タロンの食事について
ぺしぺしぺし……。
「はいはい、起きるから……待って……」
ぺしぺしぺしぺし。
妙に懐かしい柔らかさに目を開くと、そこにいたのは真剣な様子で俺の頬を叩いているケット・シーのタロンだった。
「あはは、何だか懐かしいと思ったらお前さんだったのか」
いつもニニにしていたように、両手で顔を挟んでおにぎりを作るみたいに揉んでやる。
目を細めて喉を鳴らすその様子は、全くの猫そのものだよ。
「なあ、ケット・シーって猫と何が違うんだ?言葉を話すってのは別にしてさ」
枕元にいたシャムエル様に尋ねると、こいつ何を言ってるんだ? みたいな顔をされた。
何だよ、拗ねるぞ俺は。
「じゃあ逆に聞くけど、言葉を話すのは凄い事だとは思わないの?」
質問を質問で返されて、ちょっと考える。
「まあそうか。確かに凄いか……」
腹筋だけで起き上がって、膝に乗って来たタロンを撫でてやる。
「でも、うちの子達はみんな話すんだもんな」
上から俺を覗き込むニニの首に抱きついて、もふもふを堪能する。
「さて、起きるか」
大きくニニと揃って伸びをしてからベッドから降りる。
まずは顔を洗って準備したら、屋台で朝飯だな。
今日も全員揃って俺の朝食の為に広場の屋台へ向かう。
「おう、おはようさん。コーヒーで良いか?」
すっかり顔なじみになった、コーヒーの屋台で、マイカップにコーヒーをたっぷり入れてもらう。
俺がパーコレーターで淹れるより、何故だか美味いんだよな。
「あ、そうだ。ここでピッチャーにコーヒーを入れてもらったら良いんだよな」
良い事を思いついた俺は、屋台の爺さんに鞄からピッチャーを取り出して見せた。
「なあ、これにたっぷり入れてもらったら幾らになる?」
頷いた爺さんがピッチャーを受け取って、中に水を入れ始めた。あ、何杯入るか数えてる。
「二十杯分入るな、銀貨二枚だがどうする?」
「じゃあそれで頼むよ。そこらで飯を食って来るから、あとで取りに来るからよろしく」
銀貨を二枚取り出して渡す。
「了解だ。じゃあ準備しておくよ」
新しいコーヒーをセットしながら笑顔になる爺さんに手を振って、一旦移動する。
「あ、美味しいタマゴサンド発見」
以前も買ったタマゴサンドを買って、広場の端でゆっくり味わって食べる。
うん、やっぱりこれは間違いなくマヨネーズだよな。よし、あとで聞いてみよう。
タマゴサンドとコーヒーを食べてから、もう一度さっきのタマゴサンドの屋台へ戻る。
丁度人がいないタイミングだったので、聞いてみる。
「あの、すみません。ちょっとお伺いします」
「おや、さっきの人だね。どうした?」
手を拭きながら振り返った年配の女性に、俺はマヨネーズの事を聞いてみた。
「これはうちで作ってるけど、玉子を売っている店なら大抵は置いてるよ、それほど日持ちがしないから、買うなら気をつけてね」
「鶏肉屋か! うう、気が付かなかったよ。じゃあとで行ってみよう」
屋台のおばさんにお礼を言って、また残っていたタマゴサンドを全部もらう事にした。だって美味しいんだからさ。
肉の店が並ぶ通りへ行って鶏肉を売ってた店で聞いてみたら、簡単に見つかったよ、まさしく俺の求めていたマヨネーズが。
出されたそれは、硝子の瓶に入ってて可動式のワイヤーで固定された蓋がしてある。これは、雑貨屋とかで見た事のある瓶だな。
良さそうだったので、大きなのを五個まとめて買ったよ。これで色々使えるね。
お店の人に、日持ちはしないけど大丈夫かとずいぶん心配されたけど、大丈夫です、問題無い。
途中の店で、気になったものを買っていて気が付いた。うん、全体に果物が乏しい……。
街の皆さん、ごめんなさい。それ、多分俺のせいです。
何だかいたたまれなくて、もう引き上げる事にした。
コーヒー屋に立ち寄り、淹れたてのコーヒーの入ったピッチャーをもらう。
平らな口の部分に、木製の乗せるだけだけど蓋を付けてくれた。
「まあ、冷めたらミルクを入れて一緒に温めても美味いぞ」
お礼を言ってピッチャーを受け取って、一旦宿泊所へ戻る。
買った荷物を整理してサクラに順番に預けて、ちょっと考えてアクアに頼んで、ブラウンハードロックとピルバグのジェムを、それぞれ100個ずつ取り出してもらった。
「街の役に立ってるらしいからな。なあシャムエル様。ブラウンハードロックって、まだいるよな?」
「もちろんたくさん増えてるよ。行く?」
「ああ、これは高く売れるし、役に立つみたいだからもう少し集めておこうかと思って。今なら薬があるから、マメも怖く無いしさ」
「じゃあ、もう出掛けるの?」
嬉しそうなその声に、ジェムの入った袋をサクラに預けて鞄の中に入ってもらう。
「そうだな。ギルドにこれを買い取りに出したら、そのまま出掛けようか。あ、お前らはどうする?」
ベリーは今日もギルドマスターと勉強会らしい。タロンも、あの小ささを考えるとジェムモンスターと戦うのは危険だろうから、今日はベリーと一緒にいてもらうべきかもしれないな。
あ、そういえば、タロンは何を食べてるんだ? ふと思いついて慌てた俺は、足元にいたタロンを抱き上げた。
「なあ、お前は何を食べるんだ? ってか、すまん。昨日から何も食ってないだろう?」
「お肉とか卵とかですね。お魚も食べますよ。そうね、ケンが食べてるもので、味の付いてないのを少しもらえればそれで十分よ」
成る程、タロンは普通の猫みたいな感じでいいんだな。じゃあ、鶏肉かな?
サクラに頼んで、ハイランドチキンの胸肉を一切れ出してもらう。木製のお皿を一つ、ナイフで切り目を入れて目印にしておき、これをタロン用の食器にする。
「量はどれくらいいる? このままで大丈夫か?」
鼻をヒクヒクさせていたタロンは、嬉しそうに目を細めた。
「塊なら、その半分ぐらいも有れば充分です」
おう、本当に猫ぐらいしか食べないんだ。
ナイフで半分に切ってやり、残りはサクラにタロンの分だと言って預けておく。
嬉しそうに食べるのを見て、ちょっと俺も嬉しかったよ。うちの子たちは皆自力で食料を確保するから、食事の心配をする事自体久し振りな気がしたね。
身繕いするタロンをニニの背の上に乗せて、俺達はまず隣のギルドの建物へ向かった。
買い取りカウンターに並んだ瞬間、奥からギルドマスターが出てきて、俺を列から引っ張っていつもの倉庫へ連れて行った。
「今日は何を売ってくれるんだ? ほら出せ。何でも喜んで買うぞ」
大きなトレーを取り出して、満面の笑みで見つめられて笑っちゃったよ。
「ピルバグとブラウンハードロックを100個ずつお願いします」
俺の声に、またしても奥から爺さんたちが駆け出してきた。
分かったから落ち着いて。期待に満ち満ちた目で並んでじっと見られると、圧が凄いからさ。
苦笑いして、鞄から取り分けていたジェムを袋ごと取り出して机に置く。
歓声を上げた爺さん達が、寄ってたかって大騒ぎしている。
「今から出掛けて来ますので、帰ったら精算してください」
「了解だ。準備しておく」
預かり明細を渡されて、笑顔のギルドマスターと一緒に、果物を積んでいた倉庫へ向かった。
何でも、あの爺さん達も元冒険者で爺さんの仲間らしく、彼ら全員、副ギルドマスターなんだそうだ。
ベリーの事は、彼らには話してあるらしく、今日は一緒に勉強会をするんだって。
タロンに確認すると、俺達と一緒に行くと言うので、タロンはニニの背中に乗る事になった。
首輪に爪を引っ掛けてると、落ちる心配は無いらしい。まあ、猫だからね。
倉庫でベリーをギルドマスターに会わせて後を頼み、俺達は外へ出る。
城門を出て街道をしばらく進んで、途中から街道を離れて草原を一気に駆け抜ける。
今日も良いお天気だね。風が気持ち良いよ。
さてと、頑張って資金稼ぎの為にブラウンハードロックをぶっ叩くとするか。




