ターポートの街
「あ、あの……」
「あ、あ、あ……」
「ええと、ええと、ええと……」
街道に入ったところで知り合った上位冒険者のパロットさん達と一緒に進み、ようやく到着したターポートの街は、この世界ですっかり見慣れた巨大な石造りの城壁に囲まれた街ではなく、若干適当感のある人の背丈よりも少し高いくらいの木製の塀に囲まれただけの、何とも長閑な街だった。
一応街に入る際に、ここだけは立派な石造りの門があり、兵隊さん達が身分証を確認していた。
素直に持っていた冒険者ギルドのギルドカードを出したんだけど、兵隊さん達は、全員が俺達が連れている従魔達を見て完全に固まってしまっていた。
「あの、こいつらは全員俺の従魔ですから大丈夫です!」
万一にも、街へ入れないなんて言われたら大変なので、必死にそう言って安全なのをアピールする。
「大丈夫だよ。この方々の安全は俺が保証する」
笑ったパロットさんがそう言ってくれたおかげで何とか復活した兵隊さん達は、揃って顔を見合わせてから大きなため息を吐いて身分証を返してくれた。
「失礼しました。ようこそターポートへ。ですが従魔達の管理は絶対にしっかりとお願いします。万一何かありましたら、主人の責任になりますので」
「もちろんです! 絶対に大丈夫ですのでご安心を!」
最後は真顔でそう言われてしまい、思わずこっちも真顔で返した俺だったよ。
そうそう、最近はすっかり無くなっていたけど、新しい街へ初めて行った時ってこんな感じでバリバリに警戒されていたよなあ。
久々の不審者扱いに、なんだかおかしくなって笑いそうになるのを必死になって堪えていたのだった。
「へえ、意外にこじんんまりした街なんだな。もっと大きな建物がバンバンある賑やかな港街かと思っていたのに」
街に入ってすぐの広場で立ち止まった俺は、周囲を見回しながら思わずそう呟いた。
そう。この街は基本的に大きな建物が少ない。
建物自体は石造りのがっしりとしたものなのだが、他の街と違って何故か背の高い建物がほぼ無い。全く無い訳ではないのだけれど、何と言うか、全体に景色が平らだ。
「海沿いの街や村は大抵こんな感じだぞ。海から吹く風が、特に冬場の海が荒れる時期は相当に強くて、石造りの建物でも大抵が三階まで。風で吹き飛ばされる危険があるから、そもそもあまり背の高い建物は建てられないんだ」
「ええ、海風が強いとは思うけど、そこまでなんだ」
「この辺りは言ってみれば陸側だからまだ少しは背の高い建物も、木造の家もあるが、海側に行けば、石造りの建物でもほぼ一階だけの建物しかないぞ」
「ちなみに、海側には木造家屋はほぼ無いな。あっても必ず、建物の陰になっていて風の影響を受けない場所に建てられているよ」
「へえ、そこまでなんだ。まあ、場所によってその辺りは色々なんだな。じゃあ、まずは冒険者ギルドへ行って登録しておかないと」
「そうだな。じゃあこっちだが……大注目されているな」
俺の言葉に頷いてそう言ったハスフェルだったが、周囲を見回して苦笑いしつつ肩をすくめた。
そう、この広場にはそれなりに人が多かったんだけど、俺達の周囲にはめっちゃ空間があり、その向こうにいる人達全員が、揃って目を見開いてこっちをガン見していたんだよ。
中には完全に逃げ腰になっている人や怯えて下がる人、明らかにドン引きしている人もいるし、中には走って逃げて行った人もいたよ。
「ううん、久しぶりのこの反応が新鮮だな。もしかしてこの辺りには早駆け祭りの噂は広がっていないのかな?」
俺も周囲を見回して苦笑いしつつそう言ってハスフェル達を見た。
「どうだろうなあ。一応ハンプールと同じ川沿いだから、それなりに噂は広がっているはずだがなあ」
困ったようなハスフェルの呟きに、ギイも周囲を見回しつつ困ったように笑っている。
「なあ、あれってもしかして、早駆け祭りに出ていた人達か?」
「ああ、そうかも。あの従魔の数は、早駆け祭りの英雄のケンさんだよな?」
その時、若干わざとらしい大声で誰かがそう言ってくれたのが聞こえて、思わず声のした方を振り返った。
そこにいたのは、明らかに上位冒険者と思われるかなりいい装備をした人達で、こっちを見て笑いながら手を振ってくれた。
「おお、そこにいるのはハスフェルじゃあないか。ギイも一緒とは珍しい」
その時、その中の一人で術士と思われる大きな杖を持った男性が、そう言いながら笑顔で進み出てきた。
「アレク。久しぶりだな」
笑ったハスフェルがそう言い、進み出てきたその男性とがっしりと握手を交わす。
「アレク、まだ現役だったのか。相変わらず元気そうで何よりだよ」
ギイも笑顔で進み出て、その男性と握手を交わす。
パロットさん達とも顔見知りだったらしく、顔を寄せて笑いながら話を始めた。
それを見て、明らかに周囲の人の反応が変わった。
何だ、早駆け祭りの英雄か。とか、それなら安心だねえ。なんて声が聞こえて、すぐに集まっていた人たちは解散していったよ。
「良かった。何とか受け入れてもらえたみたいだ。あの、初めまして。魔獣使いのケンです」
安堵のため息を吐いた俺は、オンハルトの爺さんと挨拶を交わしていたアレクさんに駆け寄り、こっちから挨拶をした。
「おお、初めまして。この街で冒険者をしているアレクと申します」
笑顔で差し出された右手が意外に硬くて驚く。
「一応、冒険者としては術士ですが、鎧海老を専門に獲る漁師も兼任しています。ハスフェルから聞きましたが、ケンさんは料理がお上手なんだとか。明日は漁に出る予定ですので、鎧海老を持って行きますから是非俺にも食わせてください」
「うわあ、いきなり鎧海老の漁師さんと知り合えるなんて! もちろん喜んでご馳走しますので、是非是非デカいのを狩って来てください!」
目を輝かせる俺の横では、ハスフェルとギイが、良し! って感じに拳を握って大喜びしていた。
そうだよな。巨大伊勢海老なら俺も食べてみたい。
よし、定番料理のバター焼きだけじゃなく、塩焼きやチーズ焼き、それから生食では、お造りと握りも大量に用意してご馳走して差し上げようじゃあないか。
新鮮な巨大伊勢海老が手に入ると分かり、もう俺のやる気は爆上がりしていたのだった。




