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もふもふとむくむくと異世界漂流生活  作者: しまねこ


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バターシュガーとメロンパン

 次の日の朝、少し寝坊して目覚めた俺が見たのは、遠慮がちに俺の腕をふみふみしているタロンだけだった。

 テントの中にシャムエル様は現れず、外に出て確認したが、何処にもテントが無い。どうやらハスフェルもまだ戻って来てはいないみたいだ。

「朝には戻るって言ってたのにな。まあ仕方がない。何か食ったら片付けて出発しよう」

 大きく伸びをするとまずはテントに戻り、脱いでいた防具を身に付けた。

 サクラに綺麗にしてもらってから、まずはタロンに鶏肉を出してやる。

 大人しく座ったタロンが嬉しそうに食べるのを見て、俺は屋台で淹れてもらったコーヒーをカップに注いで残りをサクラに返し、タマゴサンドを取り出して食べ始める。

「うーん、一個じゃ少し足りないか。何を出してもらうかな」

 俺は少し考えて、サクラに頼んでメロンパンを出してもらった。残りのコーヒーと一緒にのんびりメロンパンを食べた。うん、これで満足だな。


 手早く片付けて、机と椅子をたたみ、テントもサクラとアクアに手伝ってもらって綺麗に片付ける。

「それじゃあ、ゆっくり行くとするか」

 マックスには外していた鞍を取り付け、一応、シリウスにも鞍を取り付けておいた。

「それじゃあよろしくな。のんびり行くとしよう」

 マックスの首を叩いて、俺は背中に飛び乗った。ゆっくり、並足ぐらいの速さで進む。



 しばらく進んでいると、不意にマックスの足が止まった。

「ん? どうした?」

 思わず前を覗き込んだ。

「ご主人、ハスフェル様がスライムが欲しいって仰られてましたよね」

「ああ、そう言ってたな。もしかしてこの辺りにいるのか?」

「ええ、あちこちにいますね。その目の前の茂みにも数匹隠れていますよ」

「捕まえといてやるか」

 そっと音を立てないように、マックスの背から降りる。

 手前の茂みが、確かにガサガサと音を立てている。

「この辺りだな」

 剣を抜いて、そっと影の見える茂みを叩くと、いきなりスライムが飛び出して来た。

「ほらよっと!」

 バットでボールを打つ要領で、剣を横にして面でひっぱたく。スポーンと間抜けな音がして、スライムが茂みの中に勢い良く吹っ飛んで行った。

「さて、何処ですか? スライムは?」

 茂みをかき分けていると、足元に小さくなって震えているスライムを発見した。

 しかし、俺の姿を見たスライムは、慌てて伸び上がるとそのまま逃げようとしたのだ。

「こら、逃げるなよ」

 上から掴んでやると、一瞬嫌がるようにしたので、左手で軽く叩いておにぎりを握るみたいに、そのままモミモミしてやった。大人しくなったので、掴んで俺の顔の高さまで持ち上げる。

「お前、俺の仲間になるか」

「はい! よろしくです! ご主人!」

 突然光り出したのがすぐに収まってから、妙に可愛い子供の声でそう答える。どうやらこいつは男の子みたいだ。

「ええと、じゃあお前の名前はミストな。よろしくミスト。とは言っても、お前は俺じゃなくて俺の知り合いの所へ行くからな。いい奴だから可愛がってもらえよ」

 そう言いながら右手の手袋を外して、ミストのプルンプルンの頭に右手を置いて、俺のスタンプを押してやった。

 また光った後元に戻った時には、いつもの俺の紋章が額に刻まれていた。

「よろしくねー! アクアだよ」

「こっちはサクラー! よろしくね」

 スライム達が三匹並んでいると妙に可愛い。仲良く話をしている三匹を見て和んでいると、不意に耳元で声が聞こえた。

「あ、スライムをテイムしたんだね。それってもしかしてハスフェル用?」

 俺の右肩に唐突に現れたシャムエル様は、三匹目のスライムを見て感心したように笑っている。

「おかえり、もう仕事は終わったのか?」

「うん、大体終わったよ。もうすぐハスフェルも戻ってくるから、悪いけど何か食べさせてやってよ」

「了解、この天気ならテントはいらないな。机と椅子だけ出しておいてやるか」

 しかし周りを見渡すと、この辺りは膝上まである深い草地だ。

「ちょっと足場が悪いな。マックス、何処か昼飯を食えそうな所を探してくれるか」

 シャムエル様を肩に乗せたまま、そう言って背中に乗る。

 スライム達は三匹並んでニニの背中に飛び乗った。

 全員定位置にいるのを確認してから、スライムのいた茂みを後にした。



「あ、テイムはしたけど、能力の付与なんて俺には出来ないから、そこは何もしてないぞ」

 早足のマックスの背中で、俺はスライムを見ながらシャムエル様に話しかけた。

「ああ、それは大丈夫だよ。彼もその程度の能力の付与は出来るから、スライムを渡してあげれば自分で出来るからご心配無く」

「そっか、それならいいよ」

 話をしている間に、マックスは林を抜けた先の草原で止まってくれたので、一旦背中から降りた。

「サクラ、小さい方の机と椅子を出してくれるか。ええと、それから後は、紅茶のセットと食パンな。あ、バターと砂糖も頼むよ」

 ハスフェルの分は、何が欲しいか聞いてから出してやろう。

 コンロでお湯を沸かしていると、すぐ近くの茂みが急にガサガサと音を立てた。

「何かいるのか?」

 手を止めて、慌てて腰の剣に手をかける。


「これは紅茶の香りだな。ケン、すまないが腹が減ってるんだ。何か食わせてくれ」

 そんな事を言いながら茂みから出て来たのは、いつものハスフェルだった。

「了解。しっかり食うなら、トンカツかな?」

「ああ良いなあ。あ、それならそのパンで挟んだやつが良い。チーズも付けてくれ」

「じゃあ作るから座って待ってろ」

 横で待ち構えているサクラに、トンカツとモッツァレラチーズ、マヨネーズ、それから野菜も取り出してもらう。

 分厚めに食パンを切り、手早くマヨネーズを塗り、チーズと野菜も挟んだカツサンドを作ってやった。食パンの耳は切らない派だ。分厚いのを二つ作ってやったから、これだけあれば足りるだろう。

 それぞれ半分に切ってお皿に並べてやった。蒸らした紅茶も、それぞれのカップにたっぷりと注ぐ。

「はいどうぞ、ご希望のカツサンドだよ」

「ありがとう。いただきます!」

 嬉しそうに分厚いカツサンドを頬張る彼を見て、俺は自分用の食パンを切った。

 そこに、柔らかくなったバターをたっぷりと塗り、その上にグラニュー糖を振りかける。

 俺が子供の頃によく母親が作ってくれた、シンプルバターシュガーだ。

 食パンは焼かない。そのまま大きな口を開けて噛り付いた。

「そうそう、これだよ。懐かしいなあ。たまに、不意に食べたくなるんだよな」

 頬に、バターと砂糖が付くが気にしない! これは、大口開けて豪快に齧り付くのが良いんだよ。


 あっと言う間にカツサンドを平らげたハスフェルが、俺が食っているバターシュガーを見ている。

「美味そうだな。食ってからでいいから、俺にもそれ、作ってくれるか」

「あれ、足りなかったか?」

 食べるのをやめて彼を見ると、ちょっと照れたように頷いた。

「出来ればもう少し食べたい」

「カツサンド?」

「いや、今ケンが食ってるそれが良い」

「人が食べてると、美味そうに見えるんだよな」

 笑った俺は、先に手早くバターシュガーを作ってやった。

「口の周りがバターまみれになるけど、気にしないで食うのが良いんだよ」

 渡してやると笑って頷き、大きな口を開けて噛り付いた。

「うん良いなこれ。甘いのが欲しい時には頼むよ」

「甘いのが良いなら、メロンパンもあるぞ」

「メロンパン? 何だそれは」

 バターシュガーを頬張りながら、不思議そうにしているので、一つ出してやった。

「これ、レスタムの街のパン屋の新作だって時に見つけたんだけど、全然売れなかったらしいんだ。だけど、これって俺の元いた世界のメロンパンっていう菓子パンにそっくりでさ。売るなら朝じゃ無くておやつが欲しくなる午後からにした方が良いんじゃないかって言ってやったんだ。そうしたら大繁盛したらしくて、二度めにあった時に、アドバイスのおかげだって言われてお礼にたくさんもらったんだ」

「うん、これも美味いな。確かにこれはお菓子としても食べられそうだ」

「だろ? まあ食いたくなったらいつでも言ってくれ」

 残りのバターシュガーを食べようとしたら、シャムエル様が、ものすごい勢いで俺の頬を叩いた。

「だから、そのちっこい手で叩くと痛いんだって」

 慌ててそう叫ぶと、シャムエル様は手を止めてこっちに手を伸ばした。

「あ、じ、み! あ、じ、み!」

「ああ、はいはい。これが食いたいわけね」

 苦笑いした俺は、食べていたバターシュガーの真ん中の柔らかいところを少し切ってやった。

「ハスフェル、すまないけどそれ、それ、ちょっとだけ切ってくれるか」

 小さなお皿を見せると、彼は笑ってメロンパンの端っこのカリカリの所を手でちぎって渡してくれた。

 いつもの盃に、紅茶も少し入れてやる。

「はいどうぞ」

「わーい、これはどっちも初めて食べるね」

 嬉しそうに、バターがたっぷり塗られた食パンを手で掴んだ。

「それ、後でスライムに綺麗にしてもらえよな。バターでベタベタだぞ」

 しかしシャムエル様は笑って顔を上げた。

「ご心配無く、私も浄化は使えるからね」

 そのドヤ顔がちょっとムカついたぞ。


「ああ、これ美味しい! ケン、さっきのバターのも美味しかったし、これも美味しい!」

 メロンパンの端っこを掴んで齧りながら、シャムエル様は大興奮している。

 まあ、言いたくなる気持ちは分かる。

 メロンパンの端っこって、確かに美味いよな。真ん中のカスカス感が全部吹っ飛ぶくらいに。

「気に入ったなら、また出してやるよ」

 笑った俺は、最後のバターシュガーを口に放り込んだ。


 良いお天気の下、俺はいつもの光景に密かに安心したよ。

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