57話 依頼2
とりあえず、人目を避けて路地裏に避難する。
このままディックさんを抱えて、拠点を探すのは無理がある。
ディックさんはこっぴどくやられたようで、俺に抱えられて運ばれているのに、うめき声しか聞こえてこない。
場合によっては治療が必要かも。加減が難しそうだ。
ようやく安全地帯を確保できたので、ディックさんを地面に降ろす。
さて、状態はどうなっているのか。軽傷だといいんだけど。
着ている服は外出用みたいだ。
ジャケット風の上着は通常の物より厚め、ズボンも脛辺りに厚手の布を縫い付けており、明らかに狩りを想定したスタイルに見える。
また、右足には簡易な義足をつけているようだ。
裾を卸しておけば、パッと見分からないようになっている。
とりあえず、服を捲るなどして、怪我の状態を確認する。
打撲、裂傷、骨折、その他もろもろ。
うーん。これは治療しないとどうしようもないな。
しかし、そもそもなぜ俺が治療しなきゃならないのか?
このまま拠点に連れ帰って、見たことをサラヤに伝えてお終いじゃないか。
だって、チンピラに絡まれてボコられていたのは俺のせいじゃないし。
これがデップ達や、ジュード、サラヤ、トールなら、迷うことはなかったんだが、ディックさんにはそれほと親しみを感じているわけではない。
治療を行うことで、治療手段を俺が持っていると思われることのデメリットはどれくらいだろう?
そして、治療することのメリットは?
色々と理由をこね回すが、結局、痛そうなうめき声を上げ続けるディックさんを見ていられなくて、治療を行うことにする。
ただし最小限で。
おっと、その前に隠蔽陣を展開しておこう。
万が一のことがあるからな。
仙丹を作り出し、指の間に挟んでディックさんに届くように息を吹きかける。
キラキラと光りの粒子がディックさんに降りかかる。
仙丹の表面を削って飲ませるより、こちらの方が効果が最小限となるだろうと予測したが、どうだろう?
最小限にし過ぎて効果が薄かったということにはならないだろうか。
そんな心配もどうやら杞憂だったようでで、目に見えてディックさんが負っていた傷が消えていく。
流石にあれくらいでは足は生えてこなかったが。
直接摂取しなくてもこの治癒力か。
丸ごと飲ませたなら死人でも蘇るんじゃないだろうな。
仙人が人を甦らせたりする話はあるが、色々と制限があったり、代償があったりするケースが多い。
使用の制限や代償がなかったとしても、安易に行うのは絶対に控えなくてはならない。
傷を治すのとレベルが違う話だ。
「う、うう………、ここはどこだ?」
お、ディックさんが気がついたようだ。
上半身だけ起こして、自分の体のあちこちを確認している。
「い、痛みが無い。なぜだ? あれほど殴られたのに」
「お体の具合はどうですか? 痛い所はありませんか?」
このまま放置してもいいが、乗り掛かった舟だし、ちょっとだけだが外に出た理由にも興味がある。
ここは助けたことを恩に着せて色々聞いてみることにしよう。
「お前は……ヒロか? お前が助けてくれたのか」
「ええ、まあ、危ない所でしたね」
「そうか。助かった。それより痛みが無いんだが、薬でも使ってくれたのか?」
「いえ、私はディックさんを担いで逃げただけですが。別に怪我はないようですけど」
ちょっと無理があるかもしれないが、ここは恍けてみよう。
「ん? そうなのか。ああ、痛みはない。思ったより当たり所が良かったのだろうか?」
俺の返事に若干不審げではあったものの、それ以上突っ込んで来なかった。
ふう………物わかりの良い人は助かる。
ひょっとして、俺が何かしたのを気づいていて、分からないふりをしてくれているのかもしれないが。
それにしても初めて会った時より大分雰囲気が柔らかいな。
前はかなり機嫌が悪くて苛ついていたが………
なにか心境の変化でもあったのかな?
………それよりも、こちらからも質問をしないといけないな。
「ディックさん。なぜ、外に出たんです?私が出るところを見かけたんで追いかけてきたんですけど、あのままだったら危険でしたよ」
「む、すまない。世話をかけてしまったな」
ディックさんはそこで言葉を切り、辺りを見渡す。
「すまないが、俺が持っていた荷物は知らないだろうか?」
あ、運ぶ途中で七宝袋に収納していたな。
向こうの影に置いておいたことにして、こっそり出そう。
「それなら、こっちです。取ってきますね」
ディックさんから見えない位置の影に移動し、七宝袋から杖と袋を取り出して、さも、地面に置いていたのを拾いましたという感じで持ってくる。
「ああ、これだ。ありがとう、荷物まで回収してくれて。これで俺のやり残したことが達成できる」
やり残したこと? その為に外に出たのか。
荷物を渡すと、早速袋を開けて中身を取り出している。
あれは、なんだ?
皮紐と木と金属のスプリングを組み合わせたような………
「これは戦闘用の義足さ。多少見栄えは悪いがね。今付けているものより、柔軟性をアップさせている。これを使えば怪我をする前とは言わないが、多少の無理は聞くだろう。まあ、全力で戦ったら、数分くらいで壊れるだろうが」
戦う?
何と?
その足で?
全く見当のついていなさそうな俺の顔見て、ディックさんは何か覚悟を決めたような表情で笑みを浮かべる。
「これで機械種ラビットと戦うんだ。俺をこんな目に合わせたラビットとな」
「いや、無理でしょ」
俺は一言でその実現を否定する。
何だよ、その無茶な取り組みは。
漫画じゃないんだぞ。
いくら義足があるからって、そんな木と金属のスプリングの組み合わせでは、通常の歩行はともかく戦闘は厳しいだろう。
せめて、元の世界の科学技術を駆使した義足ならいけるかもしれないが。
「そもそも、なんでラビットと戦わないといけないんです? 復讐ですか? でも、ディックさんをやったラビットなんて見つけようが無いでしょう」
もう俺が狩ってしまっている可能性もあるし。
ディックさんは俺の容赦のない返答を聞いて、少しばかり苦笑を浮かべながら、俺の質問に答えてくれる。
「別に復讐じゃないさ。単にケジメをつけたいということと、今の俺がラビットを倒せるのかどうかを知りたいんだ。これは俺が前に進むために絶対に必要なことなんだ」
ラビットと戦う理由と決意を込めた宣言を聞くが、俺には全く理解できない。
足を失う前ならディックさんは10のうち9は勝てるとジュードが言っていたが、それでも、その確率に命を賭けるのはリスクが高すぎる。
莫大な金額と引き換えになら分からなくもないが、得られるのは1000M程度。
精々一番安い銃が一丁買えるくらいだ。割に合わないだろう。
しかも、その勝率は真正面から戦った場合で、もし、奇襲されることも考慮に入れるのであれば、もっと分が悪くなる。
無謀な挑戦は止めるように説得しようかとも思ったが、別にこの人が草原でラビットに負けて行方不明になっても、俺には関係のないのではと考えてしまう。
一回助けたんだから、もういいか。
これ以上は面倒みきれない。
サラヤ達には見つかりませんでしたって言っておこう。
骨折り損のくたびれ儲けだったな。
この場から退散しようかと思っていたところへ、ディックさんから声がかかる。
「ヒロ。頼みがあるんだが、聞いてくれないか?」
ああ、なんかこのパターン、来ると思ったよ。
さっさと退散しておくべきだったか。
「ディックさん。悪いですが、そんな無謀な挑戦に付き合う気はありませんからね」
本音はこれ以上付き合ってもメリットが無いからですけど。
「報酬を払おう。俺が隠しているへそくり全てをお前に渡そう。2000Mくらいと8級だが蒼石が一つある。どうだ?」
蒼石! 8級ってどのくらいだ?
俺が持ってるやつが5級だから結構低いのか。
しかし、前にデップ達が一番安い蒼石が500Mって言ってたからそれ以上になるはず。
欲しいかと聞かれたら欲しいに決まっている。
俺の持っている蒼石はザイードの機械種に使う予定だから。
だけど、先に依頼内容を聞かないと。
多分、ラビット相手の助っ人だと思うけれど。
それなら楽勝なんだけどなあ。
「依頼内容を教えてください。あんまり危険なことだったら請け負いかねます」
ラビットを逃げないように捕まえておくとか………、
いっそ、足をへし折っておけば、転がしておけば今のディックさんでも勝てるだろう。
「ヒロにお願いしたいことは……」
ディックさんは、そこで言葉を切って、一呼吸置く。
じっと俺の目を見据えて、口にした依頼内容は………
「俺がラビットと戦うのを見届けてほしいんだ。そして、もし俺が死んだら、それをジュードやサラヤに伝えてほしい」




