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「んー、何か無いのー?」
一通り室内を探索を終えてデイジーは今度は部屋を出ることを思いついた。シモンは彼女が呼び出された立場でないことを考えて、外出はしないよう言い置いて言ったのだが。自分に都合の悪いことはけろっと忘れるのが、デイジーという少女だ。
かちゃり、と重厚な扉を開けてみる。と、廊下に立っていた騎士がそれに気づいて視線を向けた。
「いかがなさいました」
「あのー、シモン様たち、まだですかぁ?」
「はい」
「えー、じゃあわたし、迎えに行こうかなぁ」
「部屋から出さないよう言われております。室内でお待ちください」
「ええぇー、でもぉ」
くねくねしなを作って上目遣いに見つめても、相手は表情も変えない。「室内にお戻りください」ときっぱり言われて渋々デイジーは頭を引っ込めた。
「なぁによ、ムカつくー。可愛い女の子が出たいって言ってるんだから、むしろ案内してもいいくらいじゃないの」
ぶうぶうこぼしても、彼女が手玉にとってきた軟弱な少年たちとは正反対のがっちりした体躯の騎士に些か怖じ気づいたのも否定できない。
不貞腐れて再度ソファに転がったデイジーはふと目を見開いた。
「……ここ、一階じゃない。そうだ、窓から出ればいいんだ」
基本、客間は低層階に置かれる。特にさほどランクの高くない部屋は地階だ。
普通王宮に招かれる人間なら、案内もつけずうろつくような真似をするはずがない。しかしその辺りの常識が彼女には全く無い。好き勝手に振る舞うと無邪気で可愛らしいと母に褒められ、それを真に受けてきた。
父であるライアンもそれを咎めだてせず、好きにさせていた。彼の場合娘がどんな振る舞いをしても全く興味がない。可愛らしくすり寄ってくれば甘やかすが、それだけだ。礼儀作法もその他のマナーについてもあまり関心がなく、家庭教師の訴えよりデイジーの我が儘を優先した。彼としては、デイジーは貴族令嬢ではないしそうなる必要もないと考えていた節がある。
その当たり前のマナーも弁えないデイジーは、スカートの裾をからげて窓枠を乗り越えた。そこそこ高さのある庭へと見事に降り立つ。
「ふふーん、こんなの簡単よ。さて、どっち行こうかなー」
王宮の庭園は見事だが、こんな低ランクの客間周辺は地味だ。デイジーの興味を引くものもなく、彼女はさっさと歩き出す。
そのうち、庭木も手入れされたものが目立ち、ぽつりぽつりと人の姿も見えるようになる。大概はお仕着せ姿のメイドや下働きだが、その間にそれなりの紳士や貴婦人も混ざるようになった。
デイジーは彼らに値踏みするような視線を向けていたが、どうも思うような相手がいないらしい。
「王宮だっていうのに、金持ちそうなのいないなあ……」
と、不意に賑やかな声が響いた。
きゃあきゃあはしゃぎながら、子どもたちが走ってくる。まだ十歳にはならないだろう年頃の女の子と男の子が、じゃれ合いながらやってきた。
身につけているものが、明らかにその辺りの大人たちとは違う高級そうな品だ。
その様子を見て取ったデイジーはにんまりと。笑みを浮かべる。彼女をちやほやする男たちが見たらドン引きしそうな、実に邪悪な雰囲気で。




