いつもの日常
「それじゃあおやすみー!」
「また明日ね。お買い物、楽しみだわ」
好き勝手言って、完全に俺をおもちゃにして遊んでいた美女二人からようやく解放された俺は、もう心底疲れ切って、ニニにしがみついてもふもふに癒されていた。
明日は、まず朝市に買い出しに行ってみようと思っていると言ったら、なんと彼女達が朝市を見てみたいから一緒に行くと言い出したのだ。
で、当然俺の意見はガン無視され、屋台で何か食べたらそのまま一緒に朝市に行く事になってしまったのだ。
はい。完全に、最初から最後まで彼女達のペースで押し切られました。
「いやあ、面白かったな」
「全くだな」
ハスフェル達は、完全に面白がってる。
「もう疲れたから、今日は早めに休むよ。で、明日は朝市でまずは食材の買い出しなんだけど……お前らはどうするんだ?」
「俺はもう一日、クーヘンの店に行くよ。まだ追加で持って来る品物が幾つかあるらしいから、値段のつけ方や考え方について、もう少し講義してやろうと思ってな。お主らはどうする?」
「それなら俺達もそっちへ行こう、まだ工事はしているんだろう? 力仕事なら手伝えるぞ」
オンハルトの爺さんの言葉に、ハスフェルとギイも笑って手を上げた。
「それなら俺もそっちへ行こう。こう見えて掃除は得意なんだ」
エリゴールがそう言って笑うのを見て、俺は慌てた。
「待って! 俺一人で、彼女達の面倒を見ろってか?」
彼女いない歴イコール年齢の俺に、そんな無理クエやらせるんじゃねえって。
まだ予定を言っていないレオの腕を掴む。
レオは俺を見て、俺が掴んだ腕を見た。
「仕方ないなあ。じゃあ僕は買い出しに付き合ってあげる。朝市で、良い品の見分け方なんかを教えてあげるよ」
おお、さすがは大地の神様。ありがたや。
思わず手を離して拝んでしまった俺は、間違ってないよな?
ようやく全員が各自の部屋に戻り、机の上を片付けた俺は、手早く装備を脱いで手と顔を洗ってからサクラに綺麗にしてもらった。
「もう疲れたから休むよ。今夜もよろしくお願いします」
その言葉に、可愛い声で鳴いたニニが、ヒラリとベッドに上がった。
「はい、どうぞ」
笑ってニニのお腹に潜り込む。背中側にマックスが横になりいつものようにサンドされる。枕元には、ウサギコンビが中サイズぐらいになってくっついて来る。それを見て、フランマが素早く俺の腕の中に潜り込んできた。
おお、俺の愛するもふもふパラダイスの完成だよ。
「ありがとうな。じゃあおやすみ」
付けっ放しだったランプは、姿を表したベリーが指を鳴らしただけで一斉に真っ暗になった。
「お疲れ様でした。明日に備えてしっかり休んでくださいね。健闘を祈りますよ」
からかうような声で言われて、真っ暗な中に俺とベリーの笑い声が響いたのだった。
タロンとソレイユとフォールの猫族軍団と、モモンガのアヴィはベリーと一緒だ。タロンとフランマが、俺の腕の中を取り合いっこしているくらいで、最近は、ほぼそれ以外は誰と寝るかが確定している。
慣れ親しんだもふもふ達に埋もれた俺は、あっという間に眠りの国へ旅立っていった。
明日の事は……明日考えよう。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
「ふあい……起き……ます……」
胸元にいたふわふわの塊に抱きついて顔を埋めながらなんとか返事をする。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
不意に意識がはっきりした俺は、首筋を舐められる前に慌てて腕立ての要領で起き上がった。
「ああ、ご主人起きちゃった」
「もう、私達が起こしてあげるのに」
背中に乗り上がりかけていた二匹が、そのまま背中に飛び乗って文句を言っている。
「いやいや。お前らの舌はマジで痛いんだって。人間の皮膚は弱いんだから労ってくれよ」
起き上がって座った俺は、そのまま膝に上がってきた二匹を順番におにぎりの刑にしてやった。
「やっぱり猫とは、骨格が違うよな」
タロンの顔をおにぎりしながらそう呟く。
レッドグラスサーバルキャットのソレイユは、ミニサイズだと、タロンよりも若干面長っぽい程度でそれほど変わらないのだが、レッドクロージャガーのフォールは、ミニサイズになっても明らかに下顎が大きい。骨格も三匹の中では断トツに太くて頑丈だ。一匹だけ、こいつ絶対猫じゃないだろうオーラが半端ないんだよな。
「でも、遠目に見ると一気に猫っぽくなるんだよな」
そう言って笑って、タロンの背中から尻尾まで一気に撫でてやった。
「さて、起きるとするか」
そう呟いて大きく伸びをした俺は、水場で顔を洗っていつもの如くサクラに綺麗にしてもらってから、ベッドに腰掛けて手早く身支度を整えていった。
「もうすっかり、この装備にも慣れたな」
ぼんやりと胸当ての金具を締めながらそんな事を考えていると、ハスフェルから念話が届いた。
『おはよう。もう起きてるか?』
『ああ、おはよう。今準備が終わったところ。どうする?もう出掛けるか?』
『昨夜あれだけ食っておいて、腹が減ったとシルヴァがうるさいから早く行こう』
笑みを含んだハスフェルの声に、俺も小さく吹き出した。
『あの小柄な身体のどこに、あれだけの量が入ったんだろうな。見ていて不思議だったよ』
『全くだな。それじゃあ廊下へ出てるよ』
ハスフェルの気配が消えたのを確認して俺は立ち上がった。
出掛ける前に、タロンにハイランドチキンの切り身を出してやる。
「お前らはいらないのか?」
「まだ大丈夫だよ。今度狩りに行ったら、また捕まえてきてあげるね。グラスランドチキン、美味しかったでしょう?」
「おう、確かに美味かったよ。よろしくな。でも、まだ在庫はあるんだし無理はしなくていいからな」
「ご主人優しい」
笑ったソレイユは、手を伸ばした俺の掌に頭を突っ込んできて撫でろと要求する。
「はいはい。でももう出掛けるからまた後でな。あ、ベリー、フランマ。果物いるか?」
庭に見える揺らぎに向かって声を掛けると、お願いしますと答えが返ってきた。
「ここに一箱出しておくからな」
取り出した大きな木箱の中には、色んな果物がぎっしりと入っている。
「お前らも食っていいからな」
振り返って声を掛けてやる。
ベッドには、まだ丸くなったままのニニと、ウサギコンビ、それからソレイユとフォールが仲良く丸くなって、見事な猫団子ウサギトッピング状態になっていた。
ニニの上で仲良く並んで丸くなっていたウサギコンビが、俺の声に嬉しそうに顔を上げて振り向いた。
「ありがとうございます」
「後でいただきますね」
「おう、それじゃあ行ってくるよ。留守番よろしくな」
声を掛けてやると、ニニが顔も上げずに尻尾で返事をするのが見えた。
「ニニはお寝坊さんだな」
笑ってマックスの首を叩いてやり、俺はマックス達と一緒に廊下へ出ていった。
左肩にはファルコ、マックスの上に乗せた鞍に、ミニラプトルのプティラが留まっている。
モモンガのアヴィは俺の左腕にしがみついている。サクラはいつもの鞄の中、アクアはマックスの背中に乗っている。
「おはよう、じゃあ行くか」
出ていった廊下には、全員が揃っていた。
宿泊所の横にある厩舎で、預けていた馬達を引き取り、そのまままずは朝食を食べるために広場の屋台に向かったのだった。
時折俺達を見て話し掛けてくる人がいる程度だ。
そうそう。こんな風な、のんびりな日常が良いよ。
もう、騒動はしばらくごめんだね。




