45話 お願い
2階の食堂で夕食が配られる。
いつもの席に座り、食事が始まった。
夕食が終わったらサラヤに声をかけなくては。
シリアルブロックをお願いしなきゃならないし。
食事が始まったところなのに、食事が終わったことを考えたくなるほど、目の前に置かれているシリアルブロックを食べることが憂鬱になってきている。
もう食べずにとっておこうか。正直ツラくなってきたんですけど。
しかし、食べないと皆に不信がられてしまいそう。
別の場所で食べるからっていう言い訳も、メンバーとのコミュニケーションを考えると悪手だろう。
仕方が無い。当面我慢するしかない。
ただ、今日の献立はシリアルブロックの他に、フィッシュブロックがあったのが救いか。
大きさはシリアルブロックの4分の1くらいに小さく切られており、正しくシリアルブロックをご飯とすれば、ちょうどいいおかずになってくれている。
味は少し魚臭い薄味の蒲鉾といったところか。
もうちょい塩味がほしいところだ。
さて、これでブロックシリーズは「シリアル(穀物)」「ビーンズ(豆)」「ミート(肉)」「ベジタブル(野菜)」「フィッシュ(魚)」と大分そろってきた。
あと、何が出てくるのか。
夕食が終わって、皆が席を立ち始めたので、サラヤに話しかけにいこうと思ったが、サラヤは隣に座っているジュードと会話を続けている。
あの2人の会話に割って入るのもなあ。
付き合ってはいないとはいえ、ちょっと遠慮がちになってしまう。なんか楽しそうに話し込んでるし。
しばらく会話が終わるのを待っていると、サラヤは俺が視線を向けているのを感じたようで、俺の方に向き直り、声をかけてくる。
「ヒロ、どうしたの?何か私に用?」
「え、あ、あの」
見つかってしまってはしょうがない。
席を立ってサラヤの方に近づく。
すまん、ジュード。二人の会話を邪魔しちゃって。
申し訳なくてジュードの顔が見れない。
「その、ちょっと、サラヤに話したいことが………」
別にジュードに聞かれても構わないが、この場では話づらい。
メンバーの揉め事のこともあるから、あんまり大ぴらにしたくない。
俺が言いにくそうにしているのを見て、サラヤはジュードに目配せする。
「じゃあ、またね」
それだけ言って立ち上がるジュード。
またねって夜も会うってことでしょうか? いや、別に毎夜やっているわけでもなさそうだけど。
あ、去っていくジュードの表情がちょっとこわばっている。
やっぱり会話を邪魔されたことを怒っているのかな? 後で謝っておくか。
「じゃあ、ヒロ。応接間に行こうか」
それだけ言うとスタスタと食堂を出ていこうとするサラヤ。
え、サラヤもちょっと怒ってない?
応接間に入って、ソファで向かい合う俺とサラヤ。
サラヤの表情が先ほどのジュードと同じくちょっと固い。
なにか緊張してそうな感じ。それに顔も少し赤いような。
やっぱり怒ってます?
益々話ずらくなるな。
「で、ヒロ、用って何かな」
声も固い。俺も緊張してくる。
変なお願いしたら怒られるんじゃないだろうな。
目も合わしずらくて、つい目線を下に向けてしまう。
「あ、あの、サラヤにちょっとお願いがあって……」
おい、俺、緊張し過ぎじゃないか。どうしてだろう?
ああ、この感覚。思い出した。
職場で総務の年上の女性に、要望を通しに行った時に感じるプレッシャーだ。
いつもは対応は柔らかいんだけど、機嫌が悪い時だと、普通のお願いをしにいくにも抵抗を感じるくらいにプレッシャーを感じるのだ。
いつもサラヤにはそんなプレシャーはあんまり感じないのに、なんで今日に限ってこんなに気圧されるのだろうか。
ふと、顔を上げて、サラヤの顔を見る。
おや、別に怒っている訳ではなさそうだ。
さっきまで表情が固かったのに、今はほんの少しだけ微笑を浮かべている。
テルネの部屋で見た、あの透明感のある笑顔に近い。
「いいよ。ヒロのお願いなら、私のできることだったら何でもしてあげる」
サラヤの唇から零れた言葉は、10代の少女とは思えないほど艶が含まれいた。
思わず、唾を飲み込んでしまう程の心の奥に染み通るような声。
俺の心臓が急に鼓動を早める。サラヤに聞こえてしまうんじゃないかと思う程に。
対するサラヤは俺の言葉を待っている。
ただ微笑みながら。全てを受け入れるように………
そして、俺が口にした言葉は
「シリアルブロック3本を用意してください。お願いします」
「…………」
「シリアルブロック3本を用意してください」
「別に2回も言わなくてもいいよ」
「じゃあ。オッケーということで」
「……それがお願いなの?」
「はい」
「……ヒロ」
「はい?何か」
お、サラヤの顔が急に真っ赤になって……、
ちょ、ちょっと、その振り上げた拳は何?
暴力反対!
「どういった理由なのか、一から私に説明して!」
さっきまでサラヤに感じたプレッシャーは無くなったものの、サラヤはなぜかプンプンモードだ。
私怒ってますよアピールで腕まで組んでいる。
ひょっとして俺がサラヤの体を要求するじゃないかと勘違いしてたのか?
それで、サラヤは緊張していたのか。
別に今までも散々サラヤの方からアピールしてきてたのに。
自分から迫るのはいいが、自分が攻められるのは苦手なのだろうか。
もしかしたらトールから今日の朝のやり取りの報告を聞いていたのかもしれないな。
サラヤやナルにお願いしたら抱かせてくれるだろうって話を。
だから夕食の時に話しかけた要件がそれかと思ったのか。
え、じゃあ、食堂でのやり取りも俺がサラヤを誘っていると勘違いされたのか。
マズイなあ。ジュードには弁解しておかないと。
あ、サラヤが頬をプクゥって膨らませて、両手でテーブルをバシバシ叩き始めた。
前の世界ならパワハラものだぞ。あと、また精神年齢下がってない?
デップ達3人がザイードを狩りに誘って、それを断られたこと
3人がザイードの修理しようとしている機械種をガラクタ呼ばわりしたこと。
俺達で何とかザイードの機械種を修理しようという方向性にもっていったこと。
修理する為には挟み虫か鎧虫の晶冠とラビットより上位の晶冠が必要なこと。
3人に協力を求め、その際、シリアルブロックを報酬に挙げてしまったこと。
さらに機械種に必要な素材を優先して集めたい旨をサラヤに説明する。
俺の説明を聞き終えたサラヤはようやく組んでいた腕を解く。
そして、眉間をぐりぐりと指でマッサージしながら、俺の対応への感想を述べる。
「ヒロのしてくれたことは、チームへのプラス材料よ。それについてはお礼を言いたいくらい。ザイードの機械種タートルが完成して拠点防御に使えるようになれば、チームの安全性が増すのは間違いないから」
そこで、一旦話を区切って ジっと俺を見つめてくる。
「シリアルブロックは問題ないわ。こっちで用意します。ただ、渡すのは完成後になるし、材料集めをしているからってノルマを減らすことはしない。それで構わない?」
「ああ、助かるよ」
「別にお願いされるようなことでもないわ。むしろ報酬がシリアルブロック1本って少なすぎると思う。でもそれで話がついているなら、私からはそれ以上何も言わないけど」
ひょっとして、ミートブロックでもいけたか?
シリアルブロックって確か1Mだったな。
100円って考えると報酬としては安すぎるか。でも、まあ仕方ない。
「でも、まだ何点か聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
サラヤの目に真剣な光が灯り、俺を見据えている。
「材料の挟み虫か鎧虫はデップ達に頼むのよね。もし、前みたいに3人が大怪我をした場合、ヒロはまた、『お見舞い』に行ってくれるの?」
ああ、そう来たか。そうだよな。後でナルが報告したのだろう。
だってあれだけ穴だらけだった手足がもう治っているんだから。
それも俺がお見舞いにいった直後に。
しばらく応接間に沈黙が続く。
もし、また3人が大怪我をしたら、また仙丹で治そうとするだろうな。
俺の3人への愛着はもう近所のうるさいガキから、小さい頃から顔を知っていて毎年数回顔を合わせる親戚の子くらいにランクアップしている。
ある程度の危険くらいまでなら許容できる程だ。
さて、なんて答えようか。
俺はいつかチームを離脱する身だ。
あまり俺を頼られても困るし、癒しの手段があると思われたら、他の組織とかに狙われかねない。
サラヤはおそらく俺が傷を癒すことのできる強力な薬をもっていると思っているだろう。
イザという時はそれをまた使ってくれるのか、若しくはまだそれが残っているのかと聞いているのだ。
これについては、答えはもう決まっているな。
「安心してくれ。もし、今回の件で3人が前みたいな大怪我をしたらお見舞いに行くよ。何回もは無理だけどね。1日くらいなら問題ないよ」
俺の答えに満足したのか、サラヤは満面の笑みを浮かべる。
「良かった。ヒロがそう言ってくれたら大丈夫ね」
「でも、『お見舞い』には『手土産』がいるんだ。その『手土産』は俺がこのチームに入る前に持っていたものだから……」
そこで、サラヤの顔を見る。
サラヤのお願いは、前にサラヤと約束した『チームに入る前に持っていた物を皆に振る舞わない』ということを破ることになってしまう。
サラヤはしばらく、うーんと唸って出てきた答えは……
「それはヒロに限って解除することにしましょう。多分その方がチームにメリットが多いだろうし」
「いいの? そんな簡単に」
「それについては大した意味がある訳じゃないの。昔、ちょっとしたことがあって、それへの対応の為にできたみたいなものだから。それにヒロなら悪用なんてしないでしょう」
「ああ、もちろん」
でも、前に応接間に呼び出された時は、びっくりするくらい真剣だったけど、何か他の理由でもあったのかな。
「じゃあ、ヒロ。もしもの時は、くれぐれも『お見舞い』をよろしくね」
ニコニコと俺に微笑みかけるサラヤ。しかし笑みを浮かべているのに、目には強い光を湛えたまま俺を見つめている。
やっぱりチームのまとめ役なんだな。サラヤは。たまに幼く見えるけど、チームの安全にかかわるとリーダーとしての顔を見せてくる。
「ヒロ。次の質問いいかな」
「え、まだあるの?」
サラヤがずいっと顔を近づけてくる。お、思わずキスしてしまいそうになるな。
「一番肝心なところでしょ! ラビットより上位の晶冠ってどうするつもりよ?」
「あああ、それは、一応ウルフを狩ろうかと思っているんだけど……」
「ダメよ!」
サラヤが鋭い声を上げてくる。思わず話の途中で黙り込んでしまった。
サラヤは真剣な顔で俺を睨んでいる。
え、どうしたの? 確かに危険な機械種だとは思ったけど。
「何言ってるの! ウルフはこの辺りで一番ヤバい奴じゃないの! 絶対駄目だからね!」
サラヤは立ち上がって俺を見下ろしながらウルフの危険性を訴えてくる。
一体でもその俊敏性は、中堅の狩人だって不意を打たれることもある。
必ず群体で行動している。その数が増えれば増えるほど危険。
連携をとり、獲物を追い詰めていく。その包囲網にかかればキャラバンでも大きな損害を負うことがある。
集団が10体を超えれば、街の中で賞金が賭けられて、熟練の狩人達が出向くほどの強敵らしい。
うーん。俺の袋の中には20体のウルフが収納されているんだけど。
アイツらそんなに危険な奴らだったのか。
まあ、確かに俺も追い詰められてサラヤやジュードに泣き叫びながら助けを求めるくらいだったけど。
しかし、莫邪宝剣を手にした俺の敵ではないな……いや、あれはリーダー討伐後だったな。
偶然にもリーダーが群れを離れてくれたから先に破壊することができたけど、リーダーが残っていたらあれほど簡単に狩れたかどうかは分からないか。
だけど、困ったな。
ウルフ1体狩ってきましたで、袋の中の残骸からウルフの頭を取り出そうと思っていたが、これだけ注意されたのにウルフに挑んだってなってしまったら、サラヤの機嫌を大分損ねてしまうだろう。
それに俺への信頼性もダダ下がりになってしまう。どうすべきか・………
しばし、悩む俺。
そんな俺を見て、サラヤは一つの案を俺に提案してくる。
「ねえ、ヒロ。ジュードとダンジョンに潜ってみない?」
え、ここでダンジョンアタック?
なんで!?




