88.第三領都のネクロマンサー
「お前たちにはこれを見て欲しい」
そう言って、公爵は一通の二つ折りのカードを差し出してきた。フィリスがそれを受け取ると中を開く。
「恨みの怨念に焼かれて死ね。復讐のネクロマンサー」
随分と物騒な言葉が書かれており、ご丁寧に自分の名前を語っている。
「確かに公爵様を狙っているような言葉ですね。自分の事をネクロマンサーだと言っています。でも、これだけで本物のネクロマンサーだと決めつけるのは早いのでは?」
「そうでもないんだ。この手紙を届けたのがスケルトンだったんだ」
「スケルトンはアンデッドの魔物……本物のネクロマンサーならではの芸当ですね」
というか、こんな大きな町にスケルトンが入り込んでいる? それはかなり危険な状況じゃないか? アンデッドを侵入させた事実を突きつけて、これは脅しではなく本気だと訴えかけているようだ。
「町にアンデッドの侵入を許してしまった。一応、入って来る荷物は確認しているのだが、スケルトンは確認されていない」
「じゃあ、相手はどんな手段を使ってスケルトンを町の中に入れたのかは分からないんですね」
「そうだ、これは由々しき事態だ。第三領都内に魔物が入り込んだと知られたら、住民が混乱するのは必至。だから、知られる前に手を打ちたい」
「私たちに秘密裏に動いて、ネクロマンサーを倒して欲しいんですね」
「そうだ。私の騎士団も動いているのだが、見つかる気配がない。だから、冒険者としての視点を持つお前たちにも協力してもらいたい」
協力して貰いたいといいながらも、これは強制だろう。格上の貴族に頼まれては断れない。どうやら、厄介ごとに巻き込まれたみたいだ。
「ネクロマンサーは私たちが追っていた相手ですので、喜んで引き受けさせていただきます」
「そうか、引き受けてくれるか。少しでも人手が欲しかったところに来てくれて助かる」
「これも第三領都を守るためです。尽力させてください」
「うむ、よろしく頼む。騎士団の方にはお前たちが協力者であることは周知させておこう。この町を自由に調べて欲しい。何か分かったことがあったら、すぐに知らせに来てくれ」
期待を込めた眼差しが私たちに注がれる。話はそれで終了し、私たちは第三領都にいるネクロマンサーを探すことになった。
◇
宿屋のベッドに腰かけると、フィリスが重いため息を吐いた。
「今日は町の中を歩き回って疲れましたね。魔物討伐とは違う疲れを感じました」
「まぁ、調べながら歩いていたからね。考えることも多かったし、いつもと違うから疲れちゃうのよ」
「こんなことでへばってどうする。第三領都は広いんだぞ」
「ネクロマンサーがいると知ると、緊張感が生まれて常に力んでしまうんですよね」
今日から私たちはネクロマンサー探しを始めた。町の中を歩き回り、怪しい場所に潜んでいないか探した。だけど、一日でそう簡単に見つかるわけがなく、全て無駄足になった。
「だけど、今回ははっきりと分かって良かったわね。ネクロマンサーがいるって分かったんだから、あとは見つけるだけよ」
「そんな能天気な……」
「ネクロマンサーを見つけたら、不死王が進んだ道を聞きましょう。ここで道を途切れさせる訳にはいきません」
今のところ順調に不死王の後を追えているのが凄い。はじめは後を追えないと思っていたが、なんだかんだで後を追えてしまっている。しかも、今回は町に入ってすぐにネクロマンサーを見つけてしまった。
まさか、このまま不死王に辿り着くんじゃないか? いやいや、相手は神出鬼没の魔王だ。駆け出しの冒険者が出会っていい相手ではない。今回で不死王の辿る道が途切れればいいな。
「不死王に辿り着くためにも、今回のネクロマンサーの事件も解決しましょう。三人で協力し合えば、きっと簡単に見つかりますよ」
「そうよね。三人で協力し合えば、今回もいけるわよ」
なんだか、自然と三人で協力し合う感じになっている。あんまり、気が乗らない。
「ネクロマンサー探しには協力するけれど、別に一緒に行動しなくてもいいんじゃないか? バラバラで動いたほうが、効率がいい」
「えー、そんなことないですよ。三人一緒だと色んな意見が出て、有意義な捜索ができると思うんですよね」
「一人だと解決しない問題も三人一緒だと解決することもあるし、やっぱり三人一緒に行動しなくっちゃ」
「……それはただ騒がしいだけじゃないか? 私は一人の方が集中できる」
今日も思ったが、三人一緒だと雑談が多くて気が散った。この問題を解決するためにも、私は一人で行動したいと考えた。だけど、二人は私の提案にいい顔はしない。
「意見を言い合うのが大切なんです。それで色んな物が見えてくると思うんですよね」
「自分だけでは見つけられなかった事が見つかると思うんだよね。一人の力だと限界はあるでしょ?」
「別にそんなことはない。一人の力を十分に発揮するために、一人で行動する。他人がいるから、力が倍増するってことはないでしょ」
「いやいや、数の力はありますよ。一人より二人、二人よりは三人です。協力して得られる力は足し算ではなく、掛け算です!」
「仲間と一緒に協力し合うのは力になると思うのよね。ユイだって、協力の強さは分かっているでしょ」
協力か……。
「悪いけど、協力がそんなに良いものだとは思わない。人数が居れば掛け算になるとも思えない。色んな人がいれば、引き算にもなる」
人が多くいることで得られる協力関係。人の数は強いけど、同時に脆くもある。人が多ければ多いほど、歪が生まれやすくなり崩壊も早い。それは私の過去の経験のせいだ。
「私は二人みたいに簡単に協力し合おうなんていう考えにはなれない」
二人を突き放すような言い方をすると、二人はとても悲しそうな顔をした。
「最近はユイさんが色々と話してくれて、距離が近くなったと思ってました。少しは仲良くなれたのかなって思ってました」
「本当に少しずつ仲良くなってくれているみたいで嬉しかった。だから、このまま信頼できる仲間になれるって思っていた。ううん、今でも思ってる」
「悪いけど、二人が思っているような仲にはなれない。まだ信用することができないし」
「まだ……まだ足りないんですか? 私たちはどうすればよかったんですか?」
「ユイはどうしてそんなに人を寄せ付けないの? ……知りたい。私、どうしてユイがそんな風になったのか知りたいよ」
二人が切実な表情で訴えかけてくる。それを見て、少しだけ胸が痛んだ。以前ならこんなことでは動じないのに、私は一体どうしてしまったんだ。
「知ったところでどうにもならないよ」
「どうにもならなくないです! 知った先で私たちができることがあると思うんです」
「人との関係はお互いを知ることから始めるの。まだ私たちはユイの事を知らない。知って、関係を始めたいの」
別に仲良くなる必要はない、そう思っていた。だけど、日々を過ごす中で私たちの関係は少しずつ変化を始めた。一緒に食事を取ったり、会話したり、戦ったり。その日常を繰り返す内に少しずつだが、私の中で何かが変わり始めた。
じゃあ、私のことを話すと関係はもっと変わる? その変化に少しの恐怖を感じながらも、嫌な気持ちは無かった。以前の私ならはっきりと嫌だと思ったのに……。
「そうだな……少しだけ話そうか。何があって今の私になったのかを」
少しだけなら打ち明けてもいい。そう思った私は二人に自分の事を語り始めた。
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