誰が一番怖い?
「おい、どこへ行くんだ?」
こっそり広場の端へ逃げようとした所をハスフェルにみつかってしまい、肩を竦めた俺は、恐る恐る振り返った。
「いやあ、どう考えてもあんなデカいの相手に俺が戦力になるとは思えないからさ。それならいっそ、邪魔にならないように、端っこで料理でもしていた方が良いかと思って……」
ハスフェルは無言で俺を見て、振り返って悠々と歩く巨大な恐竜達を見た。
「何を甘い事言ってる。毎回逃げてばかりだと腕が鈍るぞ」
「いや、だから俺だって相手見てちゃんと戦ってるって! アレは無理。ってかそもそもお前ら、あのデカいの相手に、一体どうやって戦うつもりなんだよ」
必死で顔の前で手を振り、無理アピールをする。
「ハスフェル、今回もケンには無理だって。無茶言わないでやってよ」
笑ったレオとエリゴールが、意外な事に俺の味方をしてくれた。
「おお、分かってくれるか!」
思わぬ加勢に喜んでいると、大真面目にレオとエリゴールはハスフェルに向かってこう言ったのだ。
「ハスフェル、よく考えろよ。俺達が恐竜退治を楽しんでる間に、彼には美味い飯を作ってもらう方が、絶対皆幸せになれるぞ」
「そうだ、俺はもう不味い携帯食なんて食いたくない」
レオの言葉にしみじみと妙に実感のこもった声でエリゴールがそう追加すると、ハスフェルも苦笑いして頷いた。
「確かになあ。俺も、久々に食った携帯食のあまりの不味さに本気で嫌になったからな」
「だろう? ここは適材適所でいくべきだって」
「分かった、じゃあ……あ、そこなら水が湧いてるから使えるんじゃないか?」
ハスフェルが指差し場所には、確かに小さいが綺麗な水が湧き出しているのが見えた。
「アレって、飲める水?」
肩に座ったシャムエル様に聞くと、顔を上げて泉を見たシャムエル様は笑顔で頷いた。
「うん、もちろん。綺麗な良い水だよ」
「了解、じゃあここで俺は料理をする事にするよ」
誤魔化すように笑ってそう言い、とにかく水のある場所へ急いで向かった。
何故か、全員が俺について来る。
「ええと、もしかして腹減ってる?」
全員無言で頷くのを見て、笑った俺は大小の机と椅子を取り出して組み立てた。
「確かに、そろそろ昼飯だな」
地下にいるから正確な時間は分からないんだけど、多分昼はとうに過ぎてると思う。
「そうそう、これよ。これが食べたかったのよ!」
「ああ、美味しい……体に染み渡るわ」
涙ぐみながらシルヴァとグレイが、黙々と出してやったサンドイッチを食べている。
特にシルヴァなんか、両手にタマゴサンドとカツサンドを持って、交互に食べているくらいだ。
だけどそれは、ちょっとさすがに行儀が悪いと思うぞ、おい。
サンドイッチ各種以外にも、唐揚げやポテトラダ、野菜なんかも色々出してやり、俺はいつもの卵サンドとベーグルサンド、それから唐揚げとポテトサラダを取って、ホットコーヒーをマイカップに入れて席に着いた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜じっみ!」
またしても妙なリズムで踊りながらお皿を振り回している。
「はいはい、シャムエル様はタマゴサンドだな」
笑ってタマゴサンドの真ん中を切り取って、唐揚げひとかけらとポテトサラダもちょこっとだけ取って、お皿に並べてやる。
「ドリンクはホットコーヒーな。あ、ベーグルサンドは食べるか?」
野菜と茹で鳥が入ったベーグルサンドを見せると、目を輝かせて頷くので、こちらも真ん中の具がたっぷり入った所を切ってやる。
「はいどうぞ。召し上がれ」
「わーい。今日はタマゴサンドとベーグルサンド」
大喜びでタマゴサンドに齧り付くシャムエル様を見て、俺もベーグルサンドに噛み付いた。
デザートのイチゴを出してやり、俺も少しもらって食べながら、何を作るか考える。
「さて、何にするかな?」
各種材料は大量にある、しばし考えて自分が食べたいものをまずは作る事にした。
「ええと、玉子とご飯、具は鶏肉と玉ねぎ、それからグリーンピースもどきだな。後はケチャップ。よし全部あるな」
最後のイチゴを口に放り込み、食べ終えてすっかり寛いでいる神様軍団を見る。
「やっぱりケンの作ってくれる飯は美味いわい。さてと、ではただ食いにならぬように、我らも働くとしようか」
オンハルトの爺さんの声に、全員が返事をして次々に立ち上がった。スライム達があっという間にそれぞれのお皿を綺麗にして片付ける。
「じゃあ行って来るよ。ここは守っておくから心配いらないぞ」
レオとエリゴールがそう言うと、取り出した大きな槍をいきなり何本か離れて地面に突き立てた。
丁度、俺がいる壁際の水場の周りを半径5メートルくらいの半円状に囲むみたいな位置だ。
「この槍より外には出ないでね」
平然とレオが言うので、俺は半ば呆然としながら頷いた。
料理は水場と机の上で出来るから、まあ確かに中にいろと言われれば大丈夫だ。
「ええとこれって……?」
「まあ、君の安全の為の囲いだよ。それじゃあ夕食楽しみにしてるね」
満面の笑みでレオがそう言うと、皆も笑ってあっという間に走っていってしまった。
「ああ、行っちゃったよ。しかしこんなので本当に大丈夫なのかね? でもまあ、神様が大丈夫だって言うんだから……きっと大丈夫なんだよな?」
見たところ、2メートル間隔くらいで槍が地面に突き立っているだけで、紐が張られているわけでもない。
首を傾げつつ、手早く机の上を片付けて、まずはサクラに手を綺麗にしてもらう。
今はスライム達はバラけている。アクアとサクラはいつもの大きさで、それ以外のカラー七色はソフトボールくらいの大きさになって好きに転がっている。
強火用のコンロを取り出し、大きなフライパンも取り出す。
「ええと食材は、グラスランドチキンの胸肉と、玉ねぎ、グリンピースもどきと生卵と炊いたご飯な。後はオリーブオイルとケチャップも頼むよ」
俺の言葉に、サクラが返事をしてどんどん取り出してくれる。
「あ、大きめのお皿も出してくれるか」
追加で買った、陶器のお皿も取り出しておく。
それ以外にも色々と調理用の道具を取り出した俺は、まずは玉ねぎとグラスランドチキンの胸肉を手にした。
「アクア、これ全部みじん切りにしてくれるか、出来たらここにな」
大きめのお椀と一緒にアクアに玉ねぎを渡し、サクラにはグラスランドチキンの胸肉を小さくサイコロ状に切ってもらう。
「じゃあ、まずはケチャップライスを作らないとな」
コンロに火を入れて、まずはフライパンでみじん切りの玉ねぎをしっかりと炒める。火が通ったらお皿に取っておき、そのまま次は鳥の胸肉を炒める。オリーブオイルはたっぷりな。
鶏肉に火が通ったら、軽く塩胡椒をしてからこれもさっきのお皿にとっておき、もう一度オイルを追加して軽く空焼きしてから炊いたご飯を炒める。
フライパンを揺すりながら、ご飯がバラバラになったらさっきの玉ねぎと鶏肉を投入、強火で一気に炒める。
いったん火を消してケチャップをたっぷりとかけて、火をつけてもう少し炒める。
綺麗に絡まれば、ケチャップライスの完成だ。
「あいつらなら、玉子三個?いや、四個は食うかな?」
生卵を手に考える。
さすがに玉子四個のオムレツはどうかと思うので、玉子三個で作ってみる事にした。
「アクア、ここに玉子三つ割ってくれ……」
卵を割ってもらおうと思って大きめのお椀を渡すのに振り返った時だった。
先ほどから、聞こえない振りをしていたんだが、地響きのような振動と、象が十匹ぐらい同時に鳴いているような物凄い鳴き声があちこちからしていたのだが、遠かったんだよ。
それが突然、すぐ近くで大きな咆哮が聞こえて俺は飛び上がった。
「ええ、近い! 近いって!」
慌てて振り返った俺は、悲鳴を上げることも出来ずに固まった。
戦える従魔達は全員ハスフェル達について行ってしまい、ここにいるのはシャムエル様とスライム達だけだ。
それなのに、物凄い地響きとともに現れたそいつは、真正面から俺を見ていたのだ。
うわあ、長い首を伸ばしてこっちを見ているあの顔だけでも、俺より大きいって。
巨大な恐竜が、地響きを立てて一気にこっちへ向かって来るのを、俺は動く事も出来ずにただ呆然と見ている事しか出来なかった。
「ひええーーーーー!」
恐竜の顔がすぐ近くまで来て、ようやく悲鳴は出たが、今更なんの慰めにもならない。
弾き飛ばされる覚悟で、とにかく顔を守るように腕を上げてしゃがみ込む。
しかし、物凄い轟音と共に、弾け飛んだのは恐竜の方だった、
さっき、レオ達が突き刺してくれた槍のラインで、光る壁のようなものが一瞬現れて、巨大な恐竜の突撃を阻んでくれたのだ。
「おお、すっげえあの恐竜の突進を阻んだぞ」
座り込んだまま、震える声で何とかそう呟く。
「ごめんよ。一匹そっちへ行ったね!」
巨大な槍を振り回したエリゴールとレオが、慌てたようにこっちへ走って来る。
そのままの勢いで、手にした巨大な槍を恐竜の足に突き立てたのだ。
耳が破れそうな物凄い咆哮が響き、地響きを立てて恐竜が逃げる。
逃げる際に、振り返った大きな尻尾が思い切り振り回されて俺達のいる場所をなぎ払ったが、またしても光の壁が発動して尻尾を弾き返してくれた。
「ね、分かったでしょう? そこは絶対大丈夫だから安心して料理してね。あ、今回は手伝えなくてごめんね!」
手を上げた満面の笑みのレオにそんな事を言われて、俺は地面に座り込んだまま、壊れたおもちゃみたいに何度も頷いていた。
「何あれ、あの巨大なのと槍で戦ってるのかよ。巨大恐竜よりそっちの方が怖いって」
大きく身震いした俺は、何とか立ち上がって椅子に座った。
「はあ……うん、今のは忘れよう。俺の精神衛生上良くないよな」
言い聞かせるように呟くと、俺は改めてアクアに卵を割ってもらって半熟トロトロオムレツを作った。素早くお皿に取って、サクラに預ける。
地響きを立てる景色から必死で目を離し、俺は壁の方を向いてせっせと半熟オムレツを作り続けた。




