2-13 異変Ⅱ
「エリー!!」
「下がってくださいッス!」
まったく、頼りになる相棒だわ。
心の中で称賛しつつ、拳だけで圧倒していくエリーが作ってくれた隙を利用して敵から距離を取る。足を動かしながらキーボードを叩き、再び巨大な氷の柱を作って叫んだ。
「飛んで!」
「あいあいさーっ!!」
エリーが宙高くジャンプしたのと同時に氷柱がモンスターたちを押し潰していく。再度砂煙と共にそいつらの悲鳴じみた雄叫びが上がるけど――
「やっぱ同じか……!」
「何なんスか、コイツら……」
「私も知りたいところよ」
砂煙の奥から、また何事もなかったみたいに再生しながら蟹たちが現れる。
さぁて、どうしたものかしら。これじゃ倒しても倒してもキリが無いわね。足止めだけして脱出するってのも手だけど――
「でもそれだと、他の人が襲われるかもしれないッス」
そうなのよね。ここで私たちが逃げ出せば、私たちは助かっても他の探索者に被害が出るのは確実。そんなこと、この正義感あふれるじゃじゃ馬娘が許容できるはずも無い。
なら、せめて。
「倒すヒントくらいは持って帰りたいものね」
向こうも知性があるのか、先程までみたいに問答無用で襲いかかってくることはない。だからこそ厄介だけど、今だけは好都合。
距離を保ち、いつでも攻撃できるよう備えながら対峙するモンスターたちを観察していく。
と、ふと数匹だけ完全に再生できていない個体がいるのに気付いた。
(違いは、何……?)
姿形にパッと見で違いは分からない。私の攻撃は全部魔法によるもので、唯一違うとしたら――そこでハッと思い至る。
(エリーに殴られた個体……?)
そういえば、彼女の魔法は私たちのものと違う、古い魔法書によるものだったはず。もしエリーの魔法体系が再生の阻害に作用すると仮定すると……試してみる価値はありそうね。
「エリー! 私の魔法で氷漬けにするから、コイツらの頭を貴方のそのかったい拳でぶち抜いてやって!」
「何か分からんスけど、とりあえず了解ッス!」
エリーに指示を出してからコンソール画面にコードを記載していく。ただし今度は氷柱じゃなくって――
「凍りなさい!」
対象を蟹たちの足元に設定。地面を瞬く間に凍りつかせていく。さらに風魔法と氷魔法をブレンドしてそのハサミや足に氷をまとわりつかせていった。
そこに氷柱の嵐を横殴りにお見舞いしていく。次々と前線の蟹に激突し、その衝撃で摩擦力を失った足が滑り、後ろの蟹たちを押し潰しながら壁際に押し付けられた。
「今よっ!」
「おっけぇぇぇっっっスッ!!」
一塊になった蟹たちに向かってエリーが跳躍した。彼女の手と足には思いっきり私の魔力を注ぎ込んで、さらに彼女の魔法が上乗せされたガントレットがまばゆく光を放った。
彼女の拳が蟹たちに叩きつけられる。わずかな抵抗もなく拳がめり込み、続けざまにエリーの脚が隣の頭をぶち抜いた。すると蟹たちは崩れ落ちて、そのまま動かなくなった。
「再生しない!?」
「思ったとおりね。エリー、どんどん頼むわ!」
調子に乗ったエリーの拳と脚が次々と蟹たちを屠って、数を減らしていった。
私も氷をぶつけて邪魔したり、風魔法の刃で腕ごと切り落としたりして援護した。甲羅部分は硬くてダメだけど、関節部分なら、と思って試してみたら上手くいったのよね。そこら辺は蟹や蜘蛛と一緒ってことみたい。
「これでぇ! ラストぉっ!!」
エリーが一際声を張り上げて、最後の一体に拳を叩きつけた。黒い体液を撒き散らして仰向けに倒れたのを見届けると、蟹山の天辺で仁王立ちしていたエリーの体がグラリと後ろに傾いた。
「あ、れ……?」
「よっと」
後ろ向きに落ちていく彼女の体を、私が受け止めた。
「あはは……ちょっと疲れちゃったみたいッス」
「お疲れ様、エリー。よくやったわね」
アレだけの数を、ほぼ一人で倒しきったんだからそりゃ体力も魔力も切れるわよね。
労いながら、体液で汚れた黒髪を撫でてあげると、くすぐったそうに彼女が笑った。さて、これで終わり……と行きたいんだけど、まだやることが残ってるのよね。
「報告用のサンプル集めッスね」
そう。さすがにこれは明らかな異常だし、この蟹もどきの素材を持ち帰ってギルドに報告しなきゃならないわ。私も研究してみたいし。ああ、何日か詳細な聴取にも呼ばれるか。面倒だけど、しかたないわね。
蟹の甲羅やハサミとかを切り取って圧縮カバンに素材を放り込んでいって。ため息を漏らしながら作業してると、ふとエリーが立ち上がった。
「……あの、ミレイユさん?」
「ん? なーに?」
「私たちって、敵を全部倒しましたよね?」
「ええ、そうよ。貴方が全部トドメを刺したじゃない」
「じゃあ――コイツらは、私だけが見てる幻ってことッスよね?」
エリーが震える声で後ろを指差して、私もゆっくりと振り返った。
その瞬間、息が止まった。
そこには、大量の真っ黒なモンスターがたむろしていた。それも数十に及ぼうかという規模だ。
思わず正面を見返す。目の前には今しがた倒した蟹たちが山になっているから、再生したわけじゃあない。
つまり。
「ミレイユさん、あれ……!」
エリーが指さした場所で、何もなかった地面から数秒おきに新しいモンスターが生まれてきてた。待って、待ってよ。いくらなんでもこの数は無理だわ。しかも、どれだけ倒しても無限に湧き出てくるってこと? さすがに逃げるしかないけど、唯一の脱出口である穴部分は生まれたモンスターで塞がれてしまってる。
(どうする、どうする……? 考えなさい、私)
モンスターの圧倒的迫力に押され、汗をにじませながらジリジリと壁際へと移動していく。再生するにしても一時的に倒すことはできる。なら穴近くのモンスターを倒して脱出するしかないわけだけど、穴を通ってる間に数に任せて攻撃されたら対処できない。
「……ん?」
焦燥に焼かれながら考えを巡らせている間に、いよいよ壁にぶつかった。だけど、壁に触れた手に不意に違和感を覚えた。
なんというか、壁というよりもふわふわの綿を触っているような、けれどもっと硬質な感覚。視線をそちらに向け、再び言葉を失った。
壁の一部がモザイクがかっていた。
「どういうことよ……」
物理的に存在するのに私の目には処理された画像のように浮いて見える。あり得ない光景に混乱するばかり。だけど。
(このモンスターたちを、迷宮が生み出してるなら――)
このモザイクに現状を打破するヒントがあるかもしれない。そう信じて私はそのモザイクを覗き込んだ。
するとそのモザイクが晴れる。代わって現れたのは、いつも見ているようなコンソール画面と文字列。ただし文字は全部文字化けしちゃってロクに読むこともできない。軽く縁を触れれば、画面がまるで波打ったように揺れた。
そこにボン、という不穏な音を立ててポップアップメッセージが現れた。たぶんこれは警告で、メッセージの下には二つのボタンらしきもの。何かの実行許可を求めてるんだと思うけど――
果たしてこのボタンを押していいものか。文字が読めない以上、押すことでさらに状況が悪くなる危険性だってある。けれど横目でモンスターたちを見れば、すでに一瞬で詰められる距離だ。モンスターの数も増える一方で、数で押しつぶされる未来までもう数分の猶予もない。もう、押すしかない。
「ええい、ままよ!」
意を決して私はメッセージのボタンに触れた。
次の瞬間、けたたましい音が迷宮内に響いた。唐突に地面が激しく揺れ始め、立ってるのも難しいくらいになる。けど、異変はそれだけに留まらなかった。
「ミレイユさんっ、モンスターが……!」
エリーの声に振り向けば、大量にいたモンスターが瞬く間に砂となって崩れ落ちていた。それはさっき私たちが倒したのも同じで、蟹たちが一瞬で砂の山に変化した。
さらに。
「天井が……!」
「入口の穴も塞がってるッス!」
まずい、このままじゃ閉じ込められて押しつぶされる!
「走って!」
「もう走ってるッスよ!」
二人揃って全速力でダッシュ。降ってくる瓦礫の音に背筋を凍らせながら、もうすでに半分塞がった穴に向かって飛び込んだ。
「あだっ!?」
「いったぁ……」
エリーと私でもつれ絡まるようにして穴から飛び出す。地面を激しく転がってから顔を上げると、すでに壁の穴は完全に塞がってて、見慣れた迷宮へと戻っていた。
「助かった、のよね……」
危なかった。まさに九死に一生を得たってところかしら。
大の字になって寝転ぶ。本当はこうしてるのは危険だし、モンスターや穴のこととか謎だらけ。
けど、今だけは生き残ってる私の悪運を噛み締めていたくて、胸を大きく上下させながらしばらく目を閉じていたのだった。
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