94話 奇襲
白兎を先頭に俺とジュードはダンジョンの先へと進む。
おそらくスラムチームの侵入者がいると思われる方面に向かっていると思うが、分かれ道が多いこのダンジョンで、本当に白兎は方角が分かるのだろうかと、若干不安になってくる。
しかし、その心配も杞憂だったようで、しばらくすると前の曲がり角の方から誰かの話声が聞こえてきた。
「早くしろよ。まだかかるのか?」
「もう少しまってください。まだ取り付けが終わってなくて……」
「バルークさん、こっちのコボルトの装備はどうしますか?」
「爪のままでいいだろ! 本格的な装備は帰ってから取り付ける」
バルーク? 知らない名前だな。人数は声で判断するなら3人だろう。また、コボルトと言っていたようだが、ひょっとしてコボルトを従属させているパーティなのだろうか。声と一緒に機械をいじっている音も聞こえてくる。
「ヒロ、どうやらアイツ等は『青銅の盾』のようだね。バルークの名前は聞いたことがある。確か、青銅の盾のナンバーツーかスリーくらいだよ」
ジュードが小声で俺に耳打ちしてくる。
『青銅の盾』か。総会であったジュラクって奴がリーダーを務めている機械種に詳しいスラムチームだったな。
チームブルーワか黒爪団かと思ったけど、意外な結果だ。
そんな他のチームの縄張りを荒らすようなチームなのだろうか。
「うーん。どうしようかな。『青銅の盾』とは思わなかったよ」
「え、ジュード? 奇襲をかまして皆殺しじゃないの?」
「何でそうなるんだよ? そこまで好戦的じゃないさ。たとえ縄張り荒らしでも、話くらいは聞かないと」
最初のジュードの勢いだったら、てっきり見敵必殺だと思ったけどな。
「もし、『青銅の盾』が今回の異常を調査しているんだったら、協力くらいはしないと」
あ、なるほど。その可能性もあるのか。
「どのみち、顔を合わせて話をしてみないといけないな。ヒロ、いいかい?」
「いつでもいいぞ」
「じゃあ、念の為、いつでも銃を抜けるようにしておいて。一応ハクトも連れてきた方がいいかな。戦力で舐められるわけにもいかないし」
というとジュードは『青銅の盾』がいる通路へ進んでいく。
その後ろを追いかける俺と白兎。
今回の他のチームとの折衝はジュードに任せた方が良さそうだ。
俺だと高確率で皆殺しを選択してしまいそうになる。
言ってしまえば、ここは危険地帯且つ、治外法権だからな。
味方でないなら、生きている人間より、死んでいる人間の方が安全だろうって物騒な考え方をしてしまう。
どうも俺は、機械種よりも人間の方を危険視しているようだ。
機械種は目を見れば、敵か味方かはっきりしているが、人間は一目で敵味方の判別が難しい。さらに、味方の振りをした敵もいるから始末に置けない。
まだ、年下とか子供とかだったら少しは安心できるんだけど。
「このルートは『青銅の盾』が使用する。お前らは早々にここを立ち去ってもらおう」
バルークと呼ばれた男は俺達に向かってそう宣言した。
俺より少し年上、ジュードと同じくらいだろう。青銅の盾のリーダー、ジュラクが眼鏡をかけた優男のインテリ風だったが、こちらは理系とは思えないようながっしりとした体格で体育会系を彷彿とさせる容姿だ。
良く鍛えられた浅黒い肌、頭髪は黒い縮れ毛を短く刈っている。
南米のサッカー選手の快活さをイメージしてしまうが、その尊大さ溢れる目が、その辺りをぶち壊しにしてしまっている。
スポーツも勉強もできるけど、性格の悪い奴って感じかな。
このルートに侵入した『青銅の盾』はこのバルークを合わせて3人。
しかし、機械種コボルトを2体引き連れており、人間3人、機械種2体の混成パーティとなっている。
向こうが5、こっちが3だ。人数差で水を開けられているので、向こうもかなり強気な様子。
従属しているコボルト2体にそれだけ自信があるのだろう。
コボルト2体の容姿はそれぞれ微妙に異なっており、1体は青みかかったグレーメタリックに、たすき掛けのように肩から斜めに青い帯模様が塗装されている。
右手にはこん棒のような物を、左手には手の甲の部分に小さな盾を装備しており、明らかに人間が調整したと思われる仕様となっている。
もう一体は、色は薄いグレー。両手には何も装備しておらず、標準装備の爪だけ。
2体のコボルトはバルークのすぐ後ろに控えており、こちらの挙動次第ですぐに前に出てくるのであろう。
今、俺達がいるのは通路が少し広くなったようなエリアだ。
ちょうどT字路のようになっている部分で、俺達が来た通路とは違う方向に進む通路が2ヶ所ある。
おそらくこのエリアで戦闘を行ったらしく、床に機械種の部品らしきものが転がっている。
散らばっている部品の数から1体くらいの残骸だとは思うが、残骸の形状から見るに、どうやらこれもコボルトのようだ。
これは想像だが、元々、バルークのパーティは人間3人のコボルト1体の編成であったのではないか。そして、2体のコボルトと遭遇し、1体を破壊、もう1体はブルーオーダーに成功し、従属させたばかりではないかと思われる。
だからコボルト2体に装備の差があるのではないだろうか。
俺の推察は他所に、ジュードとバルークの交渉はすでに暗礁に乗り上げているようだ。
「つまり、青銅の盾は僕らチームトルネラに喧嘩を売っていると取っていいのかな?」
俺の前に立って交渉を進めるジュードが、感情をできるだけ抑えた声で確認している。
コイツは多分静かに怒るタイプだ。怒れば怒るほど冷静になっていくみたいな。
こういうタイプが一番怖いんだぞ。
しかし、その怖さもバルークには感じ取れなかったようで、先ほどと同じような尊大な物言いで言い返してくる。
「ふん! チームトルネラにこちらの喧嘩を買うことができるような蓄えがあるのかね?」
「知っているぞ、お前らの主力だったディックがいなくなったんだってな」
「ラビットを従属させたくらいでいい気になっているんじゃないぞ?」
後ろの2人も参戦してきたようだ。追従具合がモブっぽいな。描写はいいか。
「そちらこそ、コボルトを2体連れたくらいで、いい気になっているんじゃないか? 僕らはここに進むまでにコボルトを狩ってきているんだ」
ジュードがこれ見よがしに真・鉄パイプを前に突き出して威嚇している。
確かに今のジュードだったらコボルト2体でも勝てるだろう。
でも、ちょっと勝気すぎないか。相手が銃を使ってくるかもしれないんだぞ。
「フン! このブルーコメットをただのコボルトと一緒にしてもらっては困るな。これは青銅の盾が誇る特注品だ。ジュラクのカーバンクルにも引けは取らないぞ」
ブルーコメットって、ひょっとしてその青い帯模様のことでしょうか?
ううう、聞いてるこっちが痛くなりそうなネーミングセンス。
あと、カーバンクルっていう機械種をあのジュラクって奴は従えているのか。
どんな機械種なのか興味あるな。
バルークの啖呵に対し、ジュードは珍しく好戦的な笑みを浮かべる。
「じゃあ、その青いのをスクラップに変えたら、さっさとここを出て行ってくれるかい?」
「やれるものならやってみるのだな。人間がそんなに簡単に機械種に勝てると思わないことだ」
あ、もう戦闘に入るんだ。ちょっと俺も質問したいことがあるんだが。
「あのー、1個質問いいですか? なんでこのルートに入ってきたの?」
いつもと同じように空気の読めない振りをして質問してみる。
多分バルークって奴も青銅の盾だったら理系なはず。理系だったら説明するのが好きに違いない(偏見)。質問すれば簡単に答えてくれると思うんだけど。
「んん? ……今まで使っていたルートにオークが出てきてな。だからリスクを見て、このルートに入ることにしたのだ」
律儀に答えてくれるバルーク。下から行けばチョロそうなタイプだな。
「なるほど。了解。質問に答えてくれてありがとう。さあ、さっきの続きをしてくれ」
俺に緊張感を壊されて辺りが微妙な雰囲気になる。
微妙な目で俺を見てくるジュード。
まあ、いいじゃない。戦闘が回避できるのだったら。
奇襲だったらともかく、真正面からの人間相手は少しリスクがあるからなあ。
あの特注コボルトも何か必殺武器を持っていたら厄介だし。
ジュードはコホンッと一回咳ばらいをして、話を仕切り直す。
「えー、これはジュラクの指示なのかい? 昨日の総会で、このダンジョンの異常に対しての具体策なんかを話し合ったんだけど」
「ジュラクは関係ない! 俺は俺の意思で動く!」
「じゃあ、君の独断専行なんだ。ここで君たちを全滅させても、青銅の盾からは文句が出ないね」
おい、ジュード。なんでそう好戦的なんだよ。
やっぱり自分の縄張りが侵されたのがそんなに気に食わないのか。
それとも俺が渡した真・鉄パイプで自分の力に自信を持ってしまったのか。
「全滅するのはお前らの方だ。そんな鉄くずを振り回して、機械種が倒せるものか!」
「白兎、戦闘準備」
駄目だ。戦闘は避けられそうにない。
小声で白兎に指示を出す。
後ろ脚の爪を床に突き立てて、いつでも駆け出せるように前屈体勢を取る白兎。
警戒するのはバルークの背後に控える2体のコボルト。戦闘になれば間違いなくこちらに飛びかかってくるだろう。
そして、後ろの2人。
1人は銃を抜きそうな様子だ。腰に手を当てて構えている。
もう一人は先に重りのついたメイスのような物を持ち、いつでも振りかぶれるよう肩に担いでいる。
バルークはすぐに後ろに下がりそうだ。特に手に武器を持っていないので、戦闘は想定していないのだろう。
さて、コボルトの2体はジュードに任せるか。
念の為、白兎をカバーにつけておけば大丈夫だろう。
おれは後ろの2人に飛びかかろう。俺なら銃で撃たれても、顔にさえ当たらなければ耐えられる……多分。
はあ、人間相手は苦手なのに。特に銃は威力が読めないからなあ。
万が一、相手がミドルクラスや中級といった銃を持ってたら、俺の仙衣は防げるのだろうか。
おそらく顔を腕でカバーしていれば、一撃死は無いだろう。
そして、生きてさえすれば仙丹で治療できる。
痛いのは我慢しよう。
黒爪の銃を持った奴とやり合った時みたいに、顔をカバーするボクシングスタイルで行くとするか。ならば素手の方が顔を守りやすいな。
鉄パイプと銃が入ったナップサックをその場に置いて、前に出る。
そして、鉄パイプを構えるジュードの隣に立つ。
その瞬間、チラッと俺を一瞬横目で見るジュード。
なんとなく、それだけでお互いの次の行動が分かる気がした。
はあ、仕方がない相棒だよ。
俺が覚悟を決めて前に出てきたことで、一気に周りの緊張感が高まっていく。
対するバルーク側はコボルト2体を前に出した臨戦態勢。
「そんな鉄くずで武装したコボルトに立ち向かうとは無謀な奴等だ」
嘲りの口調でこちらを馬鹿にしてくるバルーク。
まあ、それについては俺も思う所が無いわけではない。
俺が鉄パイプから卒業できるのはいつの日なのか。
「大人しく引き下がっていれば命を失うこともなかったのにな」
「そっちこそ僕達の縄張りを奪おうとしなければ痛い目に遭わなくても済んだのにね」
負けずに言い返すジュード。
あ……
ウバウ! ダレガダ? ドコダ!
『俺の中の内なる咆哮』がジュードの発言に唸り声を上げた。
ぬぬぬ!
ここは衝動に身を任せるべきか……
それとも冷静にことを運ぶために抑えるべきか……
しばし『俺の中の内なる咆哮』の扱いについて逡巡してしまう俺。
そんな俺を他所ジュードとバルークはにらみ合いを続け、
突然、バルークはゆっくり腕を上げて、ジュードの方に指を差した。
なんだ。今更、交渉の仕切り直しか?
「お前に灰色の綿毛を捧げよう」
なぜか自信に満ち溢れた言いようで、意味不明な言葉を呟くバルーク。
は? 何それ?
ジュードも意味が分からず困惑している。
その時、俺の視界の端を小さな灰色の影が横切った。
え、何?
ザグッ!
「ぐああっ!!」
俺の隣にいたジュードが急に呻き声が上げる。
え、何だよ!
ドサッ
倒れ込むジュード。
その右足からは血が噴き出している。
え、なんで?
「おい、グレーシャドウ!こいつもだ。灰色の綿毛を捧げろ!」
バルークがまたもや意味不明な宣言を行うと、灰色の影が床を滑るようなスピードで俺に向かってくる。
あ、あれは機械種ラビット?
俺に向かってくるのはバルークが従属しているラビットか!
どうしよう。ジュードが怪我をした。避けなければ。血を止めないと。それより回避だ。でもあんなに血が出て。早く動け。仙丹を使えば。迎撃だ。でもバレてしまう。いつものように禁術は。いや、蹴りの方が。早くジュードを助けなければ。まず、アイツを。いや、後ろの2人も。
駄目だ。頭が混乱して何をしていいか分からない。
目の前で仲間が傷ついてしまったのはこれが初めてのことだ。
これほど自分が狼狽えてしまうなんて思わなかった。
周りの時がゆっくり流れているような感覚で、思考だけが無駄にフル回転しているが、全く統制が取れていない。
無秩序にやらないといけないことが浮かんでは消えていく。
ああ、もうラビットが近づいてくる。
何を優先すればいいんだ? 俺は!
ガキン!!
白兎!
俺に飛びかかってきた灰色のラビットに、白兎が体当たりを仕掛けるも、逆に弾き飛ばされてしまう。
白兎と交差した瞬間、その差を把握することができた。
この灰色のラビットは白兎の一回りは大きい。
特殊な装備なのか、それともラビットとは違う機械種なのかは分からないが、明らかに体格においても、スピード、パワーにおいても白兎を上回っている。
駄目だ!白兎。お前では勝てない相手だ!
それでも弾き飛ばされた白兎はすぐに体勢を立て直して、再度、灰色のラビットに飛びかかる。
迎え撃つ灰色のラビットは、その口を大きく開け、牙を剥き出しにして白兎をかみ砕かんとばかりに……
『ヤメロ!ソレハオレノモノダ!オレカラウバウナ!』
俺の中の内なる咆哮が叫び声を上げた。




