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ゾンビがいる終末世界を生き抜いた最強少女には異世界はぬるすぎる  作者: 鳥助


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11.手作りカレーライス

 神官見習いたちは聖魔法を授かるための祈りをして、私は身体強化の魔法を習得するための修練を積んでいった。両方とも習得には時間が掛かっていて、ただの平穏な日々だけが過ぎていく。


 私は一人で修練を積んでいるため、静かな時間を過ごした。こんなに静かな時間を過ごすことができるのは、前の世界からだと考えられないことだ。私はまだこの平和なだけの日々に慣れない。


 ふとした瞬間に前の世界の事を思い出して周囲を確認したり、気配を察知したりした。ゾンビがいる世界の癖は中々抜けないみたいで、場に相応しくない行動もしたこともあった。


 いつゾンビに襲われるか分からない世界は常に緊張を強いられている。それが日常だったし、そうしないと生きていけない世界だった。だから、ゾンビが蔓延っていない世界にはまだ慣れない。


 なんか、仲間外れにされた気分だ。だからと言って、前の世界が良かったなんて思わない。いつまで生きていられるか分からない世界から逃げ出すことができたのだから、今の状況に感謝するべきだろう。


 今の状況に感謝をすることが他にもある。その一つは何もしなくても食事が出てくることだ。そんなことは家族が生きていた頃以来だったから、久しぶりに無償で提供される食事にはちょっとした抵抗感がある。


 世界にゾンビが蔓延り出してから、食事を得るために何かにつけて働いていた。大勢の避難者が共同生活するホームでもそうだったし、一人になってからも働かざるを得なかった。


 だから、とても懐かしい。お父さんがいて、お母さんがいて、お姉ちゃんがいる……あの頃を思い出して、切ない気持ちになる。食卓を囲んだあの温かい日々……遠い記憶になって少ししか思い出せないけど。


 ◇


 今日も修練が終わり、食堂へと向かう。すると食堂に入る前から、食事の匂いが漂ってきた。それは前の世界で何度も嗅いだことがある匂いだ。


 食堂に入ると、神官見習いたちは沸き立っていた。


「今日は地球食だ!」

「カレーライス、美味しいよね!」

「辛さが選べるんだって!」


 今日の夕食はカレーライス。どうやら、私のいた世界で作られた料理は地球食と呼ばれているみたいだ。前の世界では沢山お世話になった食事だ。


 ゾンビが蔓延ってからだいぶ年数が経っているのに、なんとか食べられる貴重な食事の一つ。カレーのレトルトは温めるだけで食べれたし、お米も水と火があればどこでも炊けることができた。


 食糧を探しにお店に行く時は必ずと言っていいほど、在庫がないか確かめるメインの食事だ。まぁ、年数が経っているから見た目も味も悪くなっていて、特別の美味しさを感じないものになっていたけれど。


 そんなことを考えていると、後ろから人の気配がした。


「ユイも終わってたんだね!」


 リットが私の腕に掴まってきた。


「触るなっ、離れろ!」

「えー、聖女に触ると聖女になれそうな気がするんだよー」

「そんなの勝手な思い込みだ!」


 また面倒な奴が現れた。ひっつくリットを剥がし、さっさと食事を受け取る列に並ぶ。だけど、すぐにリットが近寄ってくる。威嚇のために睨むが、リットにはまるで効いていない。


「今日は地球食だね。ユイはもう食べ飽きたんじゃないの?」

「……食べることは必要不可欠だから、飽きたとか言ってられない」

「また固いこと言ってー。でも、カレーライスは美味しいから、飽きることはないよね」


 一週間毎食レトルトカレーだった時もあったぐらいだ。流石に辛かったけど、食べないと生きていられない状況だったから、贅沢なことは言ってられない。


 お盆を取り、コップに水を注ぎ、スプーンをお盆の上に乗せ、食事を配る人の前に行く。


「甘口、中辛、辛口があるけど、どれがいい?」

「中辛で」

「はいよ」


 大きな炊飯器から皿にご飯をよそい、ご飯の隣にカレーを盛り付ける。皿の端っこに福神漬けとらっきょうを乗せた。その皿を受け取ってお盆の上に乗せる。


 さっさと開いている席に座ると、隣にリットが座ってきた。隣が開いていない席に座れば良かった。


「ユイは中辛なんだね。私は甘口! 甘いカレーライスが好きなんだよね」

「ふーん。人の好みはそれぞれだから」


 好きなものを食べれるんなら、好きなものにすればいい。リットは嬉しそうに食事の挨拶をすると、カレーライスを食べ始めた。


「うーん、甘くて美味しい! このスパイシーなところがいいよね!」


 上機嫌にカレーライスを頬張っている。私も自分のカレーライスと向き合う。炊きたてのご飯の優しい匂いと、カレーのスパイシーな匂いが混じり合って堪らない。こんないい匂いがするカレーライスはいつぶりだろう。


 スプーンを手に取って、ご飯とカレーをすくう。口の中に入れると、豊かなカレーの風味を感じて驚いた。


 いつも食べていた賞味期限切れのレトルトカレーにはない、豊かな味がする。香り高いスパイスの奥に野菜と肉のうま味が確かにあった。思わずカレーライスを見た……見た目は前の世界で食べていたのと変わらないのに味が全然違う。


 もう一口カレーライスを頬張る。辛味の向こう側に確かに感じる、豊かな野菜と肉の味。食べていて辛いのに、複雑な野菜と肉のうま味のお陰で微かな甘味を感じる。


 それに米。カレーライスに合うように、粘り気が少なくてさっぱりとした炊きあがりになっている。食べた時に集まった米粒が簡単に解けていくのは気持ちがいい。


 それに甘味を感じる。前の世界では古米しかなかったため、いつも味が落ちたものしか食べられなかった。だけど、この米は違う。新鮮な感じがする。


 野菜と肉の豊かなうま味と甘味のある米は絶妙だ。前の世界で食べていたものとは段違いに美味しかった。レトルトのカレーに入っていた野菜や肉はどれも崩れていたが、手作りで作られたカレーの具はしっかりと残ってある。


 人参、玉ねぎ、じゃがいも、お肉。どれも食べ応えがあって、素材のうま味を確かに感じた。カレーってこんなに美味しかったっけ?


 ふと、記憶が蘇ってきた。小さい頃、家族が揃っていた時に囲んだ食卓。そこで出されたカレーライスの味。あの時はまだ小さくて甘口のカレーを食べていたっけ。


 じっくりと煮込んで作られた手作りのカレーはとても美味しかった。お姉ちゃんと口を汚しながら、夢中でカレーライスを食べていたような気がする。


 あの時と同じ美味しい味がした。でも、あの時とは違うことがある。福神漬けとらっきょうの存在だ。これはどんな味がするんだろう、そう思ってスプーンですくって食べてみた。


 福神漬けはしょっぱくて甘い。らっきょうは甘くてちょっとすっぱい。なるほど、これはこういう味をしていたんだ。そういえば、友達とグルメの漫画にも出ていたっけ。


 漫画ではカレーライスと交互に食べていたような。私は漫画の真似をして、カレーライスと福神漬けとらっきょうを交互に食べてみた。


 ……美味しい! カレーの味が引き立っているように思える。なんか、味がリセットした気になって、もっと食べたくなる。これが、福神漬けとらっきょうの魅力なのか。


 水を飲むのを忘れてカレーライスを食べ進めた。何年ぶりか分からない手作りのカレーライスに私は夢中になり、綺麗に平らげてしまう。最後に水を飲んで一息ついた。


「……美味しかった」


 自然と言葉が零れた。異世界の食事は美味しくない、そんな描写が漫画やラノベで散見された。だけど、この異世界には地球からの文化が広がっているみたい。だから、この世界にいれば地球の料理を堪能できる。


 思い出の味、漫画で見た料理、まだ見ぬ地球の料理。終末世界で諦めていた料理を食べられるかもしれないと思うと、心がワクワクした。


「あ、ユイが笑ってる! 珍しい、可愛いー!」

「……顔を突くな!」

「照れてるところも可愛いー!」

「うるさいつ!」


 折角の余韻がリットのせいで冷めてしまった……。だから、触るな!

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