89.ゾンビが蔓延る世界(1)
あれは私は八歳の頃、ある日突然ゾンビが現れた。ゾンビが出始めると世間が騒ぎ出し、小学校が臨時休校になったり、日常が壊れていく様子に恐怖が膨れ上がったのを覚えている。
非日常が襲い掛かってきた。しばらくは自宅避難が続けていたけれど、日が経つにつれて状況が悪化していく。いつまでも来ない救援、外ではゾンビが増えて犠牲者が増えていき、自宅に居れば食料が減っていく。
ずっと自宅にはいられない、けど外には……。思い悩む両親の姿を見て、私たち姉妹は先の見えない現実に震える事しかできなかった。
そんなある日、外から大きな声が聞こえた。協力して生きる場所を作ろう、生き残っている人は公民館に集まって。というもので、両親は自宅にいても生き残れないと思い、決死の思いで外に出て公民館へと向かった。
公民館には私たちのような人が大勢いて、久しぶりの家族以外の人を見てホッとしたのを覚えている。集まってきた人たちはみんなで協力して生きて行こうっていう考えの人ばかりで頼もしかった。
公民館を守るようにバリケードを張り、公民館内に自分たちのスペースを確保する。そうして始まった共同生活。ホームという名前をつけて、公民館をみんなの家にした。
始めの頃は大変だった。慣れない生活とゾンビとの戦いにみんな四苦八苦していたと思う。それでも、希望を忘れないでみんな前向きにお互いを励まし合いつつ生きていった。
子供はバリケードの外に出れないから、公民館の掃除やバリケードが壊れてないかの確認が仕事だった。その程度しかお手伝いできなかったけど、自分もみんなの為に役に立てるんだとやる気に溢れていた。
みんなで協力して生きていく。前向きに居られたのは、確か二か月くらいだったと思う。少しずつホームの雰囲気が変わっていったのを肌で感じ取っていた。
はじめはただの相談事だった。その相談事は大体食べ物や飲み物の事。あの地域にはもう何もない、じゃあ次はどの地域に行くか。そんな些細な相談事だった。
しかし、その相談事からしばらく経ったある日から出される食事の内容が変わった。今まで取れていた野菜や加工肉が無くなり、保存食の食事に切り替わっていた。
この共同生活の娯楽の一部だった食事事情が悪くなると、人の様子が変わってきた。イライラする人が増えて、いざこざが生まれ始めた。それでも、みんなで協力しようという雰囲気は保たれていた。
そこから色んな意見が上がった。将来を見据えて野菜を作り出そう、家畜を育てよう。自給自足の生活ができるようになろうという意見が出始めた。
だけど、それには反対意見が上がった。そんなことに労力を使うんなら、今まで通りに食料を探し歩いたほうが効率的だと。豊かな食事を取りたい人と無駄な労力を使いたくない人が現れた。
二つの主張はぶつかり合い、ホームの中は険悪な雰囲気になった。みんなで協力しようという穏やかな雰囲気は消える。そして、その頃からホームの外に行く人に犠牲者が出始めた。
今までは他人のことを思って行動していたのに、ホーム内の争いのせいで他人を思いやれなくなったせいだ。両親はそんな争いに私たちを巻き添えにしたくなくて、中立の立場を守っていた。
だから、両親は……誰からも守られなかった。
その日は唐突にやってきた。いつものようにバリケードの見回りをしていると、外から大人たちが帰ってきた。私たちは喜んで出入口に向かうと、怒鳴り声が聞こえてくる。
「こいつ、ゾンビにやられているぞ!」
「感染している! 早く、ここから出さないと!」
その声に驚いた私たちは大人たちに近づいた。すると、私たちの両親が他の大人たちから罵声を浴びせられていた。その光景を見て、悪い予感が頭をよぎる。だけど、いてもたってもいられなくてお姉ちゃんと一緒に両親に抱き着いた。
「お父さん、お母さん! 一体どうしたの!?」
「大丈夫だよね! なんでもないよね!?」
「二人とも……」
「……お父さんのお母さんは……」
私たち二人を両親がギュッと抱きしめてくれた。だけど、大人たちの罵声は止まない。
「ホームの中に感染者はいれられない! ゾンビに変貌してしまうんだ! 一刻も早くここから立ち去れ!」
「た、立ち去らないとここで殺すぞ!」
「ここを出て行け! 今すぐにだ!」
周りにいる大人たちはこぞって両親を責め立てた。私たちは訳も分からず、両親から離れたくない一心で抱き着いて離れない。両親もまた私たちを抱きしめて離さなかった。
だけど、その体が優しく離された。
「あのな……お父さんたち、ゾンビの攻撃を受けてしまったんだ。だから、ゾンビになってしまうんだよ」
「嘘、嘘よ……だってお父さんもお母さんもゾンビじゃないよ!」
「これから変わってしまうの。だから、変わる前にここから出て行かないといけなくなったの」
「そんなの嫌だよ! 置いていかないで!」
両親は優しく言い聞かせてくれたけど、私たちは嫌だと首を横に振った。両親は必死に笑顔を作り、ポケットの中からお守りを出して私たちの手にギュッと握らせる。
「もう行かないと。このお守りは二人を守ってくれる大切なお守りだ。神様に祈ると二人のことを守ってくれるよ」
「私たちの代わりに守ってくれるお守りだから、大切にしてね」
「嫌だよ! お父さんやお母さんが守ってよ!」
「どこにも行かないで!」
しがみ付く私たちを両親は優しく抱きしめてくれた。そして、私たちの体を離すと二人はバリケードの出入口に行った。思わず着いていこうとしたが、私たちは他の大人に捕まって両親の後を追うことができなかった。
「元気に生きろよ」
「二人とも愛してるわ」
笑顔でそう言った二人はバリケードの外へと出て行った。泣き叫ぶ私たちの声は届かなかった。
◇
「今度はお姉ちゃんがユイを守ってあげるからね」
二人で泣きはらした後にお姉ちゃんが強い口調でそう言った。強いお姉ちゃんのお陰で私はなんとか立ち直り、それから両親のいない日々が始まった。
ホーム内は以前にも増して険悪な雰囲気で包まれていて、内でも外でもちゃんとした協力関係を築けなくなっている。そのせいで、油断をして外で感染する人が増えてきた。
ホームの中にいる人たちは少しずつ減っていき、とうとう子供まで外に出て食料を探す事が決定する。子供の私たちが大人に逆らうなんてことはできなくて、私たちはバリケードの外に出ることになった。
「お姉ちゃん、怖いよ……」
「大丈夫。お姉ちゃんが守ってあげるから。だから、お姉ちゃんから離れちゃダメよ」
「うん……」
泣きそうになる私を懸命に励ましてくれた。お姉ちゃんも怖かったはずなのに、笑顔を絶やさないで私に接してくれた。だから、私は頑張れた。
一緒に外に出た子供たちが犠牲になる中、私たちはなんとか生き残れた。必死に食料を集めて、ゾンビの手から逃れて、厳しい環境の中で両親が残したお守りを励みにして頑張った。
このまま生きていけたら……そう思ったのに、終わりは突然訪れた。食料を漁っている時に気づかない間にゾンビの接近を許してしまった。逃げようと思ったのに、すぐ目の前にいるゾンビに足がすくんで動けなかった。
ゾンビが口を開けて覆いかぶさった時、もう終わりだ……そう思った。その時、お姉ちゃんが私とゾンビの間に入り込んでくる。そして、ゾンビはお姉ちゃんにかぶりついた。
「逃げて、ユイ!」
その声に私の体はようやく動いた。だけど、一人でなんか逃げられない。持ってきていたバットで思いっきりゾンビを叩き、お姉ちゃんからゾンビを離した。その隙にお姉ちゃんの手を握って、その場から立ち去った。
そのゾンビから逃げるように車まで戻ってきた。車にはすでに他の人たちが戻ってきていた所だ。その人たちは私たちを見ると、すぐに声を上げる。
「この子、ゾンビに噛まれているわ!」
「なんだって!? 感染した奴は近づくな!」
「車に乗る気だな? 絶対に乗せないからな!」
ゾンビに噛まれたお姉ちゃんをみんなが責め立てた。お姉ちゃんと私は強引に引き離され、私が一緒にいたいと叫んでも誰もその願いを叶えてはくれなかった。
その時のお姉ちゃんは絶望した顔になったが、私を見ると優しく微笑んでくれた。
「ユイ、私の分まで生きて」
暴れる私を大人たちが車の中に押し込める。私も残ると叫んでも、誰も私の話は聞いてはくれなかった。ホームのみんなはその場にお姉ちゃんを残し、走り去った。
私は大切な家族を失ってしまった。
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