ジャム作り
「今回は、リンゴとぶどうでジャムを作る。さっき残しておいたリンゴも使うぞ」
そう言われて、さっき鍋に入りきらなくて残しておいたリンゴを見る。少し色が変わっているけど、まあ大丈夫なんだろう。
「ぶどうは、小さな種ならミキサーにかけて仕舞えば大丈夫なんだが、今回はタネが大きいから取っていくぞ」
そう言って、さっきのジュースを作った時の柔らかくなったぶどうを手に取り、一つずつ種を取り出し始めた。
俺も慌てて横から手伝った。
「へえ、柔らかくなっているから、手で押したら簡単に取れますね」
「硬いままだと、こんな種取り機もあるんだけどな。案外面倒だから、こっちの方が結局早い」
手を洗って、引き出しから不思議な道具を見せてくれた。
ホッチキスみたいな形で、半円形になった下側部分の真ん中には穴が開いていて、上側には真ん中に太い針が突き出している。
「ああ、なるほど。ぶどうをここに入れてこれで挟めば、この針に押されて真ん中の種が下の穴から落ちるんですね」
「そうそう、これは主にサクランボの種を取るのに使うものだよ。でも真ん中に種のあるものならなんでも使えるぞ」
納得して、置いてあった新しいぶどうをひと房取り、大粒の実を一つ挟んでみる。
「で、これを閉じる!」
ホッチキスを閉じる様に、上下を握って閉じると、下の穴からスポッと種が落ちた。
「おお、なんか面白い!」
思わずそう言うと、そんな俺を見てマギラスさんは笑っている。
「じゃあせっかくだから、それひと房分の種を取ってくれるか。こっちはお前の分もやってやるからさ」
俺の分の煮たぶどうの鍋を手にマギラスさんがそう言ってくれたので、そっちは任せて俺はせっせと種取りに精を出した。結構握力がいるけど、これも楽しい。
「これは、アクア達に頼める作業だな」
机の上で、俺の手元を面白そうに見ているシャムエル様に小さな声でそう言うと、シャムエル様は顔を上げて楽しそうに笑った。
「そうだね。かなり手伝ってもらえそうだね。だけど、ケンがちゃんと作り方を理解してないと指示出来ないもんね。頑張ってしっかり覚えてね」
頬をぷっくらさせながらそんな事を言うものだから、ちょっと笑ったよ。
「さて、これで仕込みは出来たな。それじゃあジャムを作ろう」
その後、マギラスさんからジャム作りの説明を聞いて、俺はあまりの衝撃に気が遠くなった。
だって、知ってた?
ジャムって……普通に売ってるジャムって、果実の量と同量の砂糖が入ってるって!
ううん、これはパウンドケーキのレシピを知った時以来の衝撃だぞ。
あまりの衝撃に無言になる俺を見て、マギラスさんはさっきからずっとしゃがみ込んで笑っている。
「だから、ジャムは食べすぎるな、なんてよく言われるんだよ。だけど、今回はこれだけの甘さがあるからそこまで入れないよ」
「ええと、ちなみに……どれくらい入れるんですか?」
天秤を取り出して、鍋の中身の重さを測りながら少し考えている。
「そうだな。果実の量の……三割くらいかな」
並んだ二つの鍋には、俺の分とマギラスさんの分の林檎とぶどうのジュースの残りが入っている。
別のボウルには、俺が種をとった追加のぶどうもある。
ううん、少なくしても三割の砂糖……。
「まあだけど、ジャムなんて一回に食べる量は大した事は無い。そこまで気にするほどじゃないよ」
それでも、用意された山盛りの砂糖を見ると、やっぱりちょっと気が遠くなるよ。
「今回は、ブドウはそのまま煮る。大粒のぶどうをそのまま丸ごとジャムにしたら美味いぞ。今回はこの木べらで常に鍋底を擦る様に混ぜ続ける事、強火で一気に炊き上げるから、絶対に焦がさない様にな」
あ、大粒の果物が丸ごとって確かにちょっと贅沢感あるかも。
そんな事を考えながら、煮立ってきた鍋にまた出てきた泡をすくいながらせっせと鍋をかき混ぜ続けた。
「おお、綺麗なジャムが出来た!」
もう良いと言われて火を止めた時、鍋の中には艶々の見事なジャムが出来上がっていた。
アシスタントの人が用意しておいてくれた煮沸消毒した瓶に、出来立ての熱々のジャムを入れて蓋をする。こうしておけば冷めたら密閉状態になるから、かなり保存出来るんだって。
「だけど、今回は砂糖の量が少ないから、蓋を開けたら保存はあまりきかないぞ」
「あ、それは大丈夫です。保存も出来ますので」
「そうか、ハスフェル達は収納と保存の能力持ちだったな」
自分の分を、綺麗な瓶に入れながら納得した様に頷いている。
あ、俺が持ってるって……。
机の上のシャムエル様が笑って首を振るので、俺は黙って口を噤んだ。
その後は、今度は俺が申し出て洗い物をしたよ。ちょっと鍋の縁についたジャムが焦げていたけど、力入れて擦ったらあっという間に綺麗になった。
おお、ピカピカの銅の鍋っていいなあ。よし、どこかで探そう。せっかく潤沢にある資金だ。これくらい贅沢しても許されるよな。
洗った鍋を言われた場所に片付けていると、机の上に置いたジャムビンの横にシャムエル様が現れた、
「ねえ、このジャムはまだ食べないの?」
「駄目だよ。まだ熱々だから火傷……する?」
「ケンは、私が誰だかすぐに忘れるみたいだね」
呆れた様にシャムエル様に言われて、小皿に取り分けておいた、試食用のジャムを見せた。
「それはそのままいただいて帰るよ。だから食べるならこれな」
目の前に置いてやると、嬉しそうに目を輝かせたシャムエル様は、どこからともなく一切れのパンを取り出した。おい、それって何処から出したんだよ。
「ここにお願い!」
「はいはい、ちょっと待て」
スプーンですくったジャムを、パンにたっぷりと乗せてやる。
「ううん、これは美味しいね。朝のメニューが増えたね」
「そうだな、トーストにこれを乗せるだけでも充分美味そうだ」
俺の言葉に大きく頷き、またパンを齧る。
頬を膨らませながらパンを齧るシャムエル様は堪らなく可愛かった。
器用にジャムをこぼさずパンを齧るシャムエル様を見て和んでいると、不意に聞こえた声に俺は硬直した。
「誰と話をしてるんだ?」
思わず振り返ると、マギラスさんが真っ直ぐにシャムエル様がいる机を見ている。
正確には、明らかにスプーン一杯分減ったジャムの乗った小皿を。
まずい。もしかして……今の見られた?
シャムエル様がもしも見えていたら、俺は厨房にペットを連れてきた最低な奴になるし、もし見えていないのなら、何もない空間にジャムを塗って話しかけていた俺は、はっきり言ってただの変な奴になる。
あ、これ、どう転んでも駄目なやつじゃん。ちょっと本気で詰んだかも……。




