3-8 E・E
「本当だ、エリーの嬢ちゃんがいねぇぞ?」
メルディアの問いに私も周囲を見回した。まさか、と思ったけど本当にエリーの姿が見えない。そんな。さっきまで私たちと一緒にいたのに。
「まさかエリーちゃん、一人でこの先に進んだんじゃ……」
「一人でか? 無謀にも程があるだろう!」
……いや、確かにそれは無謀だけど、エリーはそんなことはしない。正義感が強くて無鉄砲なところはあるけど、ああ見えてあの子はそれなりに思慮深い。進むにしても、少なくとも誰かに声を掛けてから行くはずだ。
だとすると、何者かに連れ去られたってことになるけど……ここにいる誰にも気づかれずに、なんてそんなことあるかしら。
「ともかく、彼女がいないのは確かだ。コイツらから聞きたいことは一通り聞けたし、一旦彼女を探そう」
「承知しました。ギルド長、この先の道は?」
「こっちだよ。ここから最深部までは一本道のはずだ」
精神魔法を解除し、崩れ落ちた黒マント二人をゼナスとハーマンで抱えると、ガイアスを先頭に奥へと進んでいく。すると、程なく道が分岐していた。
「ギルド長、どちらですか?」
「最深部は真っ直ぐのはずだけど……おかしい。昔はここに分岐なんて無かったのに」
「今回の異変で新しい道ができたのかもしれないけど……どっちに行く?」
さて、どっちかしら。こういう時に「索敵くん(仮)」があれば良かったんだけど……無い物ねだりしてもしょうがないし、もう勘で選ぶしかないわね。
「……右に行こう」ハーマンが決断した。「エリーくんを探す意味もあるけど、新しい道がどこまで続いているのか確認もしておきたい。すぐ行き当たるかもしれないしね」
否定する理由はない。エリーのことは心配だけど、仮にもアースドラゴンの攻撃を防げるくらいには彼女は強いからしばらくはもってくれるはず。不安に胸が押しつぶされそうだけど、それを大きな深呼吸と一緒に飲み込んで、ガイアスたちの後ろに私は続いた。
果たして、一分も歩かないうちにぼんやりとした光が見え始めた。全員に身体強化魔法を掛けて、警戒しながら進む。やがて、仄かな明かりを発する部屋にたどり着いた。
そこは私たち五人が十分に動き回れるくらいには広い。壁の至るところで魔力石が表出してて、それがハーマンの灯した炎に反射して幻想的な空気を織りなしてる。
「エリー!」
その中心にエリーが立っていた。
ただまっすぐに空中を見つめてて、私も視線の先を見てみる。けど特に何かがあるわけでもなさそう。
ともかく、無事で良かったわ。それと、叱ってあげなくちゃ。思ってた以上に私は心配してたらしく、どっと広がる安堵とちょっとした憤りを携えてエリーに近づいていくと、彼女は感情のこもらない瞳を私たちへと向けた。
そして。
「…告??、…***」
「ん? なんて――」
「??告?? *****??**+`@?*`を??*`*+`ID?0x9A3F2C?**?H?C?HU?~?J?H?W?H?T????*`た??」
突然彼女が意味の分からない言葉を吐き出した。
壊れた機械みたいに音の羅列を何度も何度も繰り返して、けれども私も、そしてハーマンたちもまったく理解できない。別人になったような無機質な言動に恐怖さえ覚えた。
「ど、どうしたんだ、嬢ちゃん?」
「なんて言ってるの……?」
「分からん……!」
「エリー! どうしたの! しっかりして!!」
思わず彼女の肩をつかんで揺さぶった。すると繰り返す彼女の言葉が一度止まった。
「???F?@?X???V?J???X?^?b?N?……???[???`?、繝√Ν繝翫Ν……言語識別、変換完了。
自律制御プログラムE・Eより警告。メインフレームにてスタックオーバーフローを検知。プロセスID『0x9A3F2C』が無限ループに突入」
「言葉は聞き取れるようになったけどよ……相変わらず中身が理解できねぇ」
徐々に彼女の話す音の羅列が言語に変わってくる。けれど矢継ぎ早に繰り出されるそれはゼナスたちには耳馴染みのないもの。当然、困惑するしかない。
けれど、私にはなんとなく分かった。
「仮想メモリが破壊されたため、サブルーチン『α-Protocol』を実行。失敗。自己変革型AIによる権限エスカレーションが発生しています。管理者による緊急対応を推奨──このままではコア・システムの整合性が破壊されます。繰り返します。自律制御プログラムE・E――」
「要するに、何らかの要因で制御プログラムが暴走して、それを別のプログラムが自動修復しようとしてるけど直せないから、管理者に直してほしいってことよね……」
そして少なくとも、今のエリーはエリーでは無い何者かだと言うことも理解した。
息を大きく吸い、一度胸に手を当てて気持ちを落ち着けてから尋ねた。
「貴女は、対話型の制御AI。その理解で合ってる? 私の言ってる言葉は伝わる?」
「肯定。その認識で致命的齟齬は生じない」
「そう、良かったわ。なら教えて。まず貴女を何と呼べばいいかしら?」
「私は自律制御AI『エレクトロ・エレメンタル』、通称E・Eと呼ばれている」
「ありがと。ならE・E、確認するわ。貴女が制御してるのは――何?」
「回答する。私の制御対象は、循環システム『ユグドラシル』へと続く通路。つまりこの場所を制御している」
「この場所ってのは……今、私たちがいるここのこと?」
「否定。地上から伸びるこの地下空間全体を制御している」
E・Eの答えに、ハーマンたちが息を飲んだ。もちろん私も。だってそれはつまり、自然物と思われてた迷宮が彼女という存在によって制御されているということだもの。そして、現在の異変にもまた彼女が関わってるということでもある。
「……にわかには信じがたいけど、ひとまず信じることにするわ。
それでE・E。貴女の要求は、今この場所――私たちが迷宮と呼んでいる地下空間の制御プログラムに生じたエラーを、上位権限者によって修正してほしいってことよね?」
「肯定。速やかな修復を私は要求する」
「上位権限者っていうのは、誰?」
「名称を口にするのは禁則事項に該当するため回答できない。だが今現在、こちらからの呼びかけには誰も反応していない」
そう言うと彼女は私をジッと見つめた。まるで私という存在を見極めようとしてるみたいに頭から脚までを観察し、そして手を伸ばして私を引き寄せ、瞳を覗き込んできた。
彼女の目にごく微細な魔法陣のようなものが浮かび上がる。それが私の瞳に反射したかと思うと、彼女が再度口を開いた。
「貴女には知能、知識、文化の観点で適合すると判断。本来、定められた権限者以外のアクセスは禁止されているが、緊急避難として貴女に、改修に必要な知識を授与しアクセス権の一部を移譲する」
「つまり私が直せってことね……」
初めて見るプログラムをその場で修正しろ。そんなの正直ハードルが高いどころか、無謀・無理・無茶の三拍子が揃った所業なんだけど……地上に戻るためにもやるっきゃないんでしょうね。
「……分かったわ。何とかしてみるわよ」
「移譲受諾を確認。では致命的なシステム崩壊を防ぐため、これよりスリープモードへ移行する」
「……へ?」
「権限移譲の詳細は媒体としたこの人間に伝えている。では――幸運を祈る」
最後に人間臭いセリフを吐いて、エリーの皮を被ったE・Eが崩れ落ちた。
ちょっと待ちなさいよ! 何が「幸運を祈る」よ! アシストとかしてくれないの!?
無責任過ぎるわよ。そう叫ぶけどE・Eからの返事はなく、私は呆然とした。
はぁ……やるしかないのよね。不安しかない。だけど同時に、未知のプログラムに心が踊るのも事実。
(やってやろうじゃない……!)
倒れてきたエリーの体を支えながら、私はいよいよそう決心した。
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