新たな能力とブラウンハードロック狩り
見覚えのある雑木林を過ぎ、遥か先にあった森が近くなってくる。
前回よりも余裕のある俺は、周りを見回しながら景色を見て楽しんでいた。
森の奥、岩石が転がる、これまた見覚えのある場所に出た。
見たところ火山地帯っぽい岩だらけの広場だが、俺の目には色の違う石がゴロゴロ転がっているように見える。
「到着だな。おお、前回よりも増えてるんじゃないか?」
マックスの背中から降りて、広場を見回して思わずそう呟くと、右肩にシャムエル様が現れてポンと目の前の地面に飛び降りた。
「そうみたいだね。あ、じゃあこれはもうあげるから、使い終わったらアクアに持っててもらうと良いよ」
そう言って、前回使ったデカいハンマーを取り出して渡してくれる。
うん、色々貸してもらえて有難いんだけど、毎回毎回、それをどこから取り出してるのか気になって仕方がないよ、俺は。
苦笑いしてハンマーを受け取った俺は、肩に担いで顔を上げた。
「じゃあ、俺がぶっ叩くからあとはよろしくな。あ、ニニは狩りに行って……」
振り返った俺は、見えた光景が理解出来ずに言葉が途切れた。
あれ? ニニが二匹になってるぞ?
ん? どゆこと?
目を擦ってよく見たが、どう見てもやっぱり二匹に見える。
しかも、奥のは柄が無い。全身真っ白なニニなのだ。
白猫? なんだ、タロンか……ん?
「ええ! ちょっと待って。お前、タロンか?」
大声を出した俺は、間違ってないと思う。
だって、白猫といえばタロンのはずだが、どこから見ても大きさがおかしいだろう。あれ。
「だって、ブラウンハードロック狩りなんでしょう? それなら、あの大きさでは歯が立ちませんから」
真っ白な巨大猫に当然の事のように言われてしまい、俺は思わず考えてしまった。
あれ、これって普通の事なのか?
ひとり大混乱する俺を放置して、巨大猫二匹は仲良く並んで身構えている。
「なあ、どういう事? 俺の目がおかしいんじゃ無いよな?」
目の前で俺を見ているシャムエル様に助けを求めて話し掛けると、不意にかき消えて、また俺の肩に現れた。
「だから言ったでしょう。タロンはケット・シーなんだからね。こんなの当然だよ」
「ええと、そのケット・シーってのは、ジェムモンスターみたいに大きくなったり小さくなったりするわけ?」
「そうだよ。幻獣は自らの大きさを変える事が出来るんだよ。あれはジェムモンスターとは違って、術の一つだけどね」
「術? 魔法みたいなものか?」
フランツも言ってたな。自分は術者だって。
「ああ、君のいた世界ではそう言うんだね。うん、同じだよ。マナの力を借りて、物質自体を変化させるんだ」
ほお、そう言う意味なのか。うん、さっぱり分からん。
「まあ、残念だけど、君には適性が無かったから関係ないけどね」
あ、それはちょっと悲しいかも。せっかくの異世界なのに、魔法は使えないんだ。
残念そうな俺を見て、シャムエル様はまた何やら考えてブツブツ言っている。
お願いします!
ここは大サービスで、俺にも魔法を使えるようにしてください!
思わず手を合わせて拝んでいると、顔を上げたシャムエル様は、そんな俺を見て不思議そうに首を傾げた。
「何してるの? じゃあ、大サービスね。一枚引いてくれる?」
そう言って、数枚のカードを広げて差し出したのだ。
だから、毎回毎回どこから出すんだよ、それ!
「ええと、じゃあこれお願いします」
とにかく一枚引いて渡すと、受け取ったシャムエル様はカードを返した。
「あ、氷のカードが出たね。じゃあ手を上に向けて前に差し出してくれる。あ、両手ね。手袋はそのままで良いよ」
どうやら何かしてくれるみたいだ。期待に胸を膨らませた俺は、ハンマーを足元に立てて言われた通りに手を上に向けて前に差し出す。
シャムエル様が、伸ばした俺の腕を通って掌に乗る。そして俺の右の掌を叩いた。
「氷の適性を与える。望む時に凍らせろ」
そして、隣の左掌に飛び移ってまた叩く。
「氷の適性を与える。望む時に氷を溶かせ」
そして、顔を上げて俺を見た。はい、ドヤ顔いただきました!
「人間が持てる適性は一つだけなんだ。君は氷の適性だよ。やってごらん『ロックアイス』って、右手を出して言ってみて」
「ロックアイス!」
言われた通りに、そう言った途端、右の掌に直径30センチほどの大きな氷の塊が現れた。
「重っ! なんだよこれ!」
慌てて手を離すと、巨大な氷の塊は地面に落ちて転がったが、割れる様子が無い。
「砕けろ、って言ってみて」
シャムエル様に言われて、復唱する。
「砕けろ。うわあ! 砕けて粉々になった!」
思わず叫んだ通り、俺の言葉に反応して、足元にあった氷がいきなり親指の爪ぐらいの大きさに砕けたのだ。
「溶けろって言ってみて」
もう、この後の展開が読めて、頷いた俺は深呼吸して復唱した。
「溶けろ!」
すると予想通りに、砕けた氷は見る間に溶けて水になり、そのまま乾いた地面に吸い込まれて無くなってしまった。
「そのまま置いておけば、普通の氷みたいにゆっくり溶けて無くなるからね。あ、この氷は食べても大丈夫だよ。純粋な水だから味は無いけどね」
つまり、これがあれば氷入りのドリンクが作れるのか。それはちょっと嬉しいな。
「有難うございました。大事に使います」
これは本気で嬉しかったので、ちょっと改まってお礼を言ってみた。
「やだなあ、もう。照れるじゃないか」
俺の言葉に、シャムエル様はちっこい手で顔を覆って照れている。可愛いな、おい。
「他には、氷を出して思いっきり投げる、なんて荒技もあるよ。この氷は、君が知ってる氷よりも硬いんだよ。だから、当たると相当のダメージになると思うよ」
頷いた俺は、試してみる事にした。
「ロックアイス!」
右手に、また大きな氷の塊が現れる。それをそのまま思いっきり岩に向かって投げつけてやった。
鈍い音がして、見事に命中した氷は真っ二つになって地面に転がる。
そして、当たった方の岩は、ひび割れてまわりが砕けて落ち、あのアルマジロもどきが姿を現したのだ。
自分で投げておいて言うのもなんだが、本気で驚いたよ。
ハンマーでぶっ叩くのと変わらないぐらいの衝撃って、怖すぎだろう。
真っ白なニニ改めタロンが、大喜びで飛びかかって柔らかな腹側に噛み付く。
一瞬後に、ジェムになって転がった。
「分かった?」
「よおく分かりました。使いどころを間違えないようにします」
これって、うっかり人に向かって投げた日には、確実に殺人犯決定だよ。うん、気をつけよう。
大きく深呼吸した俺は、立ててあったハンマーを改めて持ち上げた。
「ええと、じゃあまた、順番に狩りに行って来いよ」
マックスとニニは、俺の言葉に顔を見合わせて、ニニが頷いた。
「じゃあ、先に行かせてもらうね」
そう言うと、嬉しそうに森へ走って戻って行った。
「ファルコ、お前は?」
左肩に留まっているファルコにそう言ったが、先にこっちをやりたいらしい。一声大きく鳴いて、大きな翼を広げて飛び立ち、上空で旋回を始めた。
「じゃあ、まずは俺が頑張れば良いわけだな!」
そう叫んで、力一杯目の前の岩をぶっ叩いた。
ファルコが急降下してきて、現れたブラウンハードロックを捕まえてそのまま上昇した。
勢いをつけて投げ落とすのを横目で見ながら、俺はどんどん色の違って見える岩を叩いて回った。
時々手が痛くなってくると、アクアかサクラに頼んで水薬を少しだけ出してもらい、手を擦り合わせて濡らす。もうそれだけで痛かった掌は完全復活するんだよ。本当にもう凄すぎだね、この万能薬。
昼過ぎになり、狩りを終えたニニが戻って来るまで、俺は必死になってひたすら目の前の岩を叩き続けていたのだった。




