87.公爵家に呼ばれる
翌朝、宿屋の食堂で朝食を取っていると宿屋の娘が近づいてきた。
「あの……フィリスさんってあなたでしたっけ?」
「はい、そうですが。どうしたんですか?」
「凄い人から手紙を渡してくれって頼まれたんです。どうぞ、これです」
「ありがとうございます」
宿屋の娘が差し出してきたのは一通の封筒。フィリスは不思議そうな顔をして宛名を確認した。
「どうやら、リトンモーグ公爵家からのお手紙みたいですね。大方、昨日の手紙の返事でしょう。きっと、会う時間がなくて申し訳ないっていう内容だと思います」
「それにしては、凄く早い返信だったわね。もしかして、重要な内容なんじゃないの?」
「まさか、そんな事あるわけないです。ちょっと確認してみますね」
食事の手を止め、フィリスが封筒を開けて中の手紙を確認する。最初は余裕そうな表情をしていたけれど、その表情が突然驚きに変わった。
「ど、どうしたの!?」
「いや……信じられないことが書いてあったんです」
「何が書いてあった?」
「それが……会って話がしたいって」
公爵家って貴族の中では王に続いて次に偉い爵位じゃなかったか? そんな凄い人が昨日今日とで、会って話したいなんて……。フィリスの家が凄いのか、手紙の内容が気にかかったのか……どちらにしてもこの展開は予想していなかった。
「まさか、こんなことになるなんて考えもつかなかったです。しかも、時間があるなら今日の昼までに来て欲しいそうです」
「だったら、行かないといけないわねぇ。まぁ、頑張ってきなさい」
「えっと、それが……。言いにくいんですけれど、仲間も一緒に訪ねてきなさいって書いてありまして」
「はぁっ!? わ、私も行くの!?」
「……ということは私も?」
「は、はい……」
フィリスだけならまだしも、貴族でも何でもない私たちが会っていいものなの? 公爵家って一般人と会うような爵位っていう訳じゃないのに……一体どうして。
「どうして、私たちも行かなきゃいけないの?」
「えっと、話を聞きたいとは書いてありますね」
「一般人の話を聞きたい貴族っている? それともフィリスが手紙に何か書いたのかしら?」
「いえいえ、本当に取り留めのない事を書いただけですよ。近状とかその辺です」
「ここで何を言っても変わらない。面倒だけど、私たちも行かなくちゃいけないんでしょ?」
「二人とも、お願いします!」
フィリスが深々と頭を下げてきた。ここで公爵家に逆らえば何が起こるか分からない。
「仕方がない、一緒に行きますか」
「仕方がない」
「ありがとうございます!」
私たちの言葉にフィリスは嬉しそうに頭を下げた。
◇
食事が終わった私たちは身なりを整えると、真っ先に公爵家がいる豪邸へと向かった。とても広い門と塀に囲まれたそこは、町の中にあるのが不思議なほどに自然で溢れかえっている。
門番に公爵家から送られた手紙を見せると、しばらく待たされた後に一人のメイドがやってきて道案内をしてくれる。長い道を進んでいくと、そこにはお城かと見間違うほどに大きな豪邸が建っていた。
こんな所に入るなんて、ちょっと怖い。そんな事を思いながら、私たちは豪邸の中に通された。広い廊下を抜けて通された部屋は豪華絢爛な部屋。こんな部屋、漫画でしか見たことがない。
部屋にあるソファーに座らされると、他のメイドがやってきてテーブルにお茶やお菓子がテキパキと用意される。部屋に着いたばかりなのに、私たちの前には美味しそうなお茶や様々な菓子が並ぶ。
「公爵様がお見えになるまで、ごゆるりとお寛ぎください。何か御用がある際は部屋の隅に降りますので、お声をかけてください」
そういったメイドはすまし顔で部屋の隅に立って、気配を消した。このメイド……気配の消し方が上手い。
「なんだかんだで、ここまで来ちゃったわね。今から会うとなると緊張するわ」
「きっと公爵様は遅れてやってきますから、今の内にくつろいでください」
「そうは言ってもねぇ……」
「大丈夫です。メインに話すのは私ですし。もし、質問があった時には発言すればいいだけですから。気楽にです」
気楽に、か。だけど、相手は公爵なんでしょ? そんな気楽に接しられる相手ではないと思う。こういう場は経験したことがないから、粗相をしないか不安になる。
緊張をほぐすため、菓子を食べてお茶を飲む。どちらもとても美味しい物で、少しは緊張が和らいだ。気を紛らわすために話をしていると、扉が叩かれた。
するとフィリスが立ち上がり、私たちも真似て立ち上がった。それからフィリスがお辞儀をすると、私たちもお辞儀をする。
「やぁ、待たせたな。顔を上げてもいいぞ」
とうとう公爵が現れた。その言葉通りに頭を上げると、そこには三十代半ばの思ったより若い男の人がいた。公爵は私たちの前にあるソファーに座り、フィリスが座ったので私たちも座った。
「ストロングウォード家の末娘が来たと聞いてな、久しぶりに会ってみたいと思ったんだ」
「リトンモーグ公爵にお会いできて光栄です」
「何、固い席じゃないんだ。気を緩めてもいいぞ」
「ありがとうございます。その方が助かります」
随分と気さくな人のように見えるけれど、これでも公爵。気を緩めたら一飲みにされそうだ。
「話しには聞いていたが、魔王討伐の旅に出たんだな」
「はい。最近の我が家は王宮への権威が下がっており、どうにか家を盛り返せないかと思いまして。思い切って魔王討伐の旅に出ようと思いました」
「北部の貴族から魔王を討伐した者が出てこれば、私も鼻が高い。ぜひ、魔王を打ち取って欲しい」
公爵から出た話は魔王討伐の事。その話をしたくて呼んだのか? それにしては、結構軽い口調だったな。それほど重要な話ではない?
「魔王は色々いる。どの魔王を標的にしているんだ?」
「私たちが標的にしているのは、不死王と言われるアンデッドの王です。今、不死王が移動した後を追っているんです」
「不死王の後を追っているのか。神出鬼没な魔王と聞く、辿り着ければいいな。その足取りは掴めているんだな」
「はい。不死王が残した下僕、ネクロマンサーを追ってここまで来ました」
すると、公爵の表情が鋭くなった。
「手紙を見た。ネクロマンサーを二人も倒したそうじゃないか」
「はい。ここにいる仲間の協力があって、なんとか倒せました。特にユイさんは異世界転移を果たした地球人なのです」
「なんと、そうなのか! だったら、神の恩恵があるじゃないか」
「ユイさんは上位職の聖女に選ばれたんです。だから、アンデッドに対してとても強く、不死王を追うきっかけともなったんです」
「なるほどな。それは頼もしいだろう」
私の話が出てドキッとしたけれど、公爵の関心を少し引いただけだった。良かった、こっちに話を振られないで。
「なら、聖女の力でネクロマンサーが操るアンデッドを倒したのか?」
「そうですね。アンデッドは浄化魔法が効くので、ユイさんは大活躍でした。もちろん、私たちもそれなりに戦いますが……」
「その力があればアンデッドも怖くないと……。なるほどな」
この公爵、何かを探っているような気がする。一体、何を知りたいんだ?
「冒険者ギルドからの報告も受けた。どうやら、ネクロマンサーを二人も倒したのは間違いないな」
「……公爵様?」
「まだ駆け出しの冒険者だが、力はあるようだ」
何故、突然そんなことを言うのか分からない。すると、公爵は表情を引き締めると、少し身を乗り出して話しだした。
「実はな……この町にもネクロマンサーがいるんだよ」
「えっ……!?」
「しかも、そのネクロマンサーはウチを狙っているみたいなんだ」
「そ、そうなのですか!?」
すでにネクロマンサーがこの町にいて、公爵家を狙っているってこと?
「ぜひ、お前たちにはネクロマンサーの討伐を依頼したい」
この町について早々、厄介ごとが舞い込んできた。
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