作り手の思いと値段設定
「まあこんなところだな。どうだ?」
机の上と足元には、ヘイル君が追加で持って来た今ある全部の在庫の品物が詰まった箱が山積みになっている。
実際の品物を前にして、オンハルトの爺さんが一から価格設定をやり直してくれたらしい。
どうやら最後の一つが終わったようで、大きく伸びをしながらそう言った爺さんの声に、クーヘンとルーカスさんは書き直された手元のリストを見つめて無言のまま固まっていた。
「これだけの値段で売れれば、確かに有難いですが……あの、こんな強気の値段をつけて本当に売れますか?」
不安そうなクーヘンの言葉に、オンハルトの爺さんは大きく頷いた。
「大丈夫だ。良いか、ここはクライン族直営の初めての店なのだぞ。ここで無駄な安売りをすれば、世間の人達は、クライン族の作る品は品質以前にまず値段が安いとの第一印象を強く受けてしまう。出来が良くて安い、確かにそれも商売の一つの方法だろう。しかし、お主らがこれ一つ作るのに、どれだけの手間と時間が掛かっておるか考えてみよ。もっと簡単に量産出来る手段があるのなら、安売りして薄利多売で儲けるのも一つの方法ではある。しかし、これらは全て一から十まで手作りの一品物だ。そんな品を意味も無く安売りするな。己の腕を安売りするな。良いな。これは物を作る以上絶対に肝に銘じておけ」
真顔の爺さんに言われて、ようやくクーヘンとルーカスさんは笑顔になった。
「有難うございます。何よりの言葉です。確かに、最初に安売りしてしまうと、次に値段を上げると高い印象を受けますね」
納得したようなクーヘンの言葉に、横で見ていたハスフェルがニンマリと笑って彼の肩を叩いた。
「良い事を教えてやろう。王都のある程度以上の商人は、似たような品で値段が安い印象を受ける品と、高い印象を受ける品が有れば、高い方を買う傾向にあるぞ」
「ええ。普通は安い方を買いませんか?」
驚くクーヘンとルーカスさんに、ハスフェルだけでなくオンハルトの爺さんまで頷いて笑っている。
「まあ、そこは主な客層をどこに決めるかで、かなり変わるな。王都の商人なら高い品を買うと言うのは確かにその通りだ」
「あの……客層をどこに決める、とはどう言う意味ですか?」
ルーカスさんの質問に、爺さんは窓の外を見た。
「例えば、主な客を街に住む人々に絞るのなら、ここの店で売れるのは、恐らく砕いたジェムと低価格帯のジェムだけだろう。市井の人達の多くは、装飾品や指輪など、ほとんどが己には縁の無い贅沢品だと思うておるわい」
「ですから、最初はそんな方々にも手に取ってもらえるような値段にしたつもりだったんですが……」
クーヘンの言葉に、爺さんは苦笑しながら首を振った。
「それならば、こんなに手の込んだ品はいらぬ。もっと簡素で小さく簡単な作りにして、石も要らぬ。付けるとしても、もっと小さくて安い石で良い。成る程、今の言葉で分かった。お主らが作っておった物と、売りたい相手が噛み合っていなかったのだな」
呆れたような爺さんの言葉に、二人は半ば呆然と顔を見合わせている。
「こんな手の込んだ品は、要りませんか?」
「ならば逆に尋ねるが、街の人が仮にこれを値段につられて買ったとして、果たしてこれを身に付けて何処へ行くと言うのだ? これは王都の貴族達が日常的に身に付けて歩くような品々だぞ。使用後の手入れもせねばならぬようなこれらは、決して街の人が簡単に買うような品ではないぞ」
爺さんに言われて、クーヘン達は考え込んでしまった。
「成る程なあ。確かにこれは、完全に狙うべき客層を間違ってるよ」
横で聞いていて、あんなにも安い値段をつけたクーヘン達の気持ちも、そしてオンハルトの爺さんが言っている、至極ごもっともな意見のどちらも分かって、俺は小さく呟いた。
振り返ったクーヘンに、俺も大きく頷いてやった。
「俺もオンハルトの爺さんの意見に賛成だ。確かに、これ程の品なら普段使いには向かない。安い値段の装飾品を一般の人に売りたいのなら、その値段に合うような品物を作らないと手間の掛け損になるぞ」
また顔を見合わせたクーヘンとルーカスさんは、納得したようで小さく頷き合った。
「確かにそうですね。安い価格帯の品物については、もう少し考えてみます」
「そうだな。何なら安い価格帯は若い連中が作った品を当てても良い」
「ああ、それは良いかもしれませんね。連絡してそう言った品も持って来てもらっても良いかもしれませんね」
どうやら話がまとまったようだ。
納得する二人を見て苦笑いしたオンハルトの爺さんが、椅子から立ち上がった。
「さてと、話が一段落したところで、俺は腹が減ったぞ。どうする? また何か食いに行くか?」
「あ、それなら俺が料理……ええと水場がまだ使えないって言ってたな」
さすがに、水が無い場所で料理するのはちょっと無理がある。
「ええ、申し訳ありませんが、台所はまだ工事中です」
「じゃあ、作り置きでよければ提供するぞ。どうする、ここで食うか?」
「あ、それなら休憩用の部屋がありますので、そちらへ行きましょう。ここは値付けや整理用の部屋なので、飲食は禁止です」
慌てたようなクーヘンの言葉に、座って見ていた全員が立ち上がった。
まずは箱に並べられた品物を片付ける。俺達も運ぶのを手伝って、装飾品用の在庫を置く部屋に運んだ。
大きな棚に、言われた通りに在庫の入った箱を戻して行く。
箱の横に番号を書いた紙が貼ってあり。棚の番号と合わせて入れて行くのだと聞き感心した。
「へえ、在庫管理もちゃんとやってるんだな」
「そりゃあそうですよ。これらは郷の色々な人が心を込めて作ってくれた品ですから、どれ一つとして同じものはありません。それぞれに番号を振って一つずつ管理しています。売れれば、その人に、後程売上金を渡す仕組みです」
自慢気にそう言ったクーヘンは、苦笑いして値段表を見た。
「本当なら作った人に値段を決めてもらうべきなんでしょうが、彼らに付けさせると、最初の値段よりも更に桁が下がりますよ。相場を知りませんからね。分からないから任せると言われて、正直困っていたんです。どこまで勝手に付けて良いのか分かりませんでしたから」
「良かったな。大人数で迷惑かとも思ったんだけれど、連れて来た甲斐があったよ」
「ええ、本当にありがとうございます。とても勉強になりました。王都の商人達とも、これでようやく具体的な値段交渉に入れます」
「確かに、レースの後、商人達を紹介されていたもんな」
「ええ、かなり良い話も頂いていたのですが、まだ価格が決定していないと言って、最終的な話を詰めていないんです。実は、貴方にも値段について相談しようと思っていたんです」
「ええ、俺に聞かれても、そんなの絶対分からないぞ。あ、さっきの彼女達が購入希望で取り置きしてあった分だけど、俺も短剣を一つ買いたいんだ。確認しておいてくれよな」
「分かりました、確認しておきます」
嬉しそうなクーヘンに、俺も笑って頷いた。
どうやら、一番の心配事だった値段が決まって、ひと安心したみたいだ。
うん、神様軍団、邪魔かと思ったけど連れて来て良かったね。
通された休憩用の部屋に置かれていた机と椅子も、やっぱり小さいサイズだった。
まあ、普段は彼らが使うんだから当然だな。って事で、さっき片付けた俺の机をもう一度取り出して並べる。
お兄さん一家も来たのを見て、適当に作り置きの品々を机に並べて行く。
揚げ物各種、葉物のサラダとポテトサラダ、フライドポテトも出しておく。茹でた野菜や豆類、パンやサンドイッチ各種も並べておき、簡易オーブンもセットしておく。バターやチーズ各種も適当に取り出して並べておく。
野菜スープと、味噌汁も少しだけ鍋に取り分けてそれぞれコンロで温める。
いつもと同じ、俺は出すだけ、各自好きに取ってもらうスタイルだ。
並んだ料理の数々に目を輝かせるお兄さん一家を見て、小さく笑いながら飲み物を並べる。
「あ、俺はおにぎりが食いたい」
小さく呟き、おにぎりもいくつか並べて、玉子焼きや簡単漬物も並べておく。ま、これはほぼ俺用だ。
「はい、どうぞ。お好きに召し上がれ。言っておくけど、取ったものは責任持って残さず食えよ」
「はーい!」
見事に揃った元気な返事に笑った俺は、自分の分のおにぎりと唐揚げ、サラダ、それから卵焼きをお皿に取った。
お椀によそったのは、当然味噌汁だよ。
ステップを踏みながらいつものお皿を差し出すシャムエル様に、笑った俺はおにぎりを箸でちょっとだけ取り分けて乗せてやり、同じく卵焼きとサラダ、唐揚げも小さいのを一欠片並べてやった。
「わーい、今日はおにぎりと唐揚げに卵焼きー! お味噌汁付きだー!」
嬉しそうな声に小さく笑って、いつもの盃には、味噌汁をスプーンですくって入れてやった。
ご機嫌で唐揚げを食べ始めるシャムエル様を見てから、俺も自分のおにぎりを口に入れた。
大喜びでそれぞれ山盛りに取っている皆を見ながら、俺はちょっと遠い目になったよ。
相当作り置きしたつもりだったけど、この調子で食われたらあっという間に在庫が尽きそうだ。
これが終わったら、次は地下洞窟に行くんだもんな。
うん、街で時間がある限り……また料理三昧だな。




