イカの副産物とたこ焼き用のアレ
「ところで兄さん。ワタは要らねえのか?」
綺麗に捌いたイカの並んだバットを受け取ったところで、改めてそう聞かれて思わず動きが止まる。
「ワタ、ですか? あ! イカスミ!」
思わずそう言うと、店主さんがにんまりと笑った。
「おお、イカスミを知っているとは嬉しいねえ。じゃあもしかして、塩辛とかも知っているかい?」
「ええ、塩辛! あるんですか!」
もう、吟醸酒のつまみに最高の一品だよ。
「あ、でもさすがに塩辛の作り方は知らないなあ」
師匠のレシピでも見た覚えはない。
どうしようか考えていると、にんまりと笑った店主さんが奥さんに何やら合図をした。すると、こちらも満面の笑みになった奥さんが店の奥へ走って行き、大きな密閉瓶を持って走って戻ってきた。
「定期的にうちで漬けている塩辛だよ。うちは、この兄さんのイカから出たワタでまた次の塩辛を仕込むから、もし兄さんがイケる口ならこれ、定価の半額で譲るよ。まとめ買いしてくれたお客さんには、希望があれば半額でお譲りしているんだ」
「買った!」
もう、定価が幾らなのか聞く前にソッコーで返事していたよ。
魚屋が作った塩辛、そんなの買わない理由がないって!
って事で、かなり大きめの瓶を丸ごと買わせてもらった。
それからイカスミも、下処理済みですぐに使えるペースト状にしてある瓶詰めのがあるらしく、少し悩んだんだけどそっちを買わせてもらう事にした。
まあ、収納しておけばイカスミの袋も破れる心配はしなくていいだろうけど、あれ、万一破れたら大惨事確定だからなあ……。
あ、今ならスライム達がいるから、万一の事故でも大丈夫なのかな。
イカスミの入った真っ黒な瓶を見ながら、そんな事を考えた俺だったよ。
よし、とりあえずこれでイカスミパスタを作ってみよう。
あの見かけだからね。皆の反応やいかに?
「じゃあ、また来ますね!」
「たくさんお買い上げ、ありがとうございます!」
笑顔のお二人に見送られて店を後にする。
聞けば、鎧海老も入荷予定らしいんだけど、こればかりは漁の出来不出来で流通する鎧海老の数が激変するらしくて、当然そうなると値段も乱高下。
魚屋の間では、鎧海老の仕入れはある意味博打に近い扱いなんだって。
ううん、アレクさん、大丈夫かな?
その後もいろんな店を見て周り、雑魚海老や巨大車海老もガンガン買い込んだよ。
和食もいいけど、分厚く切ったバター焼きも美味しかったから、あれのアレンジも色々やってみたい。レモンバターとか、ニンニクがっつり効かせたのも絶対美味しいからな。
それから、アジやイワシも発見した。
これは、干物にしてもいいしそのまま焼いてもいい。当然ガッツリ買い込んだよ。主に俺の為にね。
ハスフェル達は、魚も喜んで食べてはくれるんだけど、見る限り、骨のある魚は苦手みたいで分厚い身の部分しか食べていなかったりするんだよな。
イワシの干物なら丸ごと食ってくれそうだけど、アジの開きなんかは、もしかしたら苦手かもしれない。
まあ、駄目なら俺が食うから問題ないんだけどね。
「じゃあ、一旦宿に戻ってイカとタコで何か作ってみるか。ううん、たこ焼きが食べたいけど、あの鉄板はどうしたらいいかなあ……」
いざとなったら、商人ギルド経由でどこかの鍛治職人さんを紹介してもらって別注っててもありかも。
そんな事を考えつつのんびりと歩いていて、何だか甘い香りが漂ってきて思わず足を止めた。
「ああ! あれは!」
まさにすぐそばの屋台で売っていたのは、いわゆる一口カステラみたいなまん丸な一品だったんだよ。
ちょっと大きめではあるが、あの鉄板、そのまんまたこ焼き用として使えるよ。
「あの、これ一皿いただけますか?」
一番大きなお皿を指差してそうお願いする。
「はい、ありがとうございます! すぐにご用意しますね」
店番をしていた若い女性が、笑顔でそう言って今まさに鉄板で転がして焼いていたそれを器用に金串で摘んで数えてくれる。
お金を払って山盛りになった木のお皿を受け取ったんだけど、お皿は要返却だったみたいなので、少し考えて、手持ちのお皿に全部移し替えてお皿は返しておく。
一つつまんでみたけど、甘くてまんま一口カステラだよ。
右肩で大興奮しているシャムエル様にも丸ごと一つ渡してやり、俺ももう一つ口に入れた。
うん、丸ごと食うと口の中がカステラでいっぱいになるよ。
もぐもぐしながらどうやって鉄板の事を聞こうか考えていると、もう一人いた強面の男性が、空いた鉄板に次のネタを流し込んで焼き始めた。
手慣れたその作業を見ながらススっと近寄っていく。
「あの、すみません。ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「ん? どうかしたか?」
「その丸い穴の空いた鉄板って、どこかで売っていたりしますか? それとも、別注で作られたんでしょうか?」
ここはストレートに聞くのがいいよな。
そう考えて素直にそう尋ねると、そのおっさんは驚いたように俺を見てからにんまりと笑った。
「なんだ。もしかして兄さん、これで屋台でも出す気か?」
「いや、商売じゃあなくて、単に料理に使ってみたいんですけど、こういう感じの丸い穴の空いた鉄板を探していたんですよ」
「ああ、それなら道具屋筋へ行けば色々売っているぞ。これは個人で使うにはちと大きいが、もっと小さめのも探せばあると思うぞ」
笑ったおっさんは、そう言って道具屋筋の場所を教えてくれた。
どうやらギルドのある通りから近い場所みたいで、武器や防具を売っている通りのすぐ横らしい。
多分、職人通りみたいな感じになっていると見た。
「ありがとうございます。じゃあ見に行ってみますね。あ、その焼けている分、全部もらっても構わないですか?」
これは甘いんだけどシンプルだから、俺でも食べられる貴重なお菓子だから買っておきたい。
って事で、手持ちの大皿を渡して入れてもらい、ご迷惑にならない範囲でまとめ買いさせてもらったよ。
笑顔のお二人に見送られた俺は、一口カステラを摘みつつたこ焼き用の鉄板を求めてその道具屋筋へ向かったのだった。




