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8・積年の嫉妬と新たな焦燥②

「はい、こっちが雅樹ので、こっちが大河くんの分ね」


 かいがいしく兄がふわっふわのパンケーキを僕と大河の前に並べた。


 パンケーキには抹茶のアイスとホイップクリームが添えられていて、その上に黒蜜がたっぷりとかけられている。


「はい、ほうじ茶のアイスティー」


 美味しそうに見えるし、実際に美味しいんだけど、何か腹が立つ。


 無言でパンケーキを食べている僕の隣では、餌付けされた大河が兄と楽しそうに話をしている。


「料理、上手いですね」


「ただの趣味なんだけどね〜。中学の頃からクッキーとか、キッシュとかフィナンシェとか作っていたら、なんかだんだんハマっちゃってさー」


 高校生になっても、たまに帰ってくる麗香さんに渡すために、せっせと作ってたからね。


 その失敗作を大量に僕が食べさせられてましたけどね。


 黙々と食べながら、心の中でツッコミを入れる。





 麗香さんの着せ替え拷問から逃げ出して、自宅に駆け込むと、ちょうど両親が帰宅してきた。


「はいはい、どうせ暇なんだから、向こうの家で手伝ってなさい」


 再びシーナの家に連行された。


 ひたすらに着替えて、脱いだままの大量の服を、今度はひたすらに畳ませられた。


「………俺、服屋のバイトできそう」


「………大河、接客のトークできないだろ」


「……なんか思考がおかしくなってる」 


「……僕もだよ」


 折り目がわからない素材の服を四苦八苦しながら畳む。


 無駄に正座してしまうのはなぜだろう。


 そんな僕らを見かねた兄が、調理を中断して手伝ってくれた。


 さすが販売員。


 手際がよかった。


 そして全部終わったころ、3時の鐘が鳴り、優雅なティータイムに突入した。


「エミルおじさんは、どこか行ったの?」


有朱(アリス)おばさんを迎えに行ったよ」


 シーナと麗香さんのお父さんであるエミルおじさんは、超愛妻家だ。


 それを常に塩対応で受け入れるのが、奥さんの有朱(アリス)おばさんだ。


 エミルおじさんは、北欧の在原業平という異名を持つ大学の先生で、女性ウケが良いため色々なところで講演会をしている。


 家にいる時はできるだけ有朱(アリス)おばさんのそばにいようとするが、それを毎回おばさんに阻止されている。


 さっき、僕たちが戻ってきた時は、兄と一緒にせっせと料理をしていたけど。



「好きな女を落とすには、胃袋を掴まないとね」



 彫りの深い顔にバリトンボイスで金言の如く宣うおじさん。


 そのおじさんの教えは、兄とシーナに受け継がれている気がする。


 でも、麗香さんの中では家族枠の男性は料理好きという刷り込みができているので、料理が上達すればするほど兄の存在は異性枠から外れていく。


 兄の努力、報われず。

 ちょっと不憫。


 最後のひと切れを食べ終え、席を立とうとすると、兄が嬉しそうに笑っていた。


「やっぱり雅樹は抹茶アイスで合ってたな」


「……別に。出されたら、残さず食べるだけだから」


「最初にアイスの方がなくなってぞ〜」


「……ごちそうさま!」


 僕は勢いよく立ち上がり、皿を流しに置くと、テーブルにのっていたラップがかかったトレーを持つ。


「これ、2階の麗香さんに持っていくから」


「あ!そ、れは、俺、行くから……」


「いーよ!料理してればいーから!」


 未練がましく僕の持つトレーを見る兄。


 麗香さんの喜ぶ顔が見れるかもしれないのに、という気持ちが透けて見える。


 残念でした。


「あとどれくらいかかるか、代わりに僕が見てくるから」


 大河がちょっと兄を見て、かわいそうなものを見るように眉をひそめたけれど、気にせずに僕は部屋を出た。


 2階に上がると、さっき片付けたはずの床の上に、また服の山が出来上がっている。


 今度は女性ものばかりで、ぱっと見、どういう形状の服なのかわからないものばかりだった。


「シーナ、麗香さん、悠河さん、お茶の時間ですよ」


 その場で食べられるようにと、兄が丹精込めて作ったクレープ。


 麗香さん好みのトッピングばかりだ。


「あ、もうそんな時間なの」


「え………まだ、お茶の時間にしかなってないの?」


 正反対の反応を示す麗香さんとシーナ。


 何がどうなったのか、シーナは真紅のチャイナドレスを着ていた。


 くるぶしから、太ももまで長く入ったスリットから覗く肌の白さが目新しく見える。


 胸元を押さえているのは……シーナ、ちょっと赤い顔でこっち見ないで。


「雅樹、そこのケープとって!」


「シーナ、その服」


「いいから、早く!」


「……これ?」


「そこから投げて!近づいちゃダメ!」


「じゃあ、投げるよ?はい」


 シーナは後ろ向きになりながら、手をのばしてケープを受け取ると、慌ててそれを羽織った。


「おやつ?

 雅樹くん、ありがとー」


 奥の方から出てきたのは、濃紺のチャイナドレスを着た悠河さん。


「どうしたんですか?それ。

 麗香さんの持ってきた服にしては、なんだか系統が違う気が」


「これはおじさんがおばさんに買ってきたお土産だって」


「おかーさんが秒で投げ捨ててたのを私がとっておいたの。

 シーナと悠河ちゃんでいい感じになると思って着せたんだけど、シーナの胸が大きすぎたわねー」


 こういう時、どう返せばいいのか。

 14歳の僕がわかるわけがない。


「……そうですか」


 シーナから視線を外して、そう答えるのが精一杯だった。



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