大満足の料理と神様達の本音?
「いやあ、しかしよく食ったね」
空になった皿が積み上がるワゴンを横目で見て、それからまだ、追加で頼んだデザートのケーキを嬉々として平らげている女性二人を見て、俺はちょっと遠い目になったよ。
最初のうちは、白ビールとすぐに運ばれてきた生ハムやチーズ、それからサラダなんかを前に、のんびり話をしながら食べる事が出来た。
しかし、しばらくして注文していた料理が出来上がり始めると、広かった机の上は何だかんだで大変なことになっていった。
おいおい、どれだけ頼んだんだよ。と、突っ込みたくなるくらいに、次から次へとひっきりなしに運ばれてくる豪華な料理の数々を呆気に取られて見ていると、しっかりといただきますをした神様軍団とクライン族チームは、机に並んだその豪華料理の数々をあっと言う間に食べ尽くしていった。
それはもう、見ていて気持ち良くなるくらいの見事な食べっぷりだったよ。
ってか待て。その鶏肉の前菜みたいなやつ、俺はまだ取ってないのにもう無くなったぞ。
途中から、完全に出遅れている俺を気遣って、係りの人が先にいろいろと取り分けてくれたおかげで、俺も食いっぱぐれる事なく無事に腹一杯になるまで料理を楽しむ事が出来た。
もう途中からは、俺が食べたい料理は勝手に自分で注文したりもしていた。
いやあ、さすがにプロの料理人は違うね。
俺が普段作っているのは、間違いなく素人が作る適当家庭料理だよ。
ここの料理は、見かけはもちろんだが、なんと言うか味に深みがある。どうやったらこんな料理が作れるのか、もうただただ感心して心ゆくまで料理を楽しませてもらった。
特に、煮込み料理は最高に美味しかった。
「このビーフシチューも、マジで分けてくれないかな。もし分けてくれるのなら、一番デカい鍋に入るだけ入れてもらうのになあ」
食べ終えたビーフシチューの皿を見ながら、思わずそう呟く。
「ビーフシチューですか? 当店では配達も行っておりますので、前もってご注文頂ければご希望の人数分お作りする事も可能ですよ」
俺の呟きを聞いた支配人のステファンさんが、背後から小さな声で教えてくれた。
「出来るんですか!」
思わず体ごと振り返って椅子の背にしがみ付いて身を乗り出す。
「はい、ただご希望の料理によっては仕込みに数日かかる場合もございますので、数名程度なら大丈夫ですが、十人分以上をご希望の場合は、五日前迄にご注文いただけるよう願いしております」
「あの、鍋を渡しますので、そこに入るだけ入れてもらうとかって出来ますか?」
目を瞬いたステファンさんは、小さく笑って頷いてくれた。
「もちろんです、何人分入るか確認しますので、ご希望の鍋をいつでもお持ちください」
「じゃあ、後日改めて持ってきます」
「はい、お待ちしております」
にっこり笑ってくれたステファンさんは、完全に俺の言葉を軽く見ている。
後で商人ギルドに頼んで、絶対業務用の寸胴鍋を見つけてやる。でもって、それの一番大きいサイズを買うぞ。
こんなうまいシチューが手に入るチャンスを逃してたまるかってな。
そこで我に返った。それなら他の料理も分けて貰えないか聞いてみよう。
改めてメニューを見た俺は、美味しかった料理を思い出しつつ、小物入れに持っていたメモ帳に書き込んでいった。
時々、食べた料理の名前が分からずステファンさんに確認したりして、無事に欲しい料理リストが出来上がった。
完全に俺の好みのメニューになったけど、構うもんか。
で、出来上がったメモを片手に改めてステファンさんに相談した結果、俺が欲しかった料理は、どれも予約すれば出来ると言われた。
神様ありがとう。ここに俺のパラダイスがあったよ……。
食後のお酒まで満喫した俺達は、すっかり暗くなった街を、ピカピカに綺麗にしてもらった従魔や馬達と一緒にホテルハンプールを後にしたのだった。
クーヘンとマーサさん、それからお兄さん一家とは途中で別れて宿泊所に到着する。
そして何故かやっぱり全員が俺の部屋に集まる。
取り出したお酒を飲んでいるハスフェル達を見て、苦笑いした俺は自分用に緑茶を出して淹れたよ。さすがにもう、腹一杯で飲めないし食べられませんってな。
「明日からはどうする? まだしばらく肉が仕上がるまでは遠出出来ないんだろう?」
ハスフェルにそう言われて、ちょっと考える。
「さすがに、これだけ人数が増えたんで料理の減り具合が半端ないからさ。以前も言ったけど、買い出しと料理の作り置きはここでやっておきたいな。合間に、こいつらの狩りを兼ねて近場へ出てジェム集めでもしていてくれたら、俺は以前みたいにその間にキャンプで出来る料理を作るよ」
「良いんじゃないか。それなら例の地下洞窟のマッピングだけでもやっておくか」
「そうだな。入るだけなら、それほど危険もないだろうからな」
「もう、あいつは幻獣界に戻ったんだろう?」
机に座って小さな盃でワインを飲んでいたシャムエル様は、ハスフェルの問いに頷いた。
「の、筈だよ。無事に界を渡ったのは見届けたから、きっと今頃自分の洞窟でのんびり惰眠を貪ってるって」
満足気なため息を一つ吐いて、シャムエル様は笑って大きく頷いた。
「本当にびっくりしたもんね」
「あれは無いわ、本気で死ぬかと思ったわよ」
シルヴァとグレイの会話に、俺は驚いてシャムエル様を見た。
「なあ、ちょっと聞くけど神様も死ぬのか?」
こっちを見て驚いて目を瞬いたシャムエル様は、シルヴァとグレイを振り返って納得したように頷いた。
「今の肉体の死っていう意味なら、まあ死ぬね。歳だって取るよ。だけどはっきり言って、暗黒竜くらいじゃ無いと殺せないと思うけど。だけど正確に言えば、これはあくまで入れ物であって、例えば、シルヴァが死んでもシルヴァ自身が消滅するわけじゃ無いよ」
また分かったような、さっぱり分からんような話になったぞ。
「だけどそれだと、もしもシルヴァの肉体が死んで、また新しい体を作って戻って来たとしても、見た目は別人な訳? それとも、全く同じに戻れるのか?」
俺の質問に、無言になったシャムエル様は、かなり考えて、机に出してあったつまみのチーズを見た。
「例えばだけど、このチーズはケンが切ったんだよね?」
唐突な質問に、苦笑いして頷く。
「ああ、それはレスタムの街で買ったチーズだな。そうだよ。何も無いのも寂しいだろうと思って、ついさっき、俺が切ってやったチーズだな」
いつもよりもやや小振りに切った残り数切れのチーズを見て答えると、シャムエル様は笑顔で頷いた。
「例えば、このチーズを完璧に同じ大きさ、同じ形に切る事が出来るなら同じ姿で帰って来られるね」
今度は俺が無言になる。
「つまり、何も無い所から一から全部作らなきゃならないその身体の場合は、言って見ればオーダーメードみたいなものだから、この世で唯一の存在な訳だ」
「まあそういう事。似せて作る事は出来るけど、上手くいっても双子程度だね」
成る程な。それなら俺の感覚では死んだと考えて間違いないよ。
「頼むから、皆、俺より先に死なないでくれよな」
苦笑いしてそう言うと、いきなり立ち上がったシルヴァとグレイが駆け寄って来て両側から抱きついて来た。
突然ですがモテ期第二弾キター!
脳内でファンファーレが鳴る。
「もちろんよ。そうそう死なないから安心しなさい」
「どっちかって言うと、その台詞はそのままケンに返すわよ。この中で、一番簡単に死にそうなのは、絶対確実にケンだと思うもんね」
しかし、抱きつかれた左右の二人から、バッサリと断言されて、俺はちょっと涙目になったよ。
「そうよ、私達に無断で、勝手に死んだりしちゃ駄目だからね」
グレイが俺の左腕を抱きしめてそんな事を言ってくれる。
あの、いわゆるソレが……当たっておりまする!
「そうよ。いざとなったら私が呼んであげるからね」
シルヴァも右手に抱きついてそう言っているが、若干厚みはその……まあなんだね。
思考が完全にピンク色になりかけた所で、気になるフレーズに我に返った俺は、思わずシルヴァを見た。
「呼ぶって何処へ?」
「ええと……」
聞き返されるとは思っていなかったようで、誤魔化すように目を逸らして笑って肩を竦める。
「シルヴァずるい! 独り占めは駄目よ!」
「そうだぞ。これは放置出来んぞ」
「そうだそうだ!」
グレイだけでなく、ハスフェル達男性陣までもが全員揃ってそう言っている。
「ええ、そこまで責められる事?」
「そりゃあそうだろう。最初に仲間になったのは俺だぞ」
ハスフェルがなぜかドヤ顔でそう言うと、いつの間にか肩に座っていたシャムエル様が立ち上がって俺の耳を引っ張った。
「残念でしたー!ケンは、私が最初の仲間だもんねー!」
「それは狡いわ!」
「そうよそうよ。そんなの当然じゃない」
何やら俺を完全に蚊帳の外に置いて、俺が死んだ後、どうするかで揉めているよ……。
まあ、全員が笑いながらの会話だから、多分本気じゃないんだろうけどさあ……。
美女二人に両腕に抱きつかれたまま、自分の死後を考えてちょっと本気で遠い目になった俺だったよ。
うん、これも全部まとめて明後日の方向へぶん投げておこうな。
主に、俺の精神衛生上の理由で。




