ガベージブレイブ(β)_077_希望2
「ところで、ツクルさんにお願いがあるのですが!」
「お、おぅ……」
いきなり身を乗り出すなよ。
俺だってびっくりするんだからな。
「あちらの世界がこちらの世界の人を召喚できないようにしてほしいのです」
顔が近いって。
「異世界召喚は時空を超えて別の世界の人を拉致するのですが……」
拉致って分かっているじゃないか。
「その際に時空壁に大きな穴を開けます。しかも、こちらの世界の時空壁に穴をあけたまま修復もせずに人だけ攫っていくのです」
なんだか目が座ってきたぞ。
「時空壁に穴を開けて修復もしないとどうなるか分かりますか?」
知らねぇよ。
「この世界が崩壊するんですよ。小さな穴ならともかく、百人もの人を攫っていく穴ですよ、大きな穴をあけるんですよ、あいつらは!」
こめかみに青筋が出ているぞ。
「人を攫っていくだけでも信じられないのに、こっちの世界を崩壊させる大穴を放置するなんて、信じられないでしょ?」
唾を飛ばすなよ。
「ですから、ツクルさんにはあちらの世界の召喚関連の施設と資料を処分してほしいのです」
「施設と資料……随分と抽象的だな」
どうせクソジジィ関連のことだから、クソジジィをぶちのめすついでに施設と資料を処分するのは構わない。
「では!」
「だが、報酬はなんだ?」
「え?」
「依頼に対しての報酬だよ」
「……私の加護では不足ですか? 助かっていますよね? 【解体】とか」
上目遣いで聞くなよ。
「【解体】には何度も命を助けられたから感謝はしている」
だが、それとこれはとは話は別だ。
「む~、いけず~」
口を尖らしてもダメだからな。
「分かりました! こうなったら、お姉さんの懐の深さを見せてあげましょう!」
いつからひるめさんはお姉さんになったんだ?
てか、最初のイメージが完全に崩れているぞ!
「本当はダメなんですよ。だけど、今回は特別です!」
勿体ぶらずに早く言えよ。
「歩さんについて、いいことを教えてあげます!」
「なっ!?」
「うふふふ、驚いていますね! そうでしょう、そうでしょう!」
歩のことだと? ひるめさんは何を言っているんだ……?
「歩さんのこと知りたくありませんか? 私のお願いを受けると頷くだけで、いいことを教えてあげますよ? どうします?」
くっ……痛いところを突いてくるじゃねぇか。
歩……はぁ、俺に選択の余地はないか。
歩の名前を出したんだ。もし、どうでもいいことだったら、ただじゃ置かないからな。
「怖いですね。でも、大丈夫ですよ」
「分かった」
「では、引き受けていただけますね!?」
「ああ、引き受けよう。だから歩のことを教えろ」
「うふふ、歩さんのことになると、本当にツクルさんは必死ですね」
「うるさいよ。早く教えろよ」
「はいはい。ほいっと」
ひるめさんがぱんと手を打つと、どこからともなくテーブルの上に本が現れた。
本というよりは、大学ノートくらいの薄さと大きさだ。
「この本は神代創成記録っていいます。次元の創成から宇宙の創成、それこそ人の創成までどんなことでも載っているのです。もちろん、歩さんの人生もこの本に載っています」
大層なことを言っているが、アカシックレコードが大学ノートでは威厳もくそもない。
「うふふ、本質を見なければいけませんよ。見た目は重要ではないのです」
……たしかに見た目は重要ではない。物事の本質こそが重要だ。
「歩さんですが、あの日の事故は仕組まれたものですね」
「はぁ?」
「歩さんは事故ではなく、殺されたのです」
俺は立ちあがった。
「どういうことだ!?」
「そんなに慌てないでください。ちゃんと教えますから」
ひるめさんはお茶を口に含む。
俺も落ち着くためにベンチに座った。
「さて、歩さんを殺したのは日本人ではありません。地球人でもありません」
「つまり……」
「ええ、ツクルさんが召喚されたあの世界の人物です。いえ、人物ではありませんね。存在とでも言うべきですか」
「………」
「あちらの世界は随分とこちらの世界に干渉してきますね」
「誰が歩を殺したんだ……?」
「あらあら、そんなに殺気を振りまいては草花が怖がります。ほら、見てください。あんなに青々していた草花がしおれてしまったではありませんか」
ひるめさんは目の前に広がる長閑な光景に目をやる。
「……早く言え」
勿体ぶられるのは性に合わない。
「うふふ、魔族による魔王召喚だったのです。人族が勇者召喚をするように、魔族が魔王召喚を行った結果、歩さんが選ばれたのです。ただ、悲しいことに、魔王召喚はこちらの世界で命を失ったものでなければなりません。ですから、歩さんを魔王召喚するために、魔族が無理やり起こした事故だったのです。ご両親はその巻き添えになって亡くなられたわけですね」
魔族だと……魔族が歩を……三人を……ふざけやがって!?
「あ、でも、歩さんを魔王召喚した魔族のエンシェント種であるアマンはツクルさんたちに殺されていますね」
「っ!? あの野郎か!?」
「そんなに怒らないでください。ほら、殺気が漏れてますよ」
「………」
ちょっと待て! アマンの野郎はずーっとあの空間に閉じ込められていたはずだ。いつ魔王召喚なんてしたんだ?
「ラグナロクの直前です。ですが、歩さんは向こうでラグナロクに加担するのを拒み、アマンに追放されて人族の勇者に殺されています」
ラグナロクの直前?
時間軸が日本とこっちでは違うのか?
「召喚は魔王でも勇者でも、力に耐えられる魂を選ぶのです。ですから時間軸は関係ないのです」
「………」
なんだよそれ……?
そんなんじゃ歩が勇者に殺されなくても、俺と出逢うことなんてできないってことじゃねぇか……。
「話を続けますよ。あら、これは……」
「どうした、何があった!?」
「落ち着いて聞いてくださいね」
俺は立ちあがりひるめさんに迫った。
「……いいから、早く言え」
「歩さんは向こうの世界で転生しました」
「なんだと!? それで、今、歩は、どこに!?」
「えーっとですね。転生した歩さんの名はサーニャというそうです」
「っ!?」
なんだ……と? それは……。
「ええ、ハンナさんの妹で、ツクルさんを庇って亡くなってしまったサーニャです」
体中の力が抜け、崩れるようにしゃがみ込む。
なんだよ……すぐそばにいたんじゃねぇか……。
それなのに俺は歩に気づくこともないなんて。俺はなんて大バカ野郎なんだ。
「うふふ、安心してください」
「何を安心しろっていうんだ……?」
「サーニャさん、いえ、歩さんの魂はツクルさんのそばにおりますよ」
「っ!? あ、歩!?」
俺は周囲を見渡した。
「うふふ、見えないですよ」
……そりゃそうか。
「歩さんの魂は私の方で預かっておきます。ツクルさんが私の依頼を達成してくださったら、いいことがあるかもしれませんよ」
「……歩の魂を人質にとって俺を働かそうってことか?」
「嫌ですね。私はそんなことしませんよ。うふふ」
口元を手で隠し笑うその姿が胡散臭い。
「いいだろう。あの世界の召喚に関する全てを消し去ってやる」
「ありがとうございます」
綺麗な所作で俺に頭を下げる。そういう仕草を見ると、本当に品がよく見える。
「あ、そうだ。忘れるところでした」
今度はなんだよ?
「カナンさんが【転移魔法】を覚えましたよね?」
「覚えたが? それがどうした?」
「カナンさんの【転移魔法】を【転移魔法III】にしますと、【時空魔法】を覚えることができます。そして、【時空魔法】を【時空魔法III】にしますと日本に帰ることができます」
ほう、いいことを聞いた。これで一ノ瀬を日本に帰してやれる目途が立った。
「一ノ瀬さんも他の生きている方々を日本に帰すことができますが、正直に言いますと、彼らが日本に帰ってきても居場所はありません」
「………」
何を言っているんだ?
「私はツクルさんたちの存在を消去しました」
何勝手に存在を消去してくれちゃってるんだよ。
「考えてもみてください。百八人もの高校生が一瞬でいなくなったなんてことになったら、大騒ぎじゃないですか」
ネットがあるから日本だけではなく、世界中で大騒ぎになるかもな。
「ただでさえ時空壁の大穴を修復しなければならないのに、百八人もの存在が消えた穴を修復しなければならなかったのです。それはつまり存在を元から消し去ることなのです」
「修復なのに存在を消すのか?」
「いない者の穴を埋めるには、過去に遡って世界からその存在自体を抹殺するしかないのです」
納得いかないが、理解はできる……。
「ですから、【時空魔法】を得ても彼らをこちらの世界に帰さないでください。帰ってきても親兄弟は誰も彼らのことを覚えていませんし、出生の記録もありませんから」
「向こうで暮らして天寿を全うしろってことか」
「その通りです」
はぁ、一ノ瀬に会った時になんて話したらいいのか。
「なぁ、存在が消去されていても帰りたいと言う奴がいたらどうするんだ?」
そいつの願いを俺がきく義理はないが、一ノ瀬の頼みなら聞いてやりたい。
「その場合は私の方で受け入れ体勢を整えます。連絡をもらえますか」
なんだ、抜け道があるんじゃないか。
「存在を元に戻すことはできません。ですから、その方には新しい記憶を与えて新しい人生を与えます」
随分と乱暴な話だな。
「存在を消した人が騒ぐと危険なので、徹底的に隠蔽しちゃいます!」
なんだよ、「隠蔽しちゃいます!」って、言い方は可愛いが、完全に悪人のセリフじゃねぇか。
「あら、神に善も悪もないですよ。あるのは、神の意思のみです」
俺の背筋に電流が走った。
ひるめさんからかつてないほどの力を感じる。
放たれる気配ががらりと変わり、静かに座っているだけのひるめさんの周りにピンと張り詰めた空気が流れ、おのずと背筋が伸びる。
これが神の力か……。
「うふふふ。そんなに固くならずに。お茶はいかが?」
誰のせいだよ。
「そんなわけですから、日本への帰還は厳重に管理させてもらいます」
「………」
「お願いは以上です」
「ふっ……」
「ん? どうしました?」
「好き勝手言うじゃないか」
「何を?」
「俺はな、力で抑えつけられるのが一番嫌いなんだよ」
「………」
「日本への帰還は厳重に管理する? はんっ、俺は俺だ! 誰にも管理なんてされねぇし、させねぇ! 俺を管理したければ力ずくでこい!」
俺はバンと丸テーブルを叩き立ち上がった。
気に入らねぇ。気に入らないなら反抗しよう。俺はそうやってここまで生き伸びてきた。
力に溺れていると言いたいなら、言えばいい。だがな、今さら俺の生き方を変えることはできないし、変える気もない!
「うふっ」
何がおかしい!?
「ツクルさんならそう仰ると思っていました。うふふふ「誰にも管理なんてされねぇし、させねぇ!」カッコイイですね」
なっ!? この……。
「管理するというのは冗談です。帰ってきたければ好きにすればいいですが、存在を消去したのは事実ですから、帰ってきても居場所はありませんからね。ふふふ」
おちょくられた……ムカつくわー。
「そんなに怒らないでください」
誰のせいだ。




