22話 食料
さて、食事の前に済ませたいことがある。
それは………風呂だ。
結局、前もこの前も風呂に入り損ねていたので、今日は絶対に風呂に入ると決めていた。
たしか夕方から夕食後1時間以内が男子時間だったはずだ。
トールは先に子供達と入浴を済ませていたそうなので、ジュードと2人で2階の浴室に向かう。
アイツ本当にロリじゃないんだろうな?
浴室の前には男子時間と書かれた札が前に置かれている。
よくラブコメなんかでこの看板が逆になっていて、いわゆるラッキースケベ展開がお約束だが。
一応、念の為、ジュードに浴室のドアを開けてもらう。
コイツなら何があっても許されるはずだ。
「ヒロ、ここの脱衣所で服を脱ぐんだ。で、脱いだ服はこの籠の中に入れる。そしたら女の子達が洗濯してくれるから。こっちに洗濯してくれた服が入っているよ。あと、タオルと石鹸はこっちね」
げ! 服や下着は共用なのかよ。大きさとか合うのか?
「服や下着には名前を縫い付けてくれてるよ。そう言えばヒロはまだだったね。頼んでおきなよ。縫製が得意な子がいるから」
「女の子に下着を渡すのかー。ちょっと抵抗あるな」
「それか、自分で洗うかだね。服のまま入って洗えば洗濯になるんじゃない?」
「風呂に服のまま入るって、できるわけないだろ!」
「ふろ?? いや、シャワーだけど」
「え」
マジでシャワーしかありませんでした。
それも刑務所でみるようなシャワーが並んでいるだけのヤツ。
トールめ! 確かに浴室とは言っていたが、風呂とは言っていなかったな。
だったら初めからシャワー室って言えよ!
かなりショックが大きい。日本人には風呂が必要なんだ。
俺が浴室の前で立ちすくんでいると、さっさと服を脱いだジュードがシャワーに向かう。
くそ! シャワーで我慢するしかないか。
俺も服を脱いでジュードの後を追う。
それでも冷たい水を浴びるとスッキリする。
ちなみにこのシャワーは水しか出ないらしい。冬はどうするんだろう?
二つ隣ではジュードが体を洗っている。
体は結構傷だらけだ。それだけ危険な仕事をしているのだろう。
う………、ちょっと大きさでは敵いそうないな。仕方ない。あちらは白人系だし。
あと、髪や体を洗うのが粉石鹸しかないのが、地味に辛い。髪から油分が抜けてパリパリになってしまう。まあ、無いよりマシだが。
ちなみに脱いだ服と下着は洗濯に出さずにそのまま着る。無くなると困るからな。
どっかで洗濯の方法を考えないと。
シャワーが終われば、食事の時間だ。
呼びかけに応じて食堂に入ると、すでに食事の準備ができていた。
といってもブロックを並べられているだけだが。
ナルが一人ずつに配っていたようで、俺が座った席にもシリアルブロックが置かれていた。
サラヤは相変わらずジュードの隣、俺は前と同じトールの隣に座る。
女子の顔を見渡していると、ふと、ピアンテと目が合った。その瞬間に目を逸らされたが。
本当に糾弾は止めてくれよ。こんなところで裁判を受けるのは御免だ。
ジップ、デップ、ナップの3人はいない。
まだ部屋に閉じ込められているのだろうか? お見舞いに行った方が良いのかもしないな。
シリアルブロックをボリボリとかみ砕き、水で流し込む。
他の皆はもっと時間をかけて、一口一口味わいながら食べているようだ。
味わうようなものでもないと思うが、このスラムではこれでもご馳走なのであろう。
しかし、街ならもっと美味しいものが売られているのではないだろうか?
まあ、それも何かのブロックなのかもしれないが。
「シリアル(穀物)」、「ビーンズ(豆類)」、「ミート(肉)」ときて、他にありそうなのは「フィッシュ(魚)」とか、「ベジタブル(野菜)」とかかなあ。
しかし、ブロック以外の普通の食料は無いのだろうか。
街で散策していた時も見かけたことが無い。
肉だの穀物だの言葉としてある以上存在していると思うんだが。
「はーい!みんなー。注目!」
だいたい皆が食べ終わったころに、サラヤが声を張り上げて、注意を向けさせる。
サラヤの手には白い革袋が握られていて、それを高く掲げている。
「「「おおおおおお」」」」
皆の歓声があがる。何んなの。一体?
「今日はいつも頑張っているご褒美があります。ほら、シュガードロップを貰ってきたわ。皆に一つずつ配るわよ!」
「「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」
特に子供たちの騒ぎっぷりが凄い!シュガードロップ?砂糖?飴のことか?
「さあ、食べ終わった人から並んで頂戴ね」
サラヤがそう宣言すると子供たちを中心に皆が一斉に並び始める。
隣のトールを見ると、まだ座っていたので、俺も後から並ぶことにする。まあ、子供たち優先で構わないか。
子供が全員受け取ったのを確認して、俺も受け取りに行く。
「はい、ヒロ、今回はすごく成果を上げてくれているから4つ渡すね」
「え、別に一つでいいけど」
「ダメよ。成果に準じて渡しているのだから、ちゃんと受け取ってもらわないと」
無理やり白い飴玉のようなものを4つ渡される。
自分の席に帰り、周りを見渡すと皆貰ったドロップを早速味わっているようだ。
俺も一つを口に入れる。
うーん………
甘いと言えば甘いが、元の世界の甘みに慣れた舌では、全然物足りない。
こんなものが皆にとっては歓声を上げるほど美味しいものなのか?
周りの子供たちの顔が幸せ一色だ。よほど甘みに飢えているのだろう。
元の世界の飴やチョコをあげたら、一体どうなってしまうのだろうか? という疑問が浮かび上がる。しないけど。
残り3つはポケットに入れて置く。何かに使えるかもしれないし。
食事が終わると、1階の男子部屋に戻る。
男子達の主な話題はさっきのシュガードロップの甘さについての感想だ。
部屋に着いてからもその話題で盛り上がっている。
「一気にかみ砕いた方が甘い」「いや、ゆっくり舌で溶かしながら」「表面を歯でコリコリ削るんだ」。
飴一個で随分盛り上がるんだなあ。
俺だけがちょっと冷めた感じでいると、トールが話しかけてくる。
「ヒロはどうだった。4つも貰ったんだろ。もう食べたのかい?」
「ああ、もう全部食べたよ。美味しかったな」
一応話は合わせておこう。
「早いなあ。でも、一度味わうと、もっと味わいたくなるから分からないでもないか。たしか、ジュードは残しておく派だよね」
「ん。僕かい。そうだね。取っておいて狩りで疲れた時に舐めるのが一番さ。一気に疲れが吹き飛ぶからね」
いつのまにかジュードを巻き込んでいる。確かに糖分は疲れを取ってくれるからな。
ああ、そうだ。今のうちに食料について聞いておこうか?
「ねえ、トール、ジュード。ブロック以外の食料って他にないの?」
俺の言葉で先ほどまで騒がしかった部屋が一瞬で静まり返る。
一斉に皆が俺に目を向けている。恐れ、不安、戸惑い、憎しみ、そういった感情が読み取れる。
小さい子は今でも泣き出しそうな顔をしている。
ジュードですら一歩下がって、俺を睨みつけている。
え、俺、また何かやっちゃいました?
いや、そんなジョークを飛ばしている場合じゃなくて………
ちょっと、皆、なんで?
さっきのセリフのどこに、皆がそんなに警戒するような単語が含まれているんだよ!
疑問は山ほどあるが、口に出して良いものなのか全く不明。
ただでさえマズイことを言ってしまったようなのに、これ以上失言をつづけるわけにはいかない。
周りの目は完全に俺を『化け物』扱い。
ほんの少し出来上がりかけていた仲間意識が綺麗さっぱり無くなってしまった様子。
ヤバい!
今まで上手くやってきたかと思っていたけど、ここにきて何かのタブーに触れてしまったのだろうか?
脱出路はどこだ? 今から飛び出せば逃げられるか?
それとも留まって弁明してみるか? 言い訳なら俺の得意分野ではあるが………
しかし、こんな四面楚歌の中で俺1人言い訳しても、聞いてもらえるのだろうか?
このままだと、良くてチームからの追放、悪くて袋叩き。
もちろん、黙って袋叩きにされる俺ではないが、折角仲良くなったと思った人達からそのような仕打ちをされるのは辛い。
皆から激しい罵声を浴びせかけられたら、身体はともかく心が痛い。
そんなの豆腐メンタルな俺が耐えられるわけがない。
なら、もう一目散に逃げるしかないのか………
ここまで上手くやって来たのに………
悪い方向へと想像を膨らませ、勝手に絶望する俺。
予想もしない状況に半ばパニックとなり視野狭窄に陥ってしまった。
しかし、そんな俺を救ってくれたのが………トール。
「そうか。ヒロ。シティ出身なのかい?」
この緊張感溢れる一触即発の中、トールがこの雰囲気にそぐわない落ち着いたトーンで声をかけてくる。
思わずトールに向き直ると、トールはいつもと変わらない温和な笑顔で俺と皆に聞こえるように話を続けてくる。
「そういえば聞いたことがある。シティではブロックとは違う食料が売られているんだって。マテリアルから作られるものじゃなくて、天然から取れるんだそうだ。たしか、ものすごく高いけど、ブロックとは比べ物にならないくらい美味しいらしいよ。ヒロはそういった食料のことを聞きたかったんだね?」
トールの説明で、目に見えて皆の警戒が緩んだ。
ほっ………、助かったか。
ここは乗っかておくべきだろうな。
「うん、昔だけど、ブロックじゃない天然の食料を食べたことがあって、そういうのってこの辺じゃあ売ってないかなって聞きたかったんだ。ごめん。何か変なこと聞いちゃったみたいで……」
「へえ、ヒロはこの辺の常識を知らないなって思ってたんだ。やっぱりかなり遠くから来たんだね」
俺とトールのやり取りを聞いて、ようやくジュードが警戒を解く。
「ふう。あまり突然びっくりさせるようなことは言わないでほしい」
「ごめん。考えなしに質問しちゃって」
ちょっと微妙な空気がこの部屋に充満してしまった。この空気苦手なんだよなあ。
しかし、俺のせいで盛下がってしまったんだから、何とかした方がいいか。
考え込んだのは5秒ほど。情報漏えいのリスクもあるが、ここは直感的にしておくべきだと判断する。
ポケットからカロリー○イト(フルーツ味)を召喚する。
板チョコも考えたが、あれは破壊力が高過ぎるから却下。
「みんな!実は昔居た所から一個だけ珍しい食料を持ってきてるんだ。変なこと言って盛下げちゃったお詫びを兼ねて、皆に分けようと思うんだけど」
箱から取り出し、包装を破って中身を出す。
そのまま包装を下にひいてナイフで切り分ける。う、結構ボロボロ崩れる。
何とか人数分に切り分けて皆に差し出す。
「かなり美味しいよ。シュガードロップより甘いし」
と言って、一個を皆に分かるよう口に入れて咀嚼。
「うん。シュガードロップより十倍美味しい!」
これで誰も食べてくれなかったら夜逃げしよう。
俺は密かに決意を固めた。
トールとジュードが顔を見合わせ…………、
ナニカの覚悟を決めるような表情を見せたトール。
軽くジュードへと目配せすると、俺の手元にあるカロ○ーメイトを一個取り上げ、そのまま口に放り込む。
すると今まであまり表情の変化が少ないトールの顔が驚きで一変したまま固まってしまう。
ただし、口だけは動いているが。
「おい、トール大丈夫か?」
ジュードがトールを心配して声をかける。
いや、別に毒じゃありませんから。
「甘い、旨い、甘い…………こんなに甘いの初めて食べた……」
呆然といった感じでトールが言葉を絞り出す。
その言葉を聞いて、ジュードも一つ手に取って口に入れる。
「甘い! なんて甘さだ! 昔食べたフルーツブロックよりずっと甘い!」
新たに出てきたブロック名。まだまだ種類があるようだ。
ジュードが食べたのを皮切りに皆がカロリーメ○トを取っていく。
そして、部屋中で起こる「甘い!」「スゲー!」の大合唱。
子供達の顔が一斉に笑顔へ。
明るい歓声が部屋の中を駆け巡る。
これだ、これだよ!
異世界転移での持ち込みチートの醍醐味は!
なんという快感! 皆、俺が召喚したものを食べて絶賛している。
いかんな、クセになりそう。
これも一種の俺TUEEEEだなあ……………んん?
一人だけ○ロリーメイトを取っていない子がいた。
座りながら手元の機械をいじくりまわしている。
ああ、あの目つき悪いガキだ。
前に一度話しかけようとしたら睨みつけられた。
あの3人組より少し年上であろう。
皆の騒ぎにも我関せずだ。
いや、チラッとカロリーメイ○を食べている子を横目で見ている。
………うーん。がっつくのはカッコ悪いと思っているな。
ああいう時は俺にもあった気がする。大人としては、さりげなく気をつかってやろう。
立ち上がって、その子に近づくと、顔を上げてキッっと睨みつけられた。
いや、そんなに警戒しなくても。
「どうぞ。良かったら食べてくれないか。先ほど皆を驚かせたお詫びなんだ。君にも受け取ってもらえないと、皆にお詫びをしたことにならないから俺も困ってしまう。俺を助けると思って受け取ってもらえないかな」
とにかく下手にでる。まずは受け入れてもらえないと話も聞いてもらえないからな。
その子はしばらく差し出された欠片をジッと見ていたが、ゆっくりと手を伸ばして、恐る恐る摘み上げる。
少し匂いを嗅いで、口に放り込み、噛みしめた瞬間、目をバッと大きく広げる。
「あ、甘い!」
子供らしい声をあげて、驚いている。こうみると年相応だな。
これで全員コンプリート。ふう、1人だけ仲間外れは寂しいもんな。
自分のやるべきことを終えて、ほっとしていると、トールが俺に近づいてきて、黙って袖を引っ張ってきた。
外へ出ろってとこか。
さっきの理由を説明してくれるのだろう。
今回は本当に助けられたなあ。
部屋を出た所で、トールにお礼を言う。
「さっきはありがとう。フォローしてくれて助かった」
「いや、僕の方こそ、食べたことないような美味しい物を貰ったしね」
「それにしても、さっき反応は一体なんだったの?特にマズイようなことを言ったつもりはないんだが……」
「はあぁ、やっぱりね」
トールが大きくため息をつく。
「ヒロ。良く考えて。ここはスラム。貧しくて食料を手に入れるのは大変だ。でもね。どんなに貧しくても、身近に食料になりうるものがあるんだよ。分かるかい?」
「???分からんぞ。」
「はあ。いいかい。ブロック以外の食料というと、このスラムでは人間の死体を指すんだ」
「げ!マジか?」
「そう。そして、死体を食べた人間はそれ以外を食べようとしなくなるらしい。そうなるともうソイツは人間とは言われない。『グール』と呼ばれるようになる」
「う……」
「ブロック以外の食料に興味があるってことは、グールじゃないのかって疑われたんだよ。ヒロは。ちなみにグールと見なされれば、どこに行ったって即殺対象だからね」
あのまま逃げてたら、ひょっとして「グール」として追われていたかもしれないな。
それに、俺がブロックを嫌ってずっと食べていなかったら、「グール」かもって疑われていた可能性もある。
意外に地雷が多いぞ。この異世界!
「本当に助かった!ありがとう。トール」
「まあ、そんなに感謝してくれるなら、一個お願いがあるだけど」
「え、何でもとは言えないど、できる限りのことはしよう」
「いや、さっきの食料なんだけど、まだ残ってる?」
「あー、それはさっき言ったように、一個しか残っていなかった食料なんだ」
「うん。そう言ってたね。でもヒロが本当に最後の一個しかない食料を出すかなって思ってる。どこかにまだ残しているんじゃないかって。ヒロって凄く慎重だから、そう簡単に最後の一個を手放さないだろうって。もちろん、僕の勘違いってこともあるから、もし、そうならここまでだけど」
う、読まれてる。
別に明日召喚すればいいだけだから懐が痛むわけじゃない。
しかし、ここでもう一個出すと、次から次へと要求されるのではなかろうか。
あの時、出さない方が良かったか。
しかし、その場合、男子達との関係性がちょっと微妙になってただろう。
結果論だが、あれを出したことで俺のグール容疑は完全に晴れただろうし。
トールは俺を助けてくれた。ならば信義で答えるべきか。
「ああ、あと数個だけど隠し場所に置いてあるよ。欲しいならもう一個渡そうか」
「いや、一個じゃなくて、さっきくらいの欠片でいいんだけど、医務室にいる3人に分けてあげてほしいんだ。美味しい物を彼らだけ食べられないのは可哀想だからね」
おお、コイツ。なんていい奴なんだ! 俺も先輩のことはすっかり忘れていたぞ。
「分かった。今度見舞いに行くときに美味しい物を持っていくことにする。同じものじゃないかもしれないけど」
「ありがとう。さあ、部屋に戻ろうか。やらなくてはならないこともあるし」
「やらなくてはならないこと?そんなのあったっけ?」
トールが部屋の扉に手をかけたままニヤリと笑う。
「口止めだよ。男子だけで美味しい物を食べたなんて、女子にバレたら吊るし上げくらいじゃすまないよ。何としても話が漏れないようにしよう」
その後、俺、トール、ジュードの3人で男子達に絶対にこのことは女子には話さないよう言い含める。
もし、バレた時はどのような地獄が待っているかも含めて、必死に言い聞かせた。




