79.リリアンへの張り込み
リリアンの店の捜査を終えると、冒険者ギルドでクガーたちと合流した。
「本当にリリアンの自宅から死臭がしたのか?」
「何度も嗅ぎなれた匂いだから、間違えるはずがない。あれは死臭だった」
「一枚の扉の向こうから死臭がするなんておかしいわよね」
「あの香水の匂いは死臭を隠すためにやっているに違いありません」
扉が開いたのは数センチくらいだった。そんな隙間からでも漂ってくるほど、自宅は死臭が充満している。
「あの時のリリアンさんの顔、怖かったですよね。人じゃないみたいでした」
「美人が豹変すると怖いわね。鬼気迫るものがあったわ」
「本当にリリアンは死体を隠しているのか……信じられない」
私が扉を開けた時のリリアンはとても恐ろしい顔をしていた。あの顔は他人に知られたくない何かがある証拠だ。きっと、自宅には死体があってそれを頑なに隠しているのだろう。
ここで問題となるのは、リリアンの親のことだ。一緒に住んでいるんだったら、あの匂いの異常さには気づいているだろう。それなのに、その匂いを放置しているのはおかしい。
それに店に出ていないことも気がかりだ。もし、その親にも何か危険なことが起こっていたら? もし、自宅から出れない理由があるとすれば、その原因はリリアンが握っている。
調べれば調べるほど、リリアンが怪しく感じる。そして、死体があるということは、それを操るネクロマンサーがいる可能性も強くなった。
「それで、そっちは何か分かった?」
「あぁ、こっちも聞き込みをして分かったことがある。行方不明になっていた人物たちなんだが……全員リリアンに言い寄っていた男たちだった」
へー、行方不明になっていたのは言い寄っていた男たちか。ここでリリアンが関係してくるとは思いもしなかった。
「いなくなる直前の男たちはリリアンと二人きりで話せるって嬉しそうにしていたんだとよ」
「えっ、それってつまり……リリアンと二人っきりで話したから行方不明になっているってこと?」
「その可能性が高いな。それに行方不明事件はイアンが死んでからが始まりだったみたいだ」
「イアンさんの死とリリアンさん、どう関係するのでしょうか?」
行方不明になったのは全員男。しかも、リリアンに言い寄っていた人物たちだ。その人物たちがリリアンと二人きりで話す約束をして、その後に行方不明になった。状況からみれば、リリアンが怪しい。
「リリアンが行方不明になった人に何かしたのかしら? でも、女性が男性を襲うのは無理があるんじゃない?」
「リリアンさんが戦えるような要素はないと思います。そんな人が男性をどうにかするのは無理じゃないかと思うんです」
「突然リリアンに力が備わっていたなら話は別だけどね」
「それってどういうこと?」
「リリアンがネクロマンサーになっていたら、可能だっていうこと」
「リリアンさんがネクロマンサー!?」
行方不明の原因がリリアンにあるとしたら、それなりに力が必要だ。その力をネクロマンサーになったことで手に入ったんじゃないか?
「確かに……ネクロマンサーになれば闇魔法が使えるようになります。その力を使って、行方不明になった人をどうにかする事も可能です」
「……リリアンはネクロマンサーになって、死体を増やしていたってこと?」
「だとしたら、自宅に死体があっても不思議じゃない」
「リリアンさんの自宅には沢山の死体があることになりますね。……両親はどうしているんでしょうか」
「まさか、自分の両親を手にかける事なんて……」
「あり得る話だと思うよ」
話がごちゃごちゃになりすぎて、何が正しいのか分からなくなる。可能性の話しとしてリリアンがネクロマンサーになって、死体を集めているかもしれない。でも、死体を集めて何をするのかも分からない。
イアンの遺体はどこに行ったのか。リリアンの親はどうなっているのか。分からないことが多すぎて、話がまとまらない。
「……そういえば、今日の仕事が終わったら知人の男性客が仕事場に行くって言ってたよね」
「新たな犠牲者が出る可能性があります」
「……見張るか」
「そうね、その方がいいわ。何かがあったら、踏み込めばいいんだし」
もし、今までの行方不明者がリリアンと二人きりになったことによるものだとしたら、今回の男性も行方不明になる可能性がある。だから、行方不明が本当にリリアンによるものなのか確認する必要がありそうだ。
◇
その日の夕方、私たちはリリアンの店が見える位置に陣取って張り込みを始めた。しばらくすると、店からリリアンが出てきて扉に下げていた札をクローズに変える。
男性が来るとしたらこの後だ。私たちは黙って時が過ぎるのを待ち、男性が来る時を待った。
辺りが暗くなるころ、男性が紙袋を持って現れた。リリアンの店の前に行くと、紙袋の中身を見てニヤニヤと笑っている。そして、店の扉をノックした。
しばらくすると、中からリリアンが現われて男性を閉店した店の中に連れ込んだ。もし、何かが起こるとしたらこの後だろう。私たちは店に変化がないかずっと見張る。
「お店の中に入ってから、何もありませんね」
「何か話し込んでいるのかしら」
「それとも、もう殺ってしまったか」
「えっ……物音一つしてないのに、まさかそんなことは……」
「ネクロマンサーだとしたら、使うのは闇魔法。派手じゃない魔法もあるから、物音がしなくても殺れるわよ」
ここまで動きがないと、中がどうなっているか気になる。だが、不用意に店に侵入するのは危険だ。このまま様子を見て、何か変化がないか確認する必要がある。
黙って見張ること数時間。何も変化がなく、静かな夜が過ぎていった。
「もう夜中なのに、男性の人は出てきませんね」
「やっぱり、もう殺られているんじゃないのかしら」
「色んな可能性が考えられる。だけど、これは怪しい」
何事もないのが逆に怪しく思える。しかも、男性はあれからずっと店の中に入っていて、外に出てくる気配もない。普通ならもう帰って寝る時間だというのに……。これは、ひょっとすると中でもう死んでいる可能性がある。
「どうします、中に踏み込みますか?」
「何もなかったら、捕まるのは私たちの方よ」
「決定的な動きがないと踏み込めないね」
もどかしい時間が過ぎた時、私たちの所にクガーたちが姿を現した。
「状況はどんな感じだ?」
「リリアンと男性がお店の中にいる。怪しい動きはいまのところないけれど、男性がいつまで経っても出てこない」
「そうか、まだ何もないのか。ここからの見張りは俺たちに任せて、三人は宿屋で休憩してろ」
「そうさせてもらう。もし、何かあったら知らせて」
「分かった」
クガーたちと見張りを交代すると、私たちは後ろ髪を引かれながらも宿屋へと帰っていった。
◇
翌朝、クガーたちの新しい報告がないまま朝を迎えてしまった。私たちは朝食を食べるとすぐに現場へと急ぐ。
現場に行くと、まだクガーたちが見張っているところだった。
「何かあった?」
「全く、何もない。店から誰かが出てきた形跡もないし、状況だけみたらリリアンと男は一夜を共にしたことになる」
「親がいるのにそんなことをしますか?」
「でも……親がいなかったらそんなことはできるわ」
セシルの言葉に私たちは沈黙した。もしかしたら、親はもう死んでいるんじゃないか。そんな考えが頭の中を過った。
そのまま私たちが見張りを続けていると、突然店の扉が開いた。私たちが注目している中、現れたのはリリアン一人だった。リリアンは何事もなかったように、店の札をオープンに変えてそのまま店の中に戻っていった。
「えっ? あの……昨日お店に入っていった男の人はどうしたんですか?」
「……出てこなかったわね。何事もなくお店を開けているわ」
「これはどういうことだ?」
姿を現したのはリリアン一人だけ。昨日、お店の中に入っていった男は結局一度も姿を現していない。お店の中で何かがあった可能性が高くなった。
「ど、どうします?」
「中に踏み込む?」
「……いや、警備隊の人に相談してみよう」
勝手に行動するよりは、誰かがいたほうがいい。私たちは強引に踏み込むことはせず、警備隊に相談することにした。
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