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裸以上の王様

作者: 明日

 



 昔むかしあるところに、とても大きな国がありました。

 その国を統べるのは、いつでも兵士たちの一番前を颯爽と馬で駆けて、次々と敵を打ち破る、強く立派で勇敢な王様です。


 そんな最高の王様にも、更に過ぎたるものが二つあると人は言います。

 一つは、東国で作られたという決して王様が手放さない錫杖についた大きな宝石。

 そしてもう一つは……。




 ある日、王様の前に二人の仕立屋がやってきました。

 彼ら仕立屋は、妖精の国で布を織る術を学び、天の国でその布を服に仕立てる術を学んできたのだと言います。


「おらたちは、世にも稀なる服を仕立てることが出来ます。その布はこの世のものとも思えぬ素晴らしいもので、しかし愚か者には決して見えないものです」


 なるほど、と王様は思いました。

 王様は強く、この国も広く豊かで、どんなものでも手に入ります。けれどなんでも手に入る王様ですから、どんなに豪華でも、普通の服には飽き飽きしていたところです。


 王様は命じました。

「ほう。それは面白い。ならば、作って見せよ」


 ははあ、と頭を下げて仕立屋は言います。

「もちろん作らせていただきますとも。お代はものを見てから、王様ご自身がお決めになればよろしい」

 うん、と頷き、王様は側近の大臣に「必要なものは全て与えよ」とお命じになられました。




 やがて、仕立屋はお城近くの小さな小屋で、布を織り始めました。

 安息日はお休み。しかしそれ以外の日には必ず、がたん、ごとん、と外からでも聞こえるような大きさで、機織機を動かす音が響いています。


 王様は、仕事がきちんと行われているのか知りたくなりました。

 そして大臣に命じ、その仕立屋の小屋に視察へ向かわせます。


 大臣は小屋に辿り着くと、仕立屋たちに会いました。


「どうかな、きちんと仕事をしているかい?」


 大臣は言いつつ、あれ、と思います。

 その仕立屋たちは手元を忙しく動かして、なにやら織っているようです。

 きっとその手元で手繰っているのが、その妖精の技で紡がれた魔法の糸なのでしょう。

 けれど、その手元には大臣は何も見えず、ただ仕立屋たちは何も持たずに仕事をしているように見えました。


 立ち止まった大臣に、仕立屋の片割れは言います。

「どうでがす? 綺麗なもんでしょ? 妖精の糸ってえのは、まあ馬鹿には見えませんがね? その分、とんでもなく綺麗ってもんですから」

「…………そうだね」

「もしかして、大臣様、まさかこれが見えねえってんじゃ?」

 笑い話のように尋ねる仕立屋に、ふむ、と考えた大臣は返します。

「いいや。見事なものだよ」


 そう、何も見えない手元を見つめて言いました。




「はいはい、それはもう、とても綺麗な仕上がりで。青……だったっけ? いえ、緑、もしかしたら紫だったかも」

「そう。ありがとう」


 それから数日のあいだ、毎日大臣は仕立屋たちの小屋に視察を向かわせました。

 視察した部下たちは皆口を揃えて『綺麗なものだった』と言います。

 今回の者もそうでした。


 自分の部屋で王様の侍女から報告を聞いた大臣は、一人になりふと溜息をつきます。

「さて、どう報告したものか」

 どう動こう。大臣は考えました。今のところ、上がってきた報告は王様に上げています。しかし部下たちはいつも言うことが違います。日によって、青だったり、黄色だったり、もしかしたら動物の柄までついていて。

 そのまま報告されている王様は、その不可思議さに驚くばかりでした。




 ある日、ついに視察に王様が向かうことになりました。

 仕立屋の小屋ではすっかり仕立屋たちも恐縮して、頭を下げるばかりです。


「そうかしこまらずともよい。して、予の服はどこじゃ?」

「服でしたら、こちらにございます」


 そして頭を下げたまま指さした先、そこには作業机がありました。

 糸と針と鋏と型紙。皆さんも、おべべを作るときには準備しますね。

 しかし、それ以外には何も見えません。


「うむ?」

 おかしいですね。部下たちや、護衛たち、視察に訪れた人間たちは皆その布を褒めていたのに。。

 もしかしたら、ここにあるけれど、自分には見えないのでしょうか。

 仕立屋は咳払いをして机を指し示します。

「ご覧の通り、愚かなものには見えませんが、ユニコーンの背のように白く、ペガサスの羽のように燦めき、フェニックスの羽のように温かなマントをこしらえてございます」

「……ほう、そうか。だが、部下たちの話と違う気もするが?」

「しかし人によっては見栄えも変わるというのが天の国の手法。王様の目にどのように映るかは、おらどもの想像も及びもせず」

「よいよい。なるほど、素晴らしい。これを身に纏った予は、間違いなくこの世でもっとも強く、艶めき、勇敢であることだろう」


 王様はふふ、と満足げに笑い、二の腕を叩いて振り返ります。

 侍女や護衛や部下たちは、その言葉にうんうんと頷きました。


 そして頷かない大臣に向けて、一言。

「素晴らしいものだな?」

「そうでしょうとも」

 に、と笑い合った王様と大臣は、瞬きをして視線を同時に切りました。




 やがて、完成の日が来たということで、例の服を持った二人の仕立屋はお城を訪れました。

「出来たか」

「はい、こちらでがす」


 まるで豪華な衣装があるように、滑らせるように両手に掛け渡された見えない布を恭しく持ち上げて、仕立屋は跪きます。


「仕立屋として素晴らしい仕事をしたと自負しております。一刻も早くこの衣装を見に纏った神々しい王陛下を見届けたく思います」

「なるほど、だが、まあ、少し待て」


 くく、と笑い、王様は階の下の仕立屋を掌を見せて止めます。

「素晴らしい服である。ならば予はこの仕事に、どれだけの対価を払えばよい?」

 その王様の言葉に更に深く仕立屋は頭を下げ、ははあ、と声を上げます。


「対価などとんでもない。そんなものは王様のお心次第、おらたちはどうかその王様に服を受け取っていただけて、身に纏っていただければこれ以上ない幸福でがす」

「ならば要らないと申すのだな」

「その通りでがす」


 どん、と錫杖の先で床を打てば、それで謁見の間は静まりかえります。

 そして、どうする、と王様は大臣を見ました。



(代金の要求は最後まで無し……)


 大臣は王様の視線に応えて、唇を手で押さえます。

 王様には服が見えていませんでした。そして、大臣にも服は見えていませんでした。

 きっとその服はなんてものは嘘っぱちなのでしょう。大臣はそう思っていて、しかしその意図がわかりません。


(大胆な詐欺だと思ったけど……これじゃあ少し難しいな。代金は取られていないし、何もないものを差しだした、なんてものは罪にはならない。……まあまず間違いない、王への虚言ではいけるけど)


 何も言わずにいる大臣に、王様はうん? と首を傾げます。

 この大臣が悩んでいることなどあまり見たことはありません。


 悩んでいる大臣を余所に、王様の近くにいた侍女が仕立屋から着物を受け取りました。

「わあ、綺麗」

 小声で小さく呟かれた言葉に、周りの護衛や部下たちはうんうんと頷きます。



 そして、その言葉に小さく「ひひ」と大臣は笑いました。何かを思いついたのでしょう。王様もそれでようやく安心して、一つ尋ねます。

「大臣よ。予に似合うと思うか?」

「それはもう。何よりお似合いになられますとも」

「そうか」


 大臣の言葉に応えるように、王様はすっと立ち上がりました。

「着替えをしようぞ」

 言うが早いが、王様はマントをバサリと翻すように脱ぎ捨てます。

 そして大臣の視線の先、冠を侍従へ、錫杖を侍女へと渡します。

「陛下!?」

「なあに、ここにいる者たちは予の臣である。ならば同胞、全てを見せても恥ずかしくもない」

 晒すのは枕のような胸、丸太のような脚、ラクダの背のような腹。すぐにふんどし一丁になった王様は、代わりに、と侍女から魔法の服を受け取りました。

 まるで重みを感じることもない服。手応えもなく、そして色も見えない、けれど素晴らしい服を王様は満足げに身に纏います。


「どうじゃ?」

「とてもいいんじゃないかな」


 ウインクをしながら大臣に問いかける王様はふんどし一丁。少なくとも、大臣にはそう見えていました。

 公の場で、まるで親友のように返した大臣に、王様は満足げに笑って頷きます。


「では大臣、予はこの者たちにどう報いれば良いと思う?」

「パレード、が相応しいのではないかと。この者たちや皆を連れて、その素晴らしいお姿を臣民たちに披露するのは」

「うむ、素晴らしい。よろしいな、お前たち」


 王様が見渡すのは侍従や侍女に護衛たち。それに件の仕立て屋たち。

 う、と言い淀みながら、仕立屋たちは小さく了解しました。




 王様の新しい衣装がお披露目される。

 そう知らせを受けて、大通りに集まった国民たちは、その王様の姿に度肝を抜かれました。


「これなるは! 愚か者には見えないお服ぞ!」


 馬に引かれた大きな神輿の上で、王様が皆に手を振ります。

 しかし、皆の目には、そこには裸の王様しか見えませんでした。


「皆! 称えよ! この世のものとは思えぬ美しきお姿ぞ!!」



 神輿の前で叫ぶ侍従の声に、国民たちは思います。

 なるほど、あれは馬鹿には見えない服なのだ。そしてそれを着ている彼ら王様たちはそうではなくて、そして見えないとしたら自分が馬鹿なのだ。


 そう思いつつも、しかしやはり馬鹿と思われたくはありません。

 誰だって、利口でいたいものですからね。


「お美しい!」

「神々しい!!」


 口々に上がる沿道の声に、王様は満足げに頷きます。

 そして手を振ると、わあ、と声が上がります。王様は立派で強くて勇敢で、皆に好かれてもいますからね。


 神輿の上で王様と並びそれを見ていた仕立屋たちは、びくびくとしながら沿道を見下ろしていました。

 こんなことになるとは思わなかった。あのあとすぐにこの王城を、城下町を、この国を立ち去る気でいたのに。

 き、と睨むのは、王様の横、侍女のまた更に横にいる大臣。

 大臣はその視線に、にこにこと笑みを返しました。


「ほら、楽しみなよ。君たちはこの美しいお姿をこしらえた立役者じゃないか」

「おらたちは、そんな」

「さあ、手を振って、皆に自慢するといい」


 にこりと笑うその笑みに、仕立屋たちは背筋が凍りました。

 バレている。きっと、このままでは。

 たらりたらりと汗を流し、助けを求めるように侍女を見ますが、侍女は仕立屋たちと視線を合わせようとはしませんでした。



「はじめは詐欺だと思ったんだよ。王陛下にありもしない衣を売りつけて、そして代金をせしめよう、なんてケチな詐欺だとね」

「そんな! おらたちは一銭もいらねえでがす!」

「そう、そこだ。だから目的がわからなかったんだ。でもね、謁見の間で君たちが言ってくれたんだよ」


 狭い神輿の中で、じり、と仕立屋たちが後ろに下がる。

 大臣は全く動かずとも、その視線に。


「全て話せば、君たちの罪は一等軽くするけど?」




「えー? みんななにを言ってんのー!?」


 王様が手を振る沿道から、一つ声が聞こえました。

 とても小さな子供の声。何を言うのかとその周りの国民たちは子供を止めます。このパレードは王様を称えるもの。邪魔をしてはいけませんからね。

「ちょっと、静かに」

 父親が慌てて子供の口を押さえにかかります。しかし、その口に手が被される直前に、子供は言葉が間に合いました。


「だけど、王様裸だよ!!」



 皆が一斉に静まり、そしてどよめきが広がります。

 何を言っているのだろうか、この子供は。

 王様が裸などとんでもない。そんなお姿で王様が通りに出られるわけがない。沿道にいた国民たちは、ざわざわとその子供と王様を交互に見ました。


 王様はたしかに裸に見えます。

 しかし、馬鹿には見えない服を纏っているのだと聞きました。


 そしてそれでも、裸だという子供は嘘をついているようには見えません。


 子供は馬鹿だから見えていないだけ、そう考えるのが一番自然でしょう。


 子供の父親は、王様の顔色を窺います。

 きっと怒っています。なにせ、うちの子供が馬鹿なことを言ったのですから。

 きっと罰が下ります。なにせ、王様はこの国で一番偉いのですから。



 そして、窺った先、王様は、満面の笑みで子供を見つめていました。


「そうだ、裸だ!」



 何を言うのか、とまた国民にざわめきが広がります。

 王様が裸だと認めた。しかし、ならば、このパレードは。




 誇らしげに子供に笑いかける王様を見つめ、大臣はクスと笑います。

 そして、仕立屋たちは、それをチャンスだと思いました。


 するりと腰のポケットから取り出したのは仕立屋の大ばさみ。みんな、自分の仕事道具は持ち歩くのが当然ですからね。

 そして王様は裸です。大臣は服を着ていますが、武器もなく鎧もありません。

 護衛は神輿の下に控え、神輿の上の今この場で武器を持っているのは自分たちだけです。


「くそぉ!!」


 仕立屋は叫び、王様に詰め寄ります。

 王様を人質に取れば、きっとここから逃げられるでしょう。何せ王様は、この国で最も尊いのですから。


「ぬうん!!」


 そして仕立屋は、王様の首に手を回そうとした瞬間、振り返った王様の拳で、神輿の外へと殴り飛ばされました。



 沿道から歓声ではなく悲鳴が上がります。

 当然ですね、雨のような鼻血が撒き散らされたのですから。


「は、へ?」


 残された仕立屋はその相棒の様に驚きつつも、しかし気を取り直します。

 なに、少しくらい怪我を負わせてもいいでしょう。こちらは逃げ切れればそれでいいのですから。


「少年よ! たしかに予は今裸である!!」


 何事かを叫んでいる王様のお腹に、鋏を突き立てようとします。

 とても危ないので、良い子の皆様は真似しないでくださいね。


 でも、王様は大丈夫です。


 腹に突き立てようとした鋏がぐにゃりと曲がります。


「しかぁし! 予はこの国の王である!! 兵の前に立ち、民を統べる王である!!」


 首根っこをがしりと掴まれ、仕立屋は宙にぷらんと浮かびました。

 人の首を掴むのはとても危ないので、良い子は真似しないでくださいね。


 でも、王様は大丈夫です。


「国で最も強いからこそ! 王と呼ばれているのである!!」


 神輿からぶん投げられて壁に激突した仕立屋さんは、ちょっとだけ大丈夫ではなさそうですが。




 神輿の外に捨てられた仕立屋たちを部下に任せて、王様は子供に優しい目で語りかけます。その父親はもう気が気でありません。しかし王様も知ったことではありません。

「わかるか、少年よ。予が身に纏うのは、鎧の強さでも剣の強さでもない。予自身の強さなのだ」

「…………」

「いずれ少年もわかるだろう。この身の美しさが!」


 力こぶを作れば、二の腕がぼこりとボールのように膨らみます。

「予はたしかに裸である。だがしかし、この世で最も尊い強さと美しさと勇敢さを身に纏っているのだ」

「……そうなの?」


 子供は呟いて首を傾げます。王様はその仕草がとても面白くて、愉快さに大口を開けて笑いました。


「そうなんじゃよ!! はっはっは!」



 そしてひとしきり笑うと、神輿の上に視線を戻します。

「して、大臣よ。どうじゃった?」

「問題ないよ」

 そこには大臣に俯せにされ、手を捻り上げられて拘束されている侍女がいました。

「手の込んだ計画だよね。詐欺かと思ったけど、脱がせること自体が目的だったなんて、ね」


 大臣は大きな宝石を投げ上げて弄びます。

 それは王様の錫杖の先に着いていた大きな虹色の宝石。この世に二つとなく、そして王様が大切にしている宝物です。


「すり替えたのは君。どちらかというと君が主犯、って思ったほうが収まりがいいかな」

「うぅ……」


 悔しげに侍女は大臣を睨みます。

 その視線も大臣は、にこにこと笑って受け流しました。



「しかし、パレードとは恐れ入ったぞ。捕まえるならあの謁見の間で良かったのではないか?」

「どうせだからたまには王様の権威を見せておかないといけないと思いましてね」


 特にこの王様の強みは、その裸になった王様自身にあるのだから。


「陛下こそ、あんなに威勢良くお脱ぎになられるとは思いませんでしたよ」

「ぐふふ、予もまだ捨てたもんじゃなかろ」


 腰を捻り、背中を見せればそこには矢傷一つなく、輝くような肌のみ。


「では、パレードを続けようかのう。国一番の強い予と、賢いお主で」



 やれやれ、と大臣は溜息をつきます。

 「馬鹿には見えぬこの裸でな!」と王様は叫び、そして自身が過ぎたる二つの宝を持っていることを、改めて喜びました。





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