16話 褒美
夜のスラムは人通りが増えていた。
人相の悪いチンピラ。フラフラと歩いている酔っ払い。
たまに怒声が聞こえて、騒然としているところもある。
暗視があるのが幸いした。
人の目では見えない暗闇から目立たないよう慎重に拠点へと向かう。
みんな心配しているだろうか?
それとも我関せずで寝てしまっているだろうか?
拠点に到着すると、玄関付近から数人が言い争っている声が聞こえてくる。
どうやら俺を探しに行くかどうかで揉めているようだ。
「早く灯りをよこせよ。アイツを探さないと!」
「ダメって言ってるでしょ!こんな夜中に飛び出たら無事じゃすまないわ」
「だってアイツ絶対に狩場でなんかあったんだって!早く助けに行かないと」
「無理よ。こんな夜に狩場で捜索なんかできるわけないでしょ!」
「行ってみないと分からないだろ!アイツを助けたくないのかよ!」
「だから明日早朝にメンバーを集めるって言ってるでしょう」
「そんなの間に合うわけないだろう!」
意外にも今すぐ俺を助けに行こうって言ってくれているのはあの3人のらしい。
それに対し、サラヤは二重遭難の危険性を説いて明日にしようと言っている。
うーん………
チームとしてはサラヤの方が正しい。
参加して1日しか経っていない俺と、虫取りのベテランである3人を比べたらそうなるだろう。
しかも、普通なら捜索しても助けることができる確率はほとんど皆無だ。
でも3人の熱さはなぜか心地良いと感じてしまう。
一度仲間と認識されてからの情の深さは元の世界の漫画でよくいる不良に近いものがあるかもしれない。
今日になって、あの3人への好感度は鰻登りだ。
相変わらず誰がデップ、ジップ、ナップなのかは特定できないが。
「サラヤ、僕が行こうか。危ないところのギリギリまでなら何とかなるかもしれない」
「ジュード!『鈴』も持たずに行けるわけないでしょう!車で走り抜けるならともかく、こんな夜に『鐘』から離れたらすぐ虫に集られてしまうわ」
「サラヤ、落ち着いて。ジュードも無茶は言わないでやってくれ。君に万が一があったらこのチームは崩壊してしまう」
『鈴』?『鐘』?文字通りの意味かな?それとも何かの符丁か?
しかし、ジュードもトールもいるなあ。
なんか出にくくなってしまった。
下手にでていったら、気まずい雰囲気になりそうだ。話が途切れるタイミングを見図ろう。
…………
よし、今だ。
「おーい。遅くなってごめん!」
誰かが話し出す前に声をかけて入り口に飛び込む。
「帰ってきた!」
「良かった!」
「ヒロ!」
「どこいってたんだ!」
「アイツ、ヒロって言うんだ」
最後の人、自己紹介したはずなのに酷いなあ
「ごめん。これを拾って舞い上がってたら道に迷っちゃって」
怒られる前に気を引くものを差し出す。
パーカーで包んだ犬型機械種の頭を取り出し、皆に見せる。
皆の空気が変わる。
シンっと静まり返り、俺が取り出した成果に目を見張っている。
えっ………
何この雰囲気。
ドン!って感じで皆の歓声が上がると思ったら意外な反応。
何かマズイことでもあるのか? なんか俺やっちゃいました?
皆が黙り込む中、サラヤが恐る恐る俺に尋ねてくる。
「ヒロ、それを拾ったとき、周りに人がいなかった?」
「いや、草むらにポンって感じで落ちていたんだけど、周りには誰もいなかったよ」
「本当?」
「え、本当って。別に嘘なんかついてないし。疑われてる?俺」
「ごめんなさい。絶対確認しないといけないことなの。もし、狩人の獲物を横取りなんかしてしまったら……ううん、横取りって思われただけで大変なことになるわ。ヒロ、これは拾ったのよね。拾ったとき誰もいなかったのよね」
サラヤが若干顔を青ざめさせながら俺に念押ししてくる。
「間違いなく拾ったし、拾ったとき誰もいなかった」
サラヤの顔を真正面に見ながらはっきりと告げる。
嘘はついていない。
俺が倒して拾い上げた。
周りには誰もいなかった。
サラヤは俺の証言を聞いて、ジュードを見る。
ジュードはサラヤに頷き返し
「狩人が草原を車で通り抜ける時に、邪魔になった機械種を仕留めたものじゃないかな。一流の狩人だったらハイエナくらいならわざわざ拾いに行かないことだってあるだろうし」
ジュードのその言葉を聞いて、サラヤは、ほうっとため息をついて緊張を解く。
「ごめんなさい。何度も疑って。ヒロ、おかえりなさい」
ようやく笑顔を見せてくれた。
周りの皆がざわざわと騒ぎ始める。
「あれって、ハイエナなのか」
「ハイエナって兎よりも凄いの?」
「ウルフよりも大きいんだって。そりゃ強いよ」
「知ってる!機械種の残骸を食べちゃうって」
「たまに人間も襲うらしいよ、機械化した狩人もかみ殺されるんだって」
「シリアルブロック何本分だろう」
そんな中、3人が俺のところにきて、背中をバンバン叩きはじめる。
「やったじゃないか。後輩!」
「師匠の俺たちも鼻が高い!」
「修行の成果だ出たな」
まあ、いいんですけどね。
『ここは先輩たちの指導の賜物です!』と言っておく。
すると今度は3人のうち誰が一番指導が上手いのかで騒ぎ出す。
しばらくは放っておこう。
「ヒロ、入団1日目で凄い成果だね。挟み虫も狩ったみたいだし」
トールが話しかけてくる。
「いやあ、運が良かっただけさ」
軽く流しておく。一度言ってみたかったセリフだ。
「君が帰ってくるまで、軽く修羅場だったよ。成果を上げてくれたから、皆何も言わないと思うけと、できれば今後はもっと早く帰ってきてほしいな」
「それについては、ごめんとしか言いようがないなあ。もう次からは夕食までには帰ってくるようにする」
「そうしてくれるとありがたい。今はジュード1人に頼っている部分が多いけど、これからはヒロも頼りになるってわかったから、チームも随分安定しそうだ」
トールはチームの調整役なんだろうなあ。
リーダーが言いにくいことを指摘したり、さりげなくメンバー間の取り持ったり。
ここで、サラヤが割り込んでくる。
「トール、ごめん。ヒロ、ちょっとこっちに来てくれる?あ、そのハイエナの頭も持ってきてちょうだい」
と前の2階の応接間に誘われる。
ひょっとして特別なご褒美ですかな(笑)。
応接間に入ると、サラヤは俺から受け取ったハイエナの頭を金庫の中に仕舞おうとするが、流石に一人では無理なので、俺も手伝う。
多分10ー20kgくらいあるからなあ。
「ヒロ、トールが話していたように帰りが遅くなったことについては、もう言わないつもりよ。これだけの成果をあげてくれたから帳消しにしても足りないくらい」
ソファに座り、向かい合いながら、サラヤはいつもより真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「でも、これだけは覚えておいて。私たちの力は弱い。一番強いジュードでも、狩人見習いの足元にも及ばない。格上の機械種相手だったらどうにもならない。仮にヒロが手に負えない機械種に襲われていても助けることなんてできないの。私たちにできるのは精々安全が確保できている寝床を用意すること、食べ物を仕入れてくることくらいよ」
狩人見習いかあ、狩人にもランクがあるのかな。Aランクとか、金銀銅とか。
「私たちのチームは……私の方針は安全第一。弱い私たちがスラムで生きていくにはこれしかないと思うの。たった一度の失敗で崩壊するリスクを負って、大きな賭けなんかする必要はないわ。これまで通り同じやり方を続けていけばいいの」
どうやらサラヤは一度で大きな成果を上げた俺に対し、これに味を占めて、続けて危ないことをするなと注意をしたいようだ。
「チームに大きく貢献してくれたヒロに小言ばっかり言っちゃってごめんね」
「いや、次からは気を付けるよ。もう危ないことはしない」
「ありがとう。じゃあ、気分を変えてご褒美の話をしましょうか」
サラヤはうーんと大きく伸びをしてから、自分の頬をパンパンと叩いて気合を入れている。
伸びをすると胸が強調されてエロい。
………あ、それが狙いか。いや交渉には負けないぞ。
「まず、ハイエナの頭部の価値だけど、丸々残っているから、晶石や冠は無事ね。ここが一番価値の高いところだから。ノルマだけで言えば、どれだけ少なく見積もっても1年くらいのノルマは達成してそう。ヒロはこのまま丸々1年間はのんびり拠点で食っちゃ寝できるわ」
うーん。
それは魅力的なような、でも周りの視線が痛いだろうな。
「私としてはヒロにはもっと稼いできてほしいと思ってる。強制はできないけど。もし、ノルマ以上に頑張ってくれるならご褒美は奮発しちゃうけど。どうする?」
サラヤはちょっと前かがみになって首をかしげて質問してくる。
その体勢はズルいです。思わず反応しそう。
ここでエッチなご褒美を要求したらどうなるんだろう?
サラヤのことだから、チームの為になるなら躊躇わないような気がする。
しかし、そのルートに未来はなさそうだ。
罪悪感とともにこのチームに縛り付けられるだろう。
その方向に話をもっていきたいのか、それとも俺を試しているだけなのか、艶然と微笑んでいるだけのサラヤからは意図を察するのは難しい。
しばらく思考の海に沈む。サラヤは俺の返答を待ち続けている。
ここで俺の前にある選択肢は…………おそらく4つ。
① マテリアルを要求する。
② 銃を要求する。
③ 何も要求しない。
× サラヤを要求する。
ってところか。
①はわかりやすいな。
この世界に来て、まだ金銭に触れていない。いずれにせよお金は必ず必要になる。
しかし、デメリットとして、盗まれるかもしれないという不安があること。
なにせ、プライベートを確保できる部屋もなく、鍵のかかるロッカーすらないんだ。
チーム内で盗まれるとは考え無くないが、今回の要求で得られる大金ともなればどうなるか分からない。
②は戦力増強の為のものだ。
やはり遠距離の攻撃手段はほしい。
毎回素手での戦闘はリスクが高すぎる。
また、今のうちから銃の使い方を覚えておくことも必要だろう。
デメリットとしては、サラヤが手配できるレベルの銃が俺に必要なのかということ。
俺の拳以上の破壊力のある銃が手に入る可能性は低い気がする。
これから俺が相手にしようと思う機械種に威力の低い銃は必要ないだろうし。
③は好感度狙いだ。
別にサラヤを落とそうとしているわけではないが、このチームにしばらくいるのであれば、その選択肢もありだろう。
このチームに尽くしたいという姿勢は他のメンバーにも好意的に捉えられるのではないか。
また、この選択肢で、周囲からの嫉妬をある程度紛らわせる効果も期待できる。
しばらく、頭を捻くり返して健闘した後、
「………うん。決めた。今回の報酬は要らないや」
「え、どういうこと?」
サラヤが呆気に取られ、びっくりして目を大きく広げている。
ちょっと可愛い。
「今、チームが大変なんだろう。チームの為に使ってくれればそれていいよ」
「でも、せっかくヒロが苦労して拾ってきたのに。マテリアルなら多分2000Mくらいになるよ。ミートブロックなら100本分くらい」
ミートブロック100本って聞くと、油分で胸焼けしそう。
「今回、皆に心配させちゃったし。彷徨ってた俺を拾ってくれた恩もあるし」
「ヒロがそう言ってくれるんだったら、ありがたく受けておくけど……でも」
「じゃあ、この話は終わり。もう遅いし、そろそろ寝る準備をしたいから、この辺りで失礼するよ」
サラヤが食い下がってきそうだったので、俺はさっさと立ち上がって応接間を出ようとする。
「あ、待って、ヒロ」
サラヤが部屋の扉を開けようとする手を掴む。
そして、それを自分の胸に持って行こうとして………
「いや、そういうのはいいから!」
サラヤの手を振りほどく。
本当にやめてほしい。
そんな真似は。何を焦ってるんだ、サラヤは。
「ご、ごめん。私、何してるんだろ?」
サラヤは自分の行動にショックを受けたのか、自分の胸に手を当てて、呆然としている。
こんなことする子だったのか、それとも大金を得られて混乱しているのか、それとも俺を見捨てようと判断したことへの罪悪感を紛らわせる為か。
「サラヤ。もう今日は寝た方がいい。今の君は疲れているんだ。さっきのことは俺は気にしないから、君も気にしないで。お互いなかったことにしよう」
言うだけ言って応接間にサラヤを残して部屋を出る。
そのまま階段を駆け下り、男子部屋を目指す。
あっ! また、風呂に入り損ねた………
しまったな。要求で時間外でも風呂に入れるようにお願いすべきだったかな。
その場合、なぜかサラヤが風呂に俺の背中を流しに来るシーンが浮かび上がった。
………おうふ。
さっきはちょっと惜しかったかもと思っているのか、俺は。
あのまま手を出した場合、チーム内の人間関係はどうなっていたか。
やめてくれ。人間関係のギスギスは苦手なんだ。
男子部屋に入ると、すでに電気が消されていて、皆寝静まっていた。
早いぞ、寝付くの。
サラヤと何分くらい話し合ってたっけ?
まあ、俺もそろそろ寝るか。
自分のスペースを見つけ、落ちている毛布を手に取り、寝床に着く。
すると、隣に寝ていたトールが近づいてきて、俺に小声で話しかけてくる。
「何もなかったようだね」
こいつ………、
わざと空けたスペースの横で待っていやがったな。
「何で何にもないって分かるんだ」
「若いうちは始めたら止まらないだろう」
オヤジ臭いぞ。だから老け顔になるんだ。
「サラヤは危なっかしいぞ。もっと見てやれよ」
「大丈夫。君と入れ替わりでジュードが慰めてるよ」
……本当に手を出さなくて良かった。つーかどこで張ってたんだ?
「本当に始まったら流石にこの部屋に戻ってきただろうね」
「もういやだ。そんな人間関係。もっとシンプルがいい」
「そうだね。本当に何でもシンプルになったら、もっとチームもやりやすいんだけど……」
そう言うとトールは自分の寝床に戻り、そのまま就寝。
皆疲れているからだろうか?
横になった途端、すぐに寝付いてしまっている様子。
俺はしばらく寝ころんだまま天井を眺めていて、
………ふう、元の世界と同じで、この世界も人間関係は複雑怪奇なんだなあ。
頭から毛布をかぶり、外界から全てを遮断して眠りにつく。
明日はもっと良い日になりますように。




