38話 油断
砂さらい場を出て、廃墟の方へと歩く。
口々に文句を言いながら俺の後を付いてくるのは、黒爪のチンピラ3人。
俺の挑発に乗った黒爪チンピラ3人と人気のない所へ向かっている。
トールには心配されたが、「ここは任せろって言ったろ」と自信たっぷりに返した。
俺には取り返さないといけないものがあるからな。
あの場での戦闘は、人目もあるから避けられて良かったと言える。
俺の特異な戦闘スタイル(素手による切断、圧殺等)はできるだけ隠した方が良さそうだし。
さて、こいつ等をどうするか。
必要なのは、チームトルネラに強者がいるという情報を持ち帰ってもらうこと。
だから皆殺しは避けるべきだろう。
前回、チンピラに絡まれたときは、後からの復讐が怖かったから全員殺害してしまったが、トールからの話を聞けば、1人くらい生かして返しても良かったような気がする。
そうしていれば、黒爪による今回の砂さらい場での強請はなかったのではなかろうか。
もう済んだことだけど。
「おい、どこまで行くんだよ! こっちはもう始めてもいいんだぞ!」
「ビビってんじゃねえぞ! さっさとやっちまうぞ!」
「てめえ、どんな目にあうか分かってんだろうな!」
後ろから定期的に恫喝が飛んでくる。
うるさいなあ。
一応、砂さらい場から出てすぐにパーカーのフードを被っている。
こうしていると、たとえ後ろから撃たれても仙衣に阻まれて銃弾は届かないであろう。
念のため、いきなりナイフで切りかかられないかどうかだけ気にしている。
俺の5メートル以上後ろを歩いているから、流石に急に接近されたら気づくと思う。
まあ、この辺りでいいだろうか。砂さらい場から20分くらいは歩いたし。
廃墟の入り口付近だからあまり人も通らないだろう。
歩くのを止めて、黒爪チンピラ3人を振り返る。
「お、ここがお前の墓場なのか?」
「へえ、ようやく覚悟を決めたってか」
減らず口をいちいち叩きやがって。
銃は抜かない。意味が無いからな。
代わりにボクシングのスタイルを構える。
両手の拳を顔の前に持ってきて、顔面をカバーするスタイルだ。
視界は悪くなるが、これならば仙衣に覆われていない顔面を銃弾から守ることができる。
銃弾が当たれば拳は傷つくだろうが、仙丹でいくらでも治癒が可能だ。
かなり大きな怪我を負っても、仙丹を作り出して飲み込むくらいはできる。
足を切断してもできたんだから大丈夫だ。
それを考えると、俺の無慮蒙昧な振る舞いで、自分の足を切り落としたことにも意味があったと思える。
「てめえ、俺達に素手で挑もうっていうのか!」
「バッカじゃねえの! コイツ」
黒爪チンピラリーダーが銃を構える。
他2人はそれを静観するようだ。
無駄口を叩いていて、ナイフすら抜くそぶりを見せない。
相手との距離は6、7メートルくらいか。
ちょっと射撃に慣れたヤツなら外さない距離だろう。
しかし、不思議と恐れは全く感じない。
銃で狙われていたら、命の危険を感じるのが普通なのだろうが………
チームに入って1日目では虫程度であれだけ怯えてしまった。
その次の兎でも冷や汗掻きながら相対した。
ハイエナを倒したあたりで、自分の強さを自覚し始めた。
兎を雑魚扱いできるようになり、ようやく自分はスラム内ではトップレベルの強さを持っていることを知ることができた。
俺 > ハイエナ > ジュード(銃) > 兎 > チンピラ(銃) > 虫
以上のような強さランキングが俺の中では出来上がっていることが一番大きい理由だな。
俺にとってはコイツラは格下に当たる。だから恐れも感じないのだろう。
だからといって油断するわけではないけど。
銃に対する、この待ちの姿勢は油断していない証だ。
下手にこちらから動いて顔にでも当たったら大惨事だからな。
あの銃なら連射はできないはずだ。一発撃たれた後にカウンターを決めてやろう。
じりじりと少しずつ摺り足で前進していく俺。
対する黒爪チンピラリーダーは銃口を俺に向ける。
他2人は無駄口を止め、俺らの動静を眺めている。
正しく一騎打ちだ。素手対銃の。
表面上は銃の方が圧倒的有利だが、こっちには「闘神」スキルに仙衣、仙術、宝貝までそろっているぞ。
もちろん全部出すつもりはないが。
俺が恐れもせず徐々に近づいてくる姿を見て、やや気圧されたように黒爪チンピラリーダーが一歩後退する。
だが、その後退した分をさらに俺が前進して詰めていく。
やがて、焦れた黒爪チンピラリーダーは憎々しげに俺を睨みつけながら、ようやく引き金を引いた。
パァン!
人気の無い廃墟に銃声が響き渡る。
わき腹辺りに何かが当たったような感触。
ふん。当たったか。
でも、全く通じていないぞ。
さあ、反撃を覚悟しろ!
黒爪チンピラリーダーは目を大きく開いて驚いている。
俺は一気に距離を詰めて、銃を持つ手に一撃を加える。
ただし人差し指と中指だけで。所謂しっぺだな。
ボキン!
おう、骨が折れた時ってやっぱりボキンって鳴るんだな。
「ぎゃあああ!!」
銃を持っていた腕の骨を折られて悲鳴を上げる黒爪チンピラリーダー。
折られた腕を抱えて、痛みのあまりしゃがみ込み、土下座をするかのうような姿勢で、呻き声を上げる。
俺は黒爪チンピラリーダーが手から銃を落ちたのを確認したところで、すぐさま攻撃対象を隣のチンピラに変えて、正面蹴りの一撃を見舞いする。
一応、足が相手の腹を突き破らない程度に、手加減しておく。この距離でグロいのは遠慮したい。
ドゴッ!!
おお、面白いように後ろに吹っ飛んでいった。
20~30mは飛んだかもしれない。
残り一人は2人がやられた所で、ようやく反応をし始め、ナイフを抜いて構えた。
うーん。ナイフはちょっと怖いな。
仙衣では銃は防げるようだが、ナイフは難しかったはず。
ならばまず牽制だ!これくらいなら目立たないだろう。
「水よ!」
仙骨に力を巡らして、手のひらに水を召喚し、相手の顔目がけて投げつけてみる。
見事に命中。目に入ったのか、顔を手で押さえている。
その隙に一撃だ。
バキッ!!
これも蹴り一発で轟沈。わき腹を軽く蹴ってやっただけで、空中で一回転して倒れ込んでしまった。
多分あばら骨とかやっちゃったかもしれないが、死んでなきゃいいか。
よし、ミッションコンプリート! ………あ、そうだ、リーダーが持っていた銃を没収しよう。
俺の変化の術で作ったレプリカと差し替えることができそうだ。
まだ、手を押さえて呻いているリーダーを横目に、銃を拾う。
やはり、俺の持っていた銃と同じスモール・最下級の銃だ。形も全く同じ。
やはり大量生産品なのであろうか………
マテリアルはどのくらい入っているのかな?
マガジン部分を開けてようとしたその時、
ドン!
腕を折られて蹲って呻いていた黒爪チンピラリーダーが俺に体当たりを仕掛けてきた。
もちろん俺は小動もしないが。
いや、まて、コイツ何を持ってぶつかってきた。
そして、わき腹に当たるこの固い感触は………
刺された。
と思った瞬間、右の手刀を横に振るう。
ザンッ!!
それだけで黒爪チンピラリーダーの首が飛んだ。
ああ、血しぶきを避けなければ…………
2、3メートル後退して距離を取る。
その直後に立ったままの胴体の首があった所から噴水のように血しぶきが舞い上がった。
首を刎ねるとあれだけの血液が吹き上がるんだ…………
ボーッとその様子を眺めながら、刺された辺りに恐る恐る手をあてる。
パーカーの上から手を当て、刺された跡がないことを確認し、その後Tシャツをまくり上げて傷を調べる。
あああああ、傷が無い。
良かった。びっくりした。焦った。
どうしようかと思った。
俺が安堵のため息をついたところで、バタンっと黒爪チンピラリーダーの胴体が倒れ込む。
見ると左手にナイフを握りしめている。
折れてない方の手で刺してきたのか。
油断し過ぎたな。
俺だったら骨を折られただけで戦意喪失するのに、利き手じゃない方の手で襲いかかってくるなんて。
もう一度刺された辺りをパーカーの上から摩りながら呟く。
「利き手じゃない方の手で助かったな。利き手の方だったら刺さっていたかもしれない」
若しくはパーカーの方にも防刃耐性があるのだろう。
Tシャツの方はナイフで穴が開いたが、パーカーでは試していなかった。
しかし、今のところ、仙衣の中で、パーカーの重要度が一番高い。
下手に傷をつけて効果を失ってしまったら取り返しがつかない。
安易な実験はやめておいた方がいいだろう。
ある程度、刃物にも耐性があるくらいに思っておいた方が良さそうだ。
さて、どうするか。
残り二人は意識を失ったままだ。
俺が強いということを仲間に伝えてもらわないといけないから、トドメはささないが、介抱するまでではない。
懐を探ろうかとも思ったが、さっきみたいに反撃されるリスクもある。
死体の方は血塗れなんで触りたくはないし…………
このまま放置するか。
チンピラリーダーの死体もそのまま置いておけば、自分達が情けをかけられたことくらい分かるだろう。
一瞬、やっつけたという証拠の為、チンピラリーダーの首を持って帰ろうかと思ったが、いくらスラムでもそれはみんなに引かれてしまうだろうと思い直す。
銃が手に入っただけで十分だな。
砂さらい場に戻るとしよう。




