16・雷鳴と豪雨のお知らせです。(1/3)
「あ、雅樹せんぱい、部活……休みですか?」
通学カバンを背負った僕を見ながら、武田さんが聞いた。その腕にはスケッチブックが抱えられている。
「うん。今日は休むんだ」
「……体調悪いんですか?私もちょっと具合が悪くて」
少しだけ肩をすくめる武田さん。
思わず聞いてしまう。
「え、武田さんも体調悪いの?お腹壊してたりしない?」
「……少しお腹痛いです」
「うーん、お饅頭の食べすぎとかじゃないよね……」
首をかしげて考えてしまう。
夏の終わりで体調崩しやすいとかあるのかなぁ……
「雅樹せんぱいもお腹痛いんですか?……あの」
「ううん、シーナが体調崩して」
「シーナさん、が?」
武田さんが驚いたように目を開いた。
「お饅頭作りに来てなかったけど、帰ってから何個も食べてたから。まさかとは思うけど。
それに連休中ずっと土田先生たちのところに行っていたから疲れたみたい」
「そう、ですか。それじゃ雅樹せんぱいは、大丈夫、なんですか?」
「うん、僕は体調崩してないよ」
「……そうですか」
武田さんは、しばらく何か考え込むように僕から視線を逸らすと、口元をぎゅっと固く結んだ。
お腹が痛いのかな?
「武田さんも体調が悪かったら、休んだ方がいいよ。それじゃ」
シーナの具合がよくなったか、早く帰って確認したかったので、僕は話を切り上げた。階段を下り始める。
「……雅樹せんぱい!あの!私、あの」
振り返ると、武田さんがスケッチブックを胸元に抱えて立っている。
何かを言おうとして、口を開いてすぐに閉じて。
また開こうとして、ためらって。
少しだけ顔をあげると、絞り出すような声で言った。
「……あの、また、一緒に多江おばあちゃんの家に行きましょうね」
「……うん?都合が合えば、大丈夫だよ?」
「はい、お願いします……」
へにょっと眉を下げながら、武田さんが答えた。
僕は片手で手を振ると、そのまま階段を飛ぶように下りて、昇降口へと急いだ。
学校を出ると、そのままシーナの家まで走って帰った。
緊急時のための携帯は校外に出れば使用可能だけど、それよりも直接シーナの顔を見た方が確実だ。
日頃の自転車とランニングの成果か、信号以外は休むことなくそれなりの速度で走れた。
息を切らしながら、シーナの家の玄関のドアを開けようとしたが、鍵がかかっている。
思わず舌打ちする。
一度、自宅へ向かい、カバンをリビングに投げ捨ててから、引き出しを開けてシーナの家の鍵を取り出す。
そして、今度こそシーナの家のドアを開ける。
エミルおじさんは朝言っていた通り、午後は大学に行ったみたいだ。
靴を脱いで、玄関に上がってから、一度息を整えるために立ち止まった。
「……はあ」
リビングに人の気配はない。
まだシーナは寝ているのかな?
水の入ったペットボトルとコップをトレーに乗せて、シーナの部屋に向かう。
コンコン。
軽くノックすると、
「……はぁい」
掠れた声のシーナが返事をした。
「シーナ、帰ったよ。入っていい?」
「雅樹?おかえり。入って大丈夫だよ」
中に入ると、ベッドに座ったままのTシャツ姿のシーナがぼんやりとした顔で僕を見ていた。
「……お腹、どう?」
「うん、今なら大丈夫。お水、ちょうだい」
甘えた声でシーナがねだる。
僕はコップに水を注いで、シーナに渡す。
ゆっくりと水を飲むシーナ。
頬には赤味がさしている。
うん、大丈夫みたいだ。
「ミルクティー、どうする?」
「飲みたい、けど、何か食べた方がいいかなぁ。全然食べてないから」
「パンとかなら、食べられる?」
「……コンビニの冷えたサンドイッチ食べたい」
小さな声でシーナが答えた。
「いいよ。これから買ってくるから。水、置いておくね」
「うん。着替えてリビングで待ってる」
ふやん、とした顔で笑う。
それを見て、なんとなくシーナの髪を撫でたくなった。
いつもなら、躊躇わずに手を伸ばすけれど。
「じゃあ行ってくる」
なんとなく、薄掛けの布団1枚だけで覆われたシーナの姿が、僕の手を止めさせた。
触りたいけど、触ってはいけないような。
病み上がりだからかな、と、納得して僕は部屋を出た。
自転車で向かったのは、シーナと一緒にアイスを買って食べたコンビニ。
一番近いから、行くならここになる。
店内に入り、シーナが食べられそうな野菜をメインにしたサンドイッチを手に取る。
ミルクティーの材料は、どちらかの家にあるから……。
お腹に優しい乳児用の柔らかいお菓子を選ぶ。
前に風邪をひいて寝込んだ時、シーナが買ってきてくれた。
あと、整腸剤も買っておこう。服用しない時は家に持ち帰ればいい。
とりあえず思いついた物を買っておこう。
レジに向かうと、店員さんに声をかけられた。
「いらっしゃいませー。
……お腹、痛いの?大丈夫?」
「あ、おつかいなので、僕は大丈夫です」
「そう?……じゃあ、お大事に」
なんだろう?医薬品を買う時って何か制限あったっけ?
「えーと、はい。ありがとうございます」
「あ、コンビニでトイレとか使えるから、声かけてるだけだから、ね」
不思議そうな顔になっていたのか、僕のことを見た店員さんが、慌てたように言い足した。
なるほど、トイレがあるからか。
「あ、はい、わかりました。ありがとうございます」
「お待たせしました。会計は」
「このナマコカードで」
「はい……じゃあ、ここを。はい、ありがとうございました!」
「はい、それじゃあ」
僕は店員さんにお辞儀をして、コンビニを出た。
親切な対応をする店員さんだなぁと思った。
自動ドアを出た先は、ほんの少し雨の気配がした。
店員「店長、何言ってんすか」
店長「いや、だって、雅樹きゅんがお腹壊してないか心配で……え、おうちの人って、まさかシーナたん?お腹痛いのかな?!」
店員「……スマホやってきていいですよ。あのSMアプリでしょ?」
店長「お前の変な誤解で、雅樹きゅんとシーナたんのことがバレるとは……!不覚!」
店員「……いえ、嬉々として毎日語られる方がツライって言うか」
店長「じゃあちょっとだけ頼むわ!」
店員「……はぁーい」




