19話 ボス
サラヤがしてやったりという感じのドヤ顔で、ボスを紹介してくれた。
ボスがロボット?
…………いや、機械種か。
目に当たる部分から小さな青い光が見受けられる。
赤い光の目が敵対的で、青が友好的だっけ?
少なくともサラヤがボスだと言っている以上、こちらに襲いかかってはこないだろう。
しかし、『トルネラ』か。
チーム名がリーダーの名前じゃなかった時点で、チームの創始者の名前かと思っていたが、保有している機械種の名前とは予想しなかった。
この機械種はチームにとってどのような存在なのか。
先ほど宣言された通り、ボスというにはちょっと無理があると思う。
街でも似たような機械種が何体も道を掃除していた。
おそらく量産型で掃除や細々とした軽作業目的の機械種だろう。
さらに「トルネラ」と呼ばれたこの機械種は一目見てもかなり傷んでおり、あちこち表面の部分に傷や凹みが見られ、左手が肘のあたりから先がない。
軽作業用ロボットに戦闘をさせていて、ここまで傷ついてしまったのであろう。
というか壊れているんじゃないか。これ?
サラヤに紹介されてから『トルネラ』は全く動いていない。
こちらの方を向くことさえせず、ややうつむき加減のまま微動だにしない。
「あの、サラヤ。これ、壊れてるんじゃ?」
「え、あ、え、そ、そんなことないって!!」
サラヤが慌てて、『トルネラ』の肩をゆする。
「ちょっと、ボス! スリープしてるの? 起きてよ! せっかくヒロをびっくりさせたのに、カッコつかないじゃない!」
5,6回ほどゆすり続けていると、『トルネラ』から微かにブーンという機動音が響きだす。
そして、ゆっくりと顔が動き、サラヤと俺に目を向けてくる。
「起動しましタ。サラヤ。ごきげんよウ。そして、そちらはヒロでしたネ。初めましテ。ここのボスをさせてもらっていまス、トルネラでス」
元の世界のボー○ロイドのような合成音っぽい声でしゃべりだす。
ほんの少しイントネーションに違和感があるが、十分聞き取ることができるレベルだ。
「驚かさないでよ!本当に壊れたのかと思ったじゃない!」
「本機はすでに耐用年数を大きく超えていまス。いつ壊れてもおかしくない状態でス。そろそろ買い替えの時期でハ?お勧めはヒューマノイド型ですネ」
「本人が買い替えを勧めないでよ!トルネラにはずっと働いてもらわないといけないんだから」
「トルネラとしてハ、早く向こうのトルネラに会いたいのですガ」
「そんな縁起でもない。長生きしてくれないと困るんだから!」
「まだまだ脛を齧り足りないト。見てのとおり、もうボロボロなんですがネ」
「今度またパテで埋めてあげるから、そんなこと言わないで」
「もう関節まで埋められるのはゴメンでス。そんなに埋めたいなら、自分の眉間の小じわでも埋めてくださイ」
「小じわなんてないもん!」
なんか、機械種相手に漫才が始まっている。
俺が思ってたロボットとはちょっと違う感じだ。随分人間臭い。
話を聞くにこの機械種はそれなりに長い年月をこのチームと過ごしているようだ。
サラヤもこの機械種にはかなり気を許している様子だし。
俺もちょっとこのトルネラと話してみたいな。
「あのー。ちょっといいですか?」
「あ、ごめん、ヒロ。ほったらかしになっちゃって」
「ウチのサラヤがお世話になっておりまス。器用そうに見えて案外不器用デ、男の扱いが上手そうですが実は甘え下手デ、一見優しそうに見えますが本当はちょっと腹黒い子でス。でもいい子なんでス。これからも末永くよろしくお願いしますネ。ヒロ」
「いや、ヒロはそういうのじゃないし。確かにこの間から大きく稼いでくれてお世話になっているけど……ちょっと、誰が腹黒いのよ!」
「あの、だから、俺にもちょっと話をさせてよ」
また掛け合いが始まりそうだったので、割って入る。
サラヤがまだ何か言いたそうにしていたが、流石にこれ以上言ってこなかった。
改めてトルネラに向かい合う。
機械種と会話するのはこれが初めてだな。
「えっと、俺の名前はご存知でしたね。ヒロです。3日前にこのチームに拾われました」
「はイ。だいたいはサラヤから聞いておりまス。最初の狩りで挟み虫、次にハイエナの頭部を持ち帰り、今回、鎧虫も狩ってこられたのですネ。新人なのに凄い活躍でス」
「いえ、それほどでは……いや、あの聞きたいことがあるんだけど……」
質問しようとしたところで、ふと、本当に今聞いてもいいのかと悩む。
俺が質問しようと思ったのは3つ
①機械種とは一体なんだ。なぜ、敵対的なのと、友好的なのがいるのか?
②外に敵対的な機械種がウロウロしているが、なぜこの街に襲いかかってこないのか?
③機械種を仲間にする方法
3つとも機械種に絡む質問だ。同じ機械種に聞けば判明する可能性が高い。
しかし、これらの質問をすることで、逆になぜそんなことも知らないのかと不信に思われる可能性がある。
『世界の基本的な常識をほとんど知らない少年』
そう思われることによって、これからの活動に支障が出るかもしれない。
特に今、目の前にいるのは俺が当面所属しようと思っているチームのトップだ。
しかも意外に鋭いところもあるから下手に突っ込まれて、誤魔化しきれないことがあるかもしれない。
ああ、クソ、初めから記憶喪失を装っておけば良かったかな。
まあ、そうしてた場合チームに入れてくれたかどうか分からないが。
うーん。いかんな。
二人(?)が俺の質問を待っている状態だ。さっさと何か質問しなければ。
「あ、トルネラさんって何という機械種ですか?俺、あんまり機械種に詳しくなくて」
「トルネラの正式機体名は『機械種:源種:ドワーフ:サーヴァントでス」
サーヴァント?何か凄そう!
あ、たしか英語で召使って意味か。
「源種?」
「源種とは、旧世界で製造されましタ機体のこと言いまス。トルネラは巣で保管されていたところをトルネラに見つけられたのでス。新世界で製造されたレッドオーダーを受ける前の素種でも、レッドオーダーを受けてからブルーオーダーされた転種でもありません」
わざわざ新しく出てきた単語に説明をつけてくれてありがとう。
しかし、ここで『レッドオーダー』とか、『ブルーオーダー』とかって何?と聞きたくなるなあ。
どこまで常識なのかが分からないから質問しづらい。
「凄いでしょう。トルネラって源種なのよ。狩人が巣に潜っても滅多に出ないんだから」
サラヤが自慢げに宣う。
なるほど、源種というのはかなり珍しいということか。
そして、『巣』っていうのは文字通り機械種の巣のことかな。
「まア、珍しいといっても所詮はドワーフのサーヴァントなので大したことはできませン。精々掃除・洗濯・倉庫番くらいですネ」
「えー。トルネラ強いじゃない。昔、襲ってきたチームの奴らを棒でビシバシ薙ぎ払ってたし」
「一応護衛のスキルを入れてもらってますからネ。非殺傷の武器があれば、チンピラくらいなら何とかなりまス」
え、スキル? なぜここにスキルが出てくるんだ!
『闘神』スキルと同じ意味のスキルなのか?
ここは絶対に聞かねば!
「ス、スキルって一体何?教えてくれ!」
慌てた俺の質問にサラヤがきょとんとする。
「どうしたの? ヒロ、そんなに慌てて……………、スキルって機械種に技能を覚えてもらうことができる石よ。巣で見つかることが多いって聞くわ。たまに店で見るけど、かなり高いのよね、あれ」
「正式に『翠石』といいまス。中に機械種の技能を追加する式が入っておりまス。それを利用して機械種は新たな技能=スキルを覚えるのでス。また、スキルの種類は多岐に渡りまス。それこそ人間ができることの数程ありまス。そして、スキルにはレベルが存在シ、最下級、下級、中級、上級、最上級と分かれていまス。私の護衛スキルは最下級ですが、それでも人間の素人相手であれば全く問題にしませン」
ロボットに入れる追加プログラムのようなものなのか?
俺のスキルとは違うようだ。ちょっと焦り過ぎたか。少し質問の方向性を変えよう。
「ありがとうございます。教えてくれて。あともう一個質問いいですか?。トルネラさんって、ひょっとして、前のボスか何かの名前を引き継いだのですか?」
「ハイ、トルネラは初代のチームリーダーから名前をもらいましタ」
「凄い人だったらしいよ。このチームを作り上げたんだから」
サラヤが自慢そうに胸を張る。
トルネラの前だと精神年齢下がってない? まあ、それだけトルネラを信頼しているのかも。
ああ、そうだ肝心の質問を忘れていた。
「サラヤ。そういえば、銃とマテリアルの置き場所について聞いたら、ここに連れてこられたけど、ここが保管場所ってとこ?」
「ええ、ここが重要なものを預かっている倉庫よ。で、トルネラが倉庫番をしてくれているの。だから絶対安全よ」
結局、トルネラは倉庫番なのか。
いや、さっき戦闘もできるって言ってたから、いわゆる切り札的な秘密兵器も兼ねているのか。
「トルネラさんはどれくらい強いのですか?たとえば兎と比べたらどうですか?」
「本機が完全な状態であれば、トルネラの方が強いでス。しかし、現在は脚部を破損しており、あまり速く動くことができませン。戦場を草原と想定すれば、兎の動きに翻弄されて少しづつ削られてしまうでしょウ。こちらの攻撃が当たれば2,3発で倒せますガ、勝率は6:4といったところで、ややこちらが有利といったところですネ」
なるほど。これがトルネラを狩りに出さない理由か。
移動に難があるなら狩りは難しいだろう。
俺の表情を見て、俺が何を考えたのかを悟ってサラヤが付け加える。
「この状態のトルネラを他のチームにあまり見せたくないというのもあるわ。パッと見随分壊れているように見えるから。トルネラに勝てるかもと思われれば襲われる可能性も上がってしまうし。過去、何度も襲ってきたチームを撃退したトルネラだから、力を落としているって思われたくないの。トルネラ自体もかなりの値打ち品だから、トルネラを狙ってくる奴らも増えるかもしれないし」
「トルネラさんが獲物として狙われてしまうってこと?」
「そうよ。他に機械種を保有しているチームもあるから、機械種の取り合いも珍しくはないわ」
よし、ここだ! ここで聞きたかった質問が自然にできる。
「相手はどうやって機械種を取ったりするのですか?」
「感応士を使うか、蒼石を使ってブルーオーダーしてから新たにマスター認証させるのが一般的でス」
サラヤは俺の質問を答えるのに少し躊躇していたが、代わりにトルネラが答えてくれた。
また、新しい単語が出てきた。もう勘弁してくれ。
何だよ『感応士』『蒼石』『マスター認証』って?
ただ、先ほどの話では「ブルーオーダー」とは機械種の認識をリセットさせるようなニュアンスだったよな。
これは覚えておかないと。
あ、イカンな。少しサラヤが不審げに俺を見つめている。
ちょっと質問し過ぎたか。
…………ん?さっき出てきた『マスター認証』というのは、話の流れからすると機械種を従属させる方法のことだな。
即ち、機械種は誰かをマスターと認識して、それに従う存在なのか。
俺を見つめているサラヤに目を向ける。
多分、トルネラのマスターはサラヤなんだろう。
サラヤがこのチームのまとめ役なんだから、他の人をマスターにする理由はない。
そして、俺がこのチームに入ってずっと感じてきた違和感。
これを言うべきか迷ってしまうが……
「サラヤ。いいかい? 話を戻すけど、ここの倉庫に銃とマテリアルを保管するとして、俺はどうやって出し入れをすればいいの? ここは4階だから男子は普段、ここには来れないよね」
突然、話が変わって、サラヤが少し面食らいながらも俺の質問に答えてくれる。
「女の子の誰かに声をかけてくれればいいわ。倉庫から持ってきてくれるから。でも銃とかは小さい子には危ないから、私かナル、カランの誰かにしといてくれる?」
やっぱりそうか。
ああ、どうしても聞きたくなってしまう。
聞いても別にメリットなんか無いのに。
「ひょっとして、トルネラさんは前のトルネラって人から女の子しかマスターにしないって命令を受けている?」
サラヤがびっくりした顔で俺を見つめ、やや真剣な口調で話し出す。
「本当に頭いいね。ヒロ。それに気づくなんて。そうよ。チーム『トルネラ』のまとめ役は代々女の子が務めているの。この『トルネラ』のマスターと兼務で」
ずっと感じてた違和感。
この荒んだスラムにおいて、このチームは明らかに女性上位だ。
サラヤがリーダーで、生命線である食事担当がナル。
女の子は安全な3階で、男は突然敵が攻めてくるかもしれない1階。
財産は女が管理して、男は私物も持てないようになっている。
男が命の危険がある狩りに出て、女の子は外に出ない。まあ、これは普通か。
とにかく、力が全てのこのスラムにおいて、このチームは女性の立場の高さは異常だ。
他のチームだったら力の強い男がリーダーで女の子を力で従わせていてもおかしくはない。
そうなってはいない原因はこの女の子しかマスターと認めない機械種:源種:ドワーフ型:サーヴァントのトルネラの存在か。
初めはサラヤが飛びぬけて優秀で、男達からの信頼を勝ち得てチームリーダーとなっているんだと思っていた。
しかし、会って三日も経てば、多少優秀ではあるが普通の女の子なんだと分かってしまった。だからこの違和感に気づいてしまったんだ。
多分、前のトルネラはスラムの女の子が安全に暮らせるチームを作りたかったんだろう。
俺がずっとしかめ面で思案していると、サラヤが俺の思考に気づいたのか、それは心外だとばかりに話を続けてくる。
「ひょっとして、ヒロ。私が『トルネラ』の武力を盾に男子に横暴を働いているように思ってる?確かに男子ばかり危険な場所へ行かせるし、肝心の倉庫は女の子が握ったまま。でも理由があるの。このスラム出身の孤児が安定した生活を送ろうと思えば、町の有力な商会へ就職するのが一番よ。それの最も近道が、狩りで成果を上げることなの。今は装備も無くて危険な狩りになっているけど、商会に所属すれば良い装備も与えてくれるし、ずっと安全な狩りになるわ」
そこで、サラヤは一旦話を止めて俺の反応を伺う。俺は黙ったまま話の続きを促す。
「女の子が倉庫を管理しているのも、男子に武器や食料を預けてしまうと、すぐに危ないことをし始めるから。他のチームを襲ったり、格上の獲物を狙ったり。他にも、自分の分だけを蓄えて、さっさとチームを出て行った人もいるわ。この貧しいスラムでは仲間は助け合わないといけないのに」
まあ、言いたいことはわかる。
男子にとってすれば、確かに武器があれば、多少の危険は承知で、各上の機械種を狙ってみたくなるな。
「あと、これはあんまり言いたくないんだけど……」
サラヤは少し言葉を詰まらせながら話し出す。
「男子なら多少の傷でも男の勲章で済むけど、女の子の行き先はほとんど娼館しかないから、傷が残ると商品価値が下がって大変なことになるの」
うーん。それもあるか。
確かに女の子には傷ついてほしくない。
「スラムの女の子は娼館で過ごしながら、将来を誓い合った男の子が迎えに来てくれるのを信じてずっと待つしかないの。身寄りのない女の子一人ではこの街で暮らすのは難しいから」
「分かったよ。納得した。別に不満はないよ」
まあ、とりあえずそう言うしかないよな。今のところは。
「良かった、ありがとう。ヒロ。でもこのチームの男女はとても上手くやってると思ってる。他のチームだと女の子は道具みたいに扱われてひどい目にあっている子も多いわ」
そこでサラヤは言葉を切り、少し首をかしげて俺を下から覗き込むように質問してくる。
「ヒロは、そんなチームの方が良かった?暴力で女の子を従わせて自由にできるような。男の子はそういうのが好きな人もいるし」
直接女の子にそう聞かれて「ハイ。私は鬼畜ルートが大好きです」なんて言える奴いるのかよ。
「……女の子は笑っているのが一番だよ」
「ん。ヒロのこと、信じているからね」
信頼の押しつけが重い。雁字搦めにならないうちにチームを出た方がいいかもなあ。
「思えばこの時でしタ。あなたへの恋心に気づいたのハ。そして私たちの物語はここから始まったのでス」
いや、トルネラさん。回想語りとは芸風細かすぎませんかね。
そして、無理にくっつけようとしないでください。




