、決心が鈍ってブレてしまいそう。
そうこう考えているうちに、いつものラビットに遭遇する。
見つけた瞬間飛びかかってきたので、優しく手のひらで払いのけてあげる。
ポーンっと飛ばされていくラビットだが、クルッと空中で体勢を整えたかと思うと、スタッと地面に四足で着地する。
何と見事な体さばき!あれこそ俺が最初に従属させるに相応しい機械種ラビットかもしれない。
すでに俺の中ではコイツを従属させる機械種第一号に決めてしまっている。
ならば次にやることは一つ!
「機械種ラビットよ!動くことを禁じる。禁!」
久しぶりの禁術だ。動きを止められるのは5秒~10秒程度だが、蒼石を使うには十分な時間だ。
禁術により動きを止められるラビット。
そこへすかさず蒼石を手に飛びかかる俺。
カシャーン!!
ラビットの頭に叩きつけた蒼石が砕け散る。
乾いた音とともに青い光が瞬く。
以前、俺が使った5級の蒼石に比べて音も光もかなり小さいが、それでもブルーオーダーに成功したようで、黒いボディは一瞬にして白に染まり、小悪魔のような邪悪な顔つきが、普通の兎をデフォルメしたような穏やかなデザインへと変形する。
一体どういう理屈でここまで変わるんだろう?
物理現象には詳しくないが、金属の色が変わったり、変形したりって何かの化学反応の結果だと思うんだけど、全く見当がつかない。
このようなケースはそういうものとして受け入れた方が健やかに過ごしやすいというのは分かっているんだけど。
ブルーオーダーされたラビットの目が青く点滅を開始する。
イカンイカン、これはマスター認証を待っている合図だったな。
ラビットを持ち上げて、青く点滅する両目と視線を合わせる。
たしかセリフはこうだったな。
「白の契約に基づき、汝に契約の履行を求める。従属せよ」
俺の言葉に反応し、ラビットの両目の青い光が強く輝く。
成功したか?
持ち上げていたラビットをゆっくり地面に降ろす。
俺から解放されたラビットは、元の世界の兎がそうするように鼻らしき部分をフルフルとさせて辺りを見回す。
そして、俺の顔を見上げた状態でピタッと停止する。
うん?これは、ひょっとして命令待ちなのか?
一歩、二歩、三歩後ろに後退してみる。
ラビットの視線は俺に釘づけだ。
右に左に移動してみると、やはり俺を追うように首を捻って視線で追ってくる。
この後、どうするんだっけ?
ザイードがマスター認証した後、みんなが騒ぎ始めたから、その後をよく見てないんだよな。
しかし、従属させたのは間違いない様だし。とりあえずついてくるように命令してみるか。
「おい、えー・・・・」
この場合呼びかける名前はラビットでいいのか?
それとも・・・
うん、名前をつけるか。そうだな、とりあえず思いついたのは。
「白兎、お前は白兎だ。よし、白兎ついてこい」
そう呼びかけて、歩き出してみる。
すると白兎は俺の後にトコトコとついてくるではないか。
スタスタ
トコトコ
スタスタ
トコトコ
ピタ
ピタ
振り返って白兎を見る俺。
ちょっと首を傾げて見つめ返してくる白兎。
うああああ、めっちゃ可愛い!
なに、あの愛くるしさ。別にモフモフしているわけじゃないのに。
俺、犬とか猫とか飼ったことないけど、後ろからついてくる小動物ってめちゃくちゃ可愛くね。
思わず近づいて持ち上げてみる。
俺になすがままにされる白兎。
うん、可愛い。顔は兎だし、前歯はちょっと鋭すぎる気がするけど、十分マスコットキャラとして通用しそう。
そんなマスコットキャラが俺の言うことを聞いて動いてくれる。
なんという至福!
顔が緩んでいくのが止まらない。
よし、色々遊んでみよう。
七宝袋からウルフの足を引っ張り出して、ちょっと離れた所へ投げてみる。
「ほら、白兎、取ってこい」
俺の命令を受けると、文字通り脱兎のごとく駆け出して、投げた足を拾いにいく。
そして、数秒と経たず、口で加えて俺のところに持って来る。
おおおお、かわええ!
俺は馬鹿だ。なんでもっと早くにラビットを従属させていなかったのか。
俺の癒しはここにあったのかもしれない。
もうサラヤとかナルとか、まだ見ぬヒロインとかに癒しを求めなくてもいいんじゃないか。
このまま白兎と、このアポカリプス世界を巡ってみるのもいいかもしれない。
一瞬そう考えてしまう程、この機械種ラビットに魅了されてしまっていた。
しばらくこの草原で白兎と戯れる俺。
この世界に来て最も心安らいだ時間かもしれない。




