「夏が始まった合図がした」
ポテトが焼きあがったことを告げる、トゥルルッ、トゥルルッと一度聞けば覚えてしまうメロディーが店内に響き渡る。16時を過ぎたレジのスタッフは忙しそうだ。
私は手に持ったレシートの番号と、天井からぶら下がったモニターをちらちらと交互に確認して順番を待っていた。
「先に席とってるぞ」
そう私に声をかけた男に「んー」と動物の鳴き声のような情けない音で返事をする。
タンタンタンとレジ横の階段を上っていく音を聞きながらモニターとにらめっこしていると、パッと自分の番号が表示された。同時にカウンターから私が注文した内容を大声で告げられる。
「魚バーガーとアイスウーロン茶、ポテトスモールサイズのセットでご注文のお客様ー!」
私だ。
はーい、と小さく返事をしながら店員さんからトレイごと商品を受け取り、そのまま階段を上って一緒に来店した男のもとへ急ぐ。
ここは2年以上通い続けた、高校から少し離れたハンバーガーショップ。週に2~3回は来ている。
同じ高校の生徒はこのハンバーガーショップよりも反対側、駅前の店に行くのでこの店舗に同じ学校の生徒はなかなか見ない。たとえいたとしても、制服が同じでも話したことがない学年もわからない子くらいだ。
「ごめん、お待たせ」
「おう、…相変わらず少ねぇな」
「あんたが多いのよ」
来るたびに座り続けた窓際のカウンター席に、ずっと変わらない並び席。壁沿いの右側が私で、その隣にこいつ。
この男と出会って、この店でハンバーガーを食べるようになってからずっと変わらない私からの視点。
「今日暑かったな」
「ん、38度あったらしいよ」
「まじかよ、さすが盆地」
5個のハンバーガーとポテトのMサイズ2個。まずはポテトに手を付けてからコーラを飲んで、1つ目のハンバーガーを3口で飲むように食べる。
前に「掃除機?」と突っ込んだら、「お前はホウキとチリトリだな」と返された。アナログ万歳。
「体育館にエアコンついてよかったよね」
「それな。まあ、俺たち今年はもう体育ぐらいでしか使わねーけど」
その言葉に思い出されるのは、おととい、土曜日のこと。
都会の大きな体育館。溢れる人だかりと割れんばかりの歓声。そして、激戦を称えた激励の拍手。
あの日、あの場所で、目の前でボールが固い床に落ちたあの瞬間、私の夏が終わった。
「夏休み、どっかいかね?」
食べようとつまんでいたポテトがぽとりと落ちる。
思わず隣に座っている男の目を見つめた。当の本人は全くこちらの表情など気にせず、もりもりと2つ目のハンバーガーを食べ始めた。
パリッとはさまれたレタスが音を立てる。
「…どこ、行く?」
彼を見つめたままそう問う。
急な誘いにしては、自分でも自然な返しができた、と思う。あくまでも私調べ。
「んー、水族館、とか」
「そ、」
そんな、なんか、普通っぽいとこ。
そう言いかけてやめた。
夏とか、お祭りとか、そういうんじゃないんだ。水族館って。
「…いいけど、寝坊しないでね」
我ながら可愛くない言い方だ。でもこの時の私はそれが精いっぱいだった。
気づけば店内のBGMは流行りのアップテンポな曲に代わっている。私も、こいつも好きなアーティストの楽曲だ。
「ん、あとさ」
「なに」
「大学、一緒がいいな」
同じ学校、同じクラス、男女別の同じ部活、同じ放課後。
ずっとこいつと一緒の高校生活だった。
あの日、あの場所で、あの瞬間を迎えた時、私の夏は終わった。そしてあの時、私は確かに頭によぎってしまったんだ。
隣に座るこの人との3年間への別れを。
「ん、」
短く返事をして、彼のポテトの箱から一つ奪い取る。
なんだかさっきまで食べていた私のポテトよりもしょっぱく感じた。




