東アポンのギルドでの一幕
「おお、そんなに時間は経っていないのに、なんだか懐かしいぞ」
デッキに出て見覚えのある東アポンの港の景色を見ながら、思わず俺はそう呟いた。
「まあ、君にとっては旅の始まりの地域だからね。なんならレスタムの街にも顔を出してみたら? きっと喜んでくれると思うよ」
手すりに座って同じように景色を眺めるシャムエル様にそう言われて、俺は初めてこの世界で目を覚ました時の事を思い出していた。
「本当に、自分の身に何が起こったのかさっぱりわからなくて、本当にどうしたらいいのか分からなかったんだよな……それが今では、こんなに馴染んでいるんだもんな。いやあ、人生、何があるか分からないよな」
手すりにもたれかかり、小さく呟きため息を吐いてそう呟く。
右肩の定位置に現れたシャムエル様が頬を撫でてくれるのに笑ってもふもふ尻尾を突っつき返し、下のデッキから岸に向かってロープを投げる大柄な船員を眺めていた。
無事に接岸が完了して、部屋付きの執事さんの案内で、俺達はまた一般とは別のタラップから港に降り立った。
ギルドカードを提示して、そのまま街へ出る。
俺達を見て騒めく人々を見て諦めのため息を吐いた俺達は、出来るだけ平然とそれぞれの従魔達の手綱を引いて素知らぬ顔で街へ出て行った。
「どうする? 宿を取るならギルドにお願いするべきだよな」
すっかり暗くなった空を見て、ハスフェルは苦笑いしている。
「まあ、今から狩りに出るのもなんだからな。じゃあ一泊だけ宿を取るか」
「そうだな。顔を出さずにそのまま素通りしたら、後で文句を言われそうだ」
ギイの言葉に、俺達三人は顔を見合わせて乾いた笑いをこぼした。
レオ達は、俺達からちょっと離れて歩いて来ている。
まあ、あっちも無駄に高い顔面偏差値のおかげで、俺達とはまた違った意味で大注目になっているんだけどね。
「おやおや。ハンプールの英雄のお越しだよ」
からかうようなディアマントさんの声に、ハスフェルが笑顔で手を挙げた。
「なんだよ。ハンプールの噂がここまで聞こえてるのか?」
「当たり前だろうが。魔獣使いの冒険者達が10連勝を阻んだって、こっちでも大騒ぎだったんだからね」
あの大騒ぎを思い出して、俺は遠い目になって黄昏てました。
「来てくれて嬉しいよ。今回は何泊するんだ?」
俺の様子に気付いたのか、笑いながらディアマントさんが話題を変えてくれた。
「すまんが一泊だけだ。それより、ジェムが大量にあるんだけど必要か?」
ハスフェルが、俺を指差しながら笑っている。
「人を指さすんじゃねえよ。ええと、ハスフェルの言う通りで、大量に色んなジェムがありますけど、この辺りのジェムは足りてますか?」
「ハンプールで、ジェムの一般販売が解禁になったんだってな。こっちも、そろそろ解禁になってるよ。だけど、まだまだ余裕があるとは言えないね。あるのなら何でも喜んで引き受けるよ。何があるんだ?」
「いや、あのあと色々ありましてね。はっきり言って、現状持ってないジェムを探す方が難しいような状態なんですよ。じゃあ一般販売用ならこの辺りですかね?」
単価の低いものを中心に、昆虫系と兎系のジェムを適当に一つずつ取り出す。
「もう好きなだけ買って頂けますけど、どうしますか?」
ディアマントさんは、無言で並べたジェムを見つめる。
「じゃあ……全部千個ずつ貰おう。亜種は?」
「ええと……あ、ありますね。そもそも亜種が無いのもありますけど」
「有る分だけで良いよ。じゃあそっちは五百ずつ貰おう。恐竜のジェムは? 船舶ギルドと西アポンで売ってくれたんだろう?」
身を乗り出した状態でにんまりと笑顔でそう言われて、俺は思わず仰け反った。
ディアマントさん、笑顔の圧が凄いですって。
「もちろんありますよ。どれにしますか?」
在庫を減らしてくれるのなら、正直大歓迎なのでそう言うと、ディマントさんは笑顔で大きく頷いた。
「じゃあ奥で話そう。来ておくれ」
待っていてくれている神様軍団を振り返ると、全員が笑って手を振ってくれている。
「おや、知り合いか? ずいぶんと豪華な団体だね」
ディアマントさんが呆れたようにそう言って笑っているけど、まあその感想は間違ってないと思う。
馬は外に待たせているみたいで、立っているのは彼らだけなんだけど、はっきりって周りから完全に浮いてます。
そこだけスポットライトが当たってるみたいです。特に、グレイとシルヴァの二人!
そして今回も彼女達のすぐ隣に立って、彼女達を見て騒めく冒険者達を無言で威圧するオンハルトの爺さん。
そして、当然彼女達はそんな周りはガン無視で、肩に乗せた小さくなったスライム達とたわむれている。
「ええと……」
横目でハスフェルを見ると、彼は笑って肩を竦めた。
「俺の古い友人達だよ。まあ、あまり深く追求しないでいてくれると有難いな」
何やら含んだ言い方に、ディアマントさんはちらりとハスフェルを見て、頷いた。
「了解だ。お前さんの知り合いならそう言う事なんだろう? じゃあ、何も聞かないよ。悪いがちょっと待っててもらってくれ」
笑って首を振ると、手招きして以前も行った別の部屋に案内された。
ハスフェルが、念話で何か言ったみたいで、神様軍団は壁際の椅子に座って、勝手に寛ぎ始めた。
「じゃあ出しますね」
案内された見覚えのある部屋で、出されたトレーに大量のジェムをガンガン出していく。
恐竜のジェムも、ディアマントさんに確認しながら、トライロバイトのジェムと素材の角を始め、中級程度までのジェムと素材と各百個から千個程度で買い取ってもらう事で話がまとまった。
買い取り金は、俺の口座にまとめて振り込んでもらうようにお願いしたんだけど、預かり明細をもらい、また幾らになるのか考えてちょっと気が遠くなったよ。
「これって何とかしてお金をまとめて使う方法を考えないと、俺の口座に無駄に金が増えるだけになるぞ」
いくら食品を買い込んだところで、使う金額なんてたかが知れている。
「だけど、定住する予定はないから家を買ってもあんまり意味が無いし、人に貸すってのもなあ……」
なんて贅沢な悩みだとは思うけど、これは今後は考えていかないと駄目かもな。
「それなら心配いらないよ。多分、お前さんはバイゼンへ行けば大喜びするだろうから、もしかしたらあそこに家が欲しくなるかもな」
俺の呟きを聞いていたハスフェルにそう言われて、驚いて顔を上げた。
「ええ? バイゼンって、今のところ最終目的地になってる工房都市だよな? 何々? そんなに面白い所なのか?」
にんまり笑ったハスフェルは大きく頷いた。
「まあ楽しみにしていろ。あそこへ行けば、欲しい物が沢山あると思うから、心ゆくまで買い物を楽しむと良いよ。俺も何なら便乗させてもらうからな」
「ああ確かに、ケンはバイゼンに行ったら大喜びしそうだな。良いんじゃないか。何処かに家を買って、定住の地を定めてもさ。別に家を買ったからと言って、それで冒険者を辞める必要は無いわけだし。帰る家が有るってのも良いもんだと思うぞ」
二人からそんな事を言われると、工房都市がどんな所なのか、めっちゃ気になって来た。
「そうなのか? じゃあ楽しみにしてるよ。あ、いっそクーヘンみたいにデカい家を買って皆で住むってのも有りかもな」
半分冗談、半分本気でそう言うと、突然頭の中に大歓声が聞こえた。
『良いじゃないそれ! 絶対やりましょうよ!』
『それなら私達も協賛するわよー!』
『俺も出すぞ!』
『俺も俺も!!』
『俺も喜んで出すぞ!!』
頭の中で拍手喝采する神様軍団に、俺は思わず立ち上がって叫んだ。
「待てって、勝手に人の話を聞いて協賛するんじゃねえよ」
突然立ち上がって叫んだ俺に、ハスフェルとギイが揃って吹き出し、ジェムを見ていたディアマントさんと周りにいた副ギルドマスター達が驚いてこっちを見たまま、揃って何事かと固まっていた。
唐突に我に返った俺は、誤魔化すように笑って大人しく座った。
それを見たハスフェルとギイが、二人して大笑いしている。
取り敢えず、机の下で二人の足を蹴飛ばしておいたよ。




