31話 宝貝
血が噴き出し続ける右足を押さえて、のたうち回りながらも、這いつくばって、切り飛ばしてしまった足先の所へたどり着こうとする。
ああ、俺は馬鹿だ! 何をしているんだ!
自分で自分の足を切り飛ばすなんて、調子に乗り過ぎだ!
顔は涙と鼻水とぐしゃぐしゃだ。
口からは叫び声と呻き声しか出せない。
それでも、なんとか切り飛ばした足先が手の届くところまでたどり着き、手繰り寄せて右足の切断面同士をくっつけようとするが……
「くっつかない! ああああああ! どうして! どうして! なんでくっつかないんだよー!」
このまま右足が無くなるのか?
どうなるんだ、俺?拠点に帰れるのか?
右足が無い状態でどうやって暮らすんだ。杖をつくのか、義足になるのか………
ああああ、いやだ、いやだ、いやだ!
せっかく異世界に来たのに、ここで脱落するのか?
仙術も使えるようになって、宝貝もつくりだせるようになったのに……
ああああ!そうだ、仙丹!
ようやく治癒の仙丹の存在を思い出し、親指と人差し指を擦り合わせようとする。
クソッ! 指が震えて上手く擦り合わせられない!
それでも、何とか仙丹を作り出すと、躊躇いもなくそれを飲み込む。
治ってくれ! 治ってくれ! 治ってくれ!
血が噴き出している切断面になんとか右足をくっつけたまま、ひたすら祈り続ける。
効果が現れたのは時間にして、5~10秒程。
しかし、体感では1分以上にも感じられた。
気が付くともう足から血は噴き出しておらず、足の感覚も取り戻していた。
足が切断されたということを示すものは、大量に残る血の跡と、輪切りとなったジーパンの切れ端くらいだった。
右足は伸ばしたまま、その場でしばらく呆然。
放心状態とでもいうのだろうか。
治ったものの、足を切り飛ばしたということのショックが大きすぎて、なにも考えることができなかった。
しばらくして思考が戻ると、今度は今回の馬鹿馬鹿しい寸劇についての糾弾が俺の頭の中で始まった。
あのさ…………
物語の主人公や主要な登場人物がさ………、
大怪我することだってあるだろうさ。
四肢を失うような大怪我を。
でもさ、大抵それらしい理由があるよね?
強い敵と戦ったとか、
味方を守るために盾になったとか、
大事なものを失わない為にとか、
何かを得るための代償とか、
自分を鍛える訓練での事故とか………
でも、調子に乗ってふざけ回って、自分で自分の足を切り飛ばしました、なんて話、どんな漫画や小説でも見たことが無いよ、俺。
まあ、確かに現実では、一般人だって、偉い人だって、英雄だって、しょうもない理由で怪我したり、時には亡くなってしまったりをする。
野球選手が怒ってベンチを殴ったら骨折した、とか。
偉人が風呂でフザケていたら転んで亡くなりました、とか。
最強と謳われた戦国大名なトイレで気張っていて頭の血管が切れて死んじゃった、とか。
また、最近ではネットでも、馬鹿な事をして大惨事を引き起こしてしまったような動画は山のように存在する。
大の大人がなんでそんな馬鹿なことをするんだ? と言いたくなるような話はどこにでも転がっている。
現実なら、そんなモノだってくらい分かるけど。
でも、もうちょっと、自分の振る舞いを見直さないといけないんじゃないか。
精神年齢は40歳を超えているんだから。
はああああああああああ………
大きくため息をつく。
やっぱり今日は外に出ない方がよかった。
ひどくテンションが下がってしまい、再び自己嫌悪に陥ってしまった。
膝を抱えて三角座りの体勢で、しばらく泥沼のような思考の海に沈み込む俺。
結局、俺が行動できるようになったのは30分以上経ってからだった。
流石にこれ以上無防備にいるのは危険だと思ったからだ。
他のウルフ達の再襲撃とかあったら、今の気の抜けてしまった俺では対処ができないかもしれない。
しかし、すぐにこの場を離れるのは難しい。
少なくともこの場の後始末をしないと帰るに帰られない。
さて、どうするか。
しばらく考えて出てきた答えは、先ほど習得したばかりの「陣作成」だった。
風吼陣は封神演義に出てくる陣だが、他の物語に出てくる仙人が作る陣は多岐に渡っている。
自らの住処である洞を開く時にも使用しており、空間や時間、温度、効果等を自由に設定している。
であれば、俺の作成する陣もある程度こちらで設定できるのではないか。
その考えを試す為、俺の考えたオリジナルの陣の作成準備に取り掛かる。
辺りに散らばるウルフ達の残骸から前足を拾い、棒代わりにして地面に広く円を描く。
残骸を中心に20mくらいの大きさだ。
そして、円の中心に立ち、陣作成の術を行使する。
「隠せよ! 隠蔽陣」
陣の名前は適当だ。
しかし、辺りの空気が変わったことが感じられた為、おそらく成功したであろう。
陣の中にいれば、外から見えなくなるという効果をイメージした。
これくらいの効果であれば、オリジナルの陣も容易に作成できるようだ。
おそらく、気温を一定の範囲内で上げたり下げたり、明るさを変えたりするくらいなら、それほど労力をかけずに陣作成を行うことができるだろう。
ただし、効果時間は分からない。
風吼陣の時もそうだったが、数分ってことはないと思うのだが。
これは後日に試行錯誤する必要があるな。
さあ、さっさとやるべきことをやらないといけない。
俺が自分の足を切り飛ばして、倒れ込んだ際に手放してしまった莫邪宝剣を拾い上げる。
光の刃は噴出していない。
手が離れたことでエネルギーが届かなくなった為か。
念の為、力を注いでみると光の刃が出来上がる。
見れば見るほど美しい剣身だ。しかし、それは俺をも害することができる諸刃の剣だ。
ブルッと背筋が震えた。あまり多用は禁物かもしれない。
OFFと念じると光の刃は消え失せる。
いや、諸刃の剣って、普通どんな剣だって自分の足を切ったら、傷つくのは当たり前だ。
要は使い方次第だろう。
とりあえず莫邪宝剣をポケットにしまった。
これが俺の切り札ということは間違いない。
次は水を出して血まみれになった足やジーパンを洗う。
輪切りとなったジーパンの切れ端もだ。
そして、ソーイングセットを召喚し、ジーパンを縫い繕うことにする。
危険な草原を渡らないといけないんだ。足先とは言え、防具が無いのは不安だしな。
一人暮らしのスキルというべきか。
30分くらいかかりながらも、ようやくジーパンを補修することができた。
糸で無理やりつないだだけの状態だが。
続いて、ウルフボスに食い破られたナップサックも同様に補修をしようとするが、元々も頑丈な作りであった為、俺の腕前では到底手の打ちようが無い。
うーん。サラヤにごめんなさいするしかないか。
破かれた部分を見ながらナップサックをひっくり返していると、ナップサックの内側から巾着袋が張り付けてあるのが分かった。
これは……上から同色の布を当ててあったのか。
食い破られた時にはがれたのだろう。
取り出してみると、巾着袋は割と良い生地が使われている高級品のようだった。
グレーを下地とした模様のシックなデザインで、そのままプレゼント用としても使えそうだ。
中を開けてみると、紙に包まれた青い色の宝石のようなものが出てくる。
「お!これは、お宝か!」
大きさは5cmくらい。平べったいラグビーボールのような形状だ。
包んであった紙を見ると、文字のようなものが見える。
えーとなになに?
『お宝発見おめでとう。これは君のものだ。蒼石という。上手く使ってこのスラムを抜け出してくれ。応援している。byトルネラ』
ボス? いや、これはチーム創設者のトルネラの方か。
メッセージを見るに、チームに残したお宝探しみたいなものか。
結構茶目っ気があった人っぽいな。
しかし『蒼石』か。
確かボスの話では機械種を従属させる為に必要なものだったな。
これはありがたいものをもらうことができた。
ウルフボスがナップサックを噛み破らなければ見つけられてなかっただろう。
そうだ、このウルフ達の残骸をどうしよう?
目の前に転がるのは20体分。
普通に考えれば全部持ち帰るのは不可能だ。精々頭部を2,3個ってところだろう。
晶石と晶冠だけを抜き取るか?
しかし、ウルフ達の解体はやったことがない。
下手にやって価値を落としてしまうかもしれない。
ここまで苦労したのだから、何とか全部持って帰れないものか?
うーん。困った。
そして、困ったときの仙術だ。
物を運ぶ仙術。そんなのあったかな?
確か空を飛ぶのはあったはずだが、荷物を載せされるような物はないような気がする。
ただ運ぶということだけでなく、できれば目立たないことも必要だ。
いっそ、俺のポケットに仕舞えればいいのだが。
蒼石とトルネラからのメッセージをポケットの中に収納する。
残骸を全て細かく砕くならポケットに入れられるだろうが、それでは意味が無い。
一言でこれらを一気に収納できる仙術か宝貝はないものか。
右手に巾着袋を握りながら、ふと思いついたことがあった。
そうだ。西遊記に出てきた金角、銀角がもっていた『呼んだものが返事をすれば吸い込んでしまう瓢箪』があったな。
あれならば収納できるかもしれない。
そう、あれの名は……
「宝貝 紫金紅葫蘆」
右手の巾着袋の色が灰色から薄い紅色へ変色する。
それは『莫邪宝剣』がそうであったように、現実のモノを幻想へと塗り替える仙術、『宝貝化』の発動。
どうやらあの3人からのナイフを莫邪宝剣に変えてしまったように、巾着袋も宝貝に作り変えてしまったようだ。
やってしまった………いや、これでいいのか。
ナップサックの方を変えてしまったら大変だった。
あれは返さないといけないものだからな。
しかし、この巾着袋は先代トルネラから俺が貰ったものだ。だからこれは俺の物だ。
では、さっそく収納しよう。
巾着袋を持った右手を前に出して、ウルフ達の残骸に向けて呼びかける。
「ウルフの残骸達よ!……」
さあ、返事をしろ……
って! アホか、俺は!
残骸が返事するわけないだろう!
1人でボケて1人で突っ込む。
当然、笑ってくれる観衆もいない荒野ではただ空しいだけ。
ああ、失敗か。
人間相手だったら有効だが、相手が機械種なら返事なんかしないだろうし。
それに吸い込んだものを溶かしてしまうなら意味が無い。
うう、どうしようか。
宝貝になってしまった巾着袋、もとい紫金紅葫蘆を持ったまま、しばらく悩んでいると
「…………んん? なんだ? …………これは、宝貝からか?」
宝貝の方から何か語りかけのようなものが感じられた。
お、これは……そうか、改造できるのか。
宝貝にも意思というものがあるようだ。
道具として使ってもらいたいという希望と、もっと役に立ちたいという願いを持っている。
今回の俺の求めているものを察しした宝貝が、俺に自らの改造を求めてきたのだ。
改造自体は難しいものではない。
しかし、同じ宝貝に何度も改造することは推奨できないようだ。
1回くらいなら問題はないが、何度も改造を行うと宝貝の強度を著しく痛めてしまうらしい。
今回俺が求めるのは「無生物の収納・出納」と「収納物の保護・管理」だ。
オミットするのは「返事をしたものを無理やり吸い込んでしまう能力」と「中に入ったものを溶かしてしまう能力」。
これならば問題なさそうだ。
よし、改造。
その瞬間、手の中の巾着袋がキラッと光った。
そして、その表面色を薄い紅色から濃いグレーへと換えた。
「なるほど…………、確かに俺の思った通りの機能に変わったな」
宝貝から流れ込む情報を読み取り、その機能を理解。
形状はそのままだが、中身が大きく変質した様子。
『手に触れた無生物を収納する力』に『保管物を保護・管理する能力』、そして『無限と言っても良い規模の収納力』。
これぞ、ネット小説で猛威を振るうチート『無限収納・アイテムボックス』
ただ念じただけだったが、改造は無事成功。
「よし。お前の新たな名前……『七宝袋』だ」
大黒様が持っている袋の名前だ。これから俺が手にする宝をどんどん入れていくからな。
手の中の七宝袋から喜びの感情が伝わってきた気がした。




