ええ? 俺って危険人物扱い??
「そろそろ日も暮れるってのに、この行列、さっきから全然進んでなくね?」
ショートカットして到着した東アポンの街だが、俺たちはまさかの城門前で足止めを食っていた。
「変だね。別に今は大きな祭りや市も無いから、それ程、人出は多く無いと思うんだけどなあ」
俺の肩に座ったシャムエル様までが、なんだか心配そうに城門の方向を見ている。
「まあ、ここまで来たんだから、待ってりゃそのうち入れるだろうさ」
マックスにもたれて、俺は呑気に欠伸をしながら、シャムエル様とそんな事を話していた。
しばらくしたら、不意に城門付近がざわめき出した。
何事かと見ていると、行列していた人々が一斉に街道から離れて周りの草原に逃げ出したのだ。
一斉に街道を走ってこっちに向かって逃げてきた人達が、マックス達に気付いて悲鳴を上げ、慌てたように振り返って元来た方向にまた逃げ出す。
しかし、その逃げ惑う人々の後ろにいたのは、なんと武装した軍人の一団だったのだ。
全員が重装備で大きな盾を持っている者もいる。そして、全員が剣や槍を手にしていた。
俺達も、慌ててマックスとシリウスに飛び乗り、街道の外の草原に飛び出して軍団に道を譲った。
「逃げたぞ!」
「ええと、あ! 待て! そうだ。て、抵抗するなら、容赦しにゃいろ!」
あ、あの兵士……盛大に噛んだぞ。
うん、勇ましい見掛けの割に、ビビってるのが丸わかりだな。剣先とかめっちゃ震えてるし。
呑気にそんな状況分析をしていて、さっきの兵士の言葉を今更ながら理解した。
「ええ? ちょっと待て! もしかして、今の言葉って俺達に向かって言ったのか?」
隣では、ハスフェルも呆気にとられたように彼らを見ている。
「なあ、もしかして俺達って敵視されてたりする?」
「みたいだな……」
なんとかそう答えたハスフェルは、次の瞬間堪えきれずに吹き出した。
「おいおいお前ら、幾ら何でもこの扱いは酷いぞ。こいつは正真正銘本物の魔獣使いで、連れているのは全部彼がテイムした魔獣だよ。言っておくが、彼も上位冒険者だぞ」
「ええ? ハスフェルさん。そうなんですか?」
兵士の一人が驚いたようにそう叫んで、鎧の兜を取った。
案外若いその青年が、手にしていた剣を腰に戻して、後ろの兵士達にも剣を納めるように指示を出した。
ガチャガチャと賑やかな金属音を立てながら駆け寄って来た彼を見て、ハスフェルはシリウスの背の上から飛び降りた。
「ヒューズ。久し振りだな。おうおう、ちょっと見ないうちに偉くなったようだな」
ヒューズと呼ばれたその青年は、思いっきり大きなため息を吐いた。
「今の言葉、信じて良いんですか?」
不安げなその声に、ハスフェルは大きく頷いた。
「彼と彼が連れている従魔達については、上位冒険者である俺が責任を持って保証する。安心しろ。皆こう見えて大人しい従魔達だよ」
その言葉に、俺は慌ててレスタムの街のギルドで作ってもらったカードを取り出した。
ハスフェルがこっちへ来て俺の手からギルドカードを受け取り、ヒューズと呼んだ兵士に渡してくれた。
「確かに、レスタムの署名の入ったギルドカードですね」
ギルドカードを確認した兵士は、そのカードを俺の所まで持って来てくれた。
「大変失礼しました。城門から入って来た何人もの村人達が、巨大な魔獣が街道にいると、何とかしてくれと揃って詰所に駆け込んで来て大騒ぎだったんです。とにかく遠眼鏡で確認したところ、行列の先に、確かに魔獣が複数匹いるのが確認出来たので、それでこんな事になったんです。本当に申し訳ありませんでした」
申し訳無さそうにそう言われてしまって。俺はカードを受け取ってもう笑うしかなかった。
「誤解が解けたなら良いですよ、もう。ええと、それで街へ入っても良いですか?」
これで街へ入るのお断りです、とか言われたら悲しいな。なんて呑気に考えて聞いたら、ヒューズは城門を振り返った。
「ええ、もう確認しましたから大丈夫ですよ。どうぞお入りください。ああ、それから一つ質問なんですが、ケンはこの街は初めてなんですよね」
「あ、はい。初めて来ました」
「レスタムのギルドカードをお持ちでしたが、アポンでもご登録頂けますか」
目を輝かせてそう言われて、俺は当然そのつもりだったので頷いた。
「ええ、そのつもりですよ。何か問題ありますか?」
「いえ、腕の良い冒険者は大歓迎ですよ。それなら特別割引券をお渡ししますので、街へ入ったらすぐ横にある詰所に行ってください。連絡しておきます」
あ、なんか聞いた覚えがあるぞ。確か、新しい街へ行ったら新規特典があるとかって話だったな。
「それでは失礼します!」
鎧の軍団は、一斉に並んで敬礼して、またしてもガチャガチャと賑やかな音を立てながら、走って街へ戻って行った。
彼らの様子を見て、草原に逃げ込んでいた人達も、ソロソロと戻って来ている。
城門の受付も再開されたようで、ようやく進み始めた新しい行列を見て、俺達も急いで列に並んだ。
だけど俺達の前後左右は、綺麗にポッカリと空間が空いていたよ。うん、初対面だとうちの従魔達の大きさは確かに怖いかもな。なんか悔しい。皆良い子なんだぞ!
よし、街の中では絶対にこいつら全員連れ歩いてやる。怖くないんだって事を思い知らせてやるぞ。
密かな決意を胸に、大人しく行列に並ぶ事しばし。
ようやく俺達の番になったが、さっきのヒューズが手を上げて何か言ってくれたおかげで、俺達はそのまま街の中へ入る事が出来た。
「詰所はあそこだ。そこで言っていた割引券をもらってギルドへ行って手続きすれば使えるぞ」
ハスフェルの言葉に、何の割引だか知らないけどせっかくだから貰ってくる事にした。
詰所の前でマックスから降り、ファルコは肩に乗せたまま詰所を覗いた。
「あ、魔獣使いの方ですね」
俺を見て、肩に留まっているファルコを見た中にいた兵士が、慌てたように一枚の紙を持って来てくれた。
「これです。所定の宿泊所が割引価格で泊まれますので、お使いください」
お礼を言って受け取り、見てみる。
ギルドの宿泊所を始め、街にあるいくつかの宿屋の名前が書かれていて、ギルドでサインをもらったら使えると書いてあった。
「成る程ね。それじゃあまずはギルドへ行って手続きするよ。俺はギルドの宿泊所でも構わないけど、ハスフェルもそれで良いか?」
俺の言葉に、ハスフェルは頷いた。
「もちろん構わんよ。と言うか、恐らくだが街の宿屋は、この大きさの従魔は泊まらせてくれないと思うぞ」
シリウスの背中を叩いて、ハスフェルは苦笑いしている。
「やっぱりそうか。レスタムでもそう言われたもんな。じゃあ、またギルドの宿泊所に世話になるか」
のんびり歩きながら肩を竦める俺に、ハスフェルも歩きながら笑っている。
「従魔と一緒だと宿に困るんだよな。ギルドのある街は良いが、小さな村だったりすると、下手すりゃテント生活だからな」
「あ、確かにベリーと初めて会った小さな村では、俺は村長の家の前でテントを張って寝たな」
「だろう。魔獣使いにはテントは必須だぞ」
「街の中では、しっかりした屋根のある家で寝たい!」
「天気なら良いが、雨が降ったら最悪だからな」
ハスフェルの言葉に、俺は力一杯頷いた。寝てて服が水浸しになるって、ちょっとした悪夢だよな。
そんな話をしながら、ハスフェルの案内で歩いていた俺達は、到着したギルドの大きな建物の前で立ち止まった。
「ここだよ。じゃあ先ずは、お前さんの追加登録の手続きをしてしまおう」
シリウスを連れて、平然と正面にある大きな両開きの扉を開いたハスフェルの後ろを歩きながら、ここでもマックス達を見て大騒ぎされる未来しか予想出来なくて、なんだかちょっと悲しくなった俺だった。




