別注品を頼む
「まあ、立ち話もなんだ。中に入れよ」
おっさんに言われて、俺は店を覗いた……ええと、こいつらはどうしたら良いのかな?
店先で戸惑っていると、おっさんは笑って手招きしながら大きく頷いた。
「皆一緒にどうぞ。ここは愛玩動物用の品物も多く取り扱ってるからな。俺はデカいのは慣れてるよ」
「良いんですか? じゃあお言葉に甘えて……」
俺は、そう言って店に入る前に、マックスの背中にあったバーガーの入った大きな箱を、邪魔にならないようにこっそりとアクアに飲み込んでもらった。
大丈夫だ。まだアクアの中にはジェムしか入っていない。
それから改めて、マックスとニニも一緒に店の中に入った。
店の中は案外広くて、マックスとニニが入っても全然大丈夫だった。へえ、間口は狭かったけど、奥に広くなってるんだ。
「で、何を買ってくれるんだって?」
「この子に首輪を買ってやろうと思いまして。でも外にあったのは小さすぎて、どれも合わないみたいなんですよ」
ニニを撫でながらそう言うと、おっさんは長い紐のようなものを手にこっちへ来た。
「こいつに触っても大丈夫か? 良いなら、サイズを測って好きな色で作るぞ」
おお、オーダーメイドしてくれるんだ。俺は嬉しくなってニニをそっと撫でた。
「この人が首輪のサイズを測ってくれるんだって。大人しくしててくれよな」
「了解。じっとしてれば良いのね?」
ニニはそう言って大人しく、いつもマックスがやってるお座りみたいに前足を綺麗に揃えて背中を丸めて座る。
「よしよし、ちょっとだけ大人しくしててくれよな」
おっさんは優しく話しかけ、脚立を持って来てニニの斜め前に置いた。驚かさないようにゆっくりと登って、ひと抱え以上あるニニの首回りのサイズを測ろうと腕を伸ばした。
「お? 何だこれは……? うわあ! 蛇がいるぞ! おい!」
もの凄い声を上げたおっさんは、いきなり三段ある脚立の一番上から、勢いよく後ろ向きに飛び降りたのだ。
「おいおっさん! いきなり何するんだよ。こっちがびっくりするって」
勧められた丸椅子に座ったばかりの俺は、その悲鳴とアクロバティックな動きに飛び上がった。
マックスとファルコも、同じくびっくりして、揃って目がまん丸になってるし、ニニに至っては、驚きのあまり硬直したままイカ耳になって固まっちゃったし……。
全員から無言で注目されているのに気付き、おっさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すまん。俺はデカい動物は平気なんだが、その……蛇だけは苦手なんだよ……」
それを聞いた俺はちょっと笑っちゃった。何だ、おっさんも蛇が苦手なのかよ。
仕方がないので、俺はニニの側に寄って手を差し出し、小さなセルパンを腕の籠手に移らせた。そして、隣で大人しく座ってるマックスの首輪に移らせてやる。
うん、俺はもう、このサイズなら怖くないもんね。えっへん。
「こいつも俺の大切な従魔なんだよ。まあ苦手なのなら仕方無いけど、出来ればあんまり怖がったり嫌がらないでやってもらえるかな。こう見えて気遣いの出来る女の子なんだよ」
鼻先をそっと指で撫でてやると、セルパンは申し訳なさそうにじっと大人しくしていた。
「ああ、すまんすまん。ちょっと驚いて大声出しちまった。お嬢さん、悪かったな」
おっさんは、俺の言葉を聞いて苦笑いしてセルパンに向かって改めて頭を下げた。うん、これは絶対良い人だよ。
それから、もう一度脚立に乗ったおっさんは、丁寧にニニの首回りを測ってくれた
「ふむ、こいつは初めて見る柄だが、レッドリンクスの亜種の魔獣だよな。見た目の割に案外細いんだな」
驚いたようなおっさんの呟きに、俺は小さく吹き出した。
「すみませんね。ニニは、特に首回りがもふもふなんで、中身も太いと思われがちなんですけど、実は結構華奢なんですよ」
「そうみたいだな、まあ良い。それで首輪の色はどうする? 注文するなら、色の希望は聞くぜ。この中から好きなのを選んでくれ」
おっさんは、引き出しから色見本帳みたいなのを取り出して見せてくれた。
「へえ、どれも綺麗だな。どれにしようかな……あ、これなんか良いんじゃないか?」
俺は選んだ色をニニに見せてやる。それはちょっと朱色っぽい綺麗な赤い色だった。
「あ、素敵ですね。ええこれが良いです」
覗き込んだニニも嬉しそうにそう言うので、俺はその赤い色で作るようにおっさんにお願いした。
それから、形や飾りの有無など少し詳しく希望を聞かれた。
俺の希望は、シンプルで良いからしっかりしたものを、って事だ。
「了解だ。じゃあ確かに承ったよ。他には何か無いか? まとめて注文してくれたら、ちょっとだけ割引があるぞ」
分厚い台帳に、注文内容を書き込んでから笑ってそう言うおっさんを見て、俺はマックスの背中にいるラパンを思い出した。
「あ、じゃあ既製品じゃ無理だと思うけど、こんなのって出来ますか?」
マックスに合図して、床に伏せさせる。
「背中に乗せてるこいつが落ちないように、カゴか袋みたいなものをマックスの首輪に取り付けてもらいたいんだよ」
ラパンを見せると、おっさんはまじまじとラパンを見てから、驚いたように改めてマックスを見た。
「ほう、そいつの背中にいたのか。これはブラウンホーンラビットだよな。しかしまたちっこいな。初めて見るが、これはまだ子供なのか?」
「ええと、どうなんだ? まだ大きくなるのか?」
いつの間にか肩に座ってたシャムエル様に、こっそり尋ねる。
「ラパンはもう大人になってるよ。あの大きさは、自分で決めてるから気にしなくて大丈夫だよ」
「そっか、テイムしたらデカくなってたもんな」
苦笑いして、手の中のラパンを撫でてやる。
「この子はもう大きさは変わらないんだ。だから、この大きさで作ってくれて構わないよ」
頷いたおっさんに言われてラパンを机の上に乗せてやり、大きさを測ってもらった。
それから、また脚立を持って来たおっさんが、マックスの背中を覗き込んで首輪の状態を確認している。身を乗り出して首輪をひっ摑んでるおっさんを見て、密かに俺は思ってた。
あのおっさん……セルパンが、そのマックスの首輪に巻きついてるのを絶対忘れてるぞ。
さっきみたいな事にならないように、俺は黙って、もう一度セルパンをニニの首へそっと避難させてやった。
「大きさはこんなもんだな。これで収まるカゴを作って、首輪に通すようにするのが良いだろうな。形は任せてもらって良いか?」
「うん、任せるよ」
「色は……希望はあるか?無ければ首輪の色に合わせてこれかこれだな」
マックスの首輪は、濃い茶色の革製だ。おっさんが示したのはもう少し薄めの茶色でなかなか良い色だった。
「あ、良いね、じゃあそれでお願いするよ」
おっさんは、また台帳に注文内容を書き込んでいる。
その時、左肩に留まっていたファルコが、遠慮がちに俺の頭を突っついたのだ。
「ん? どうした?」
横を向くと、ファルコが小さな声で片足を上げながら口を開いた。
「ご主人、わがままを言うようですが、一つお願いを聞いていただけますか?」
「ん? 何かあるのか?」
「この肩当て、少し薄いし形も丸くて不安定なんです。その、もう少し留まりやすいような分厚い肩当てに出来ませんか?」
納得した俺は、片付けようとするおっさんの肩を叩いた。
「ごめんもう一つ。こいつがもうちょい留まりやすいように、分厚い肩当てに変えてもらう事って出来ますか?」
ファルコを見て、それから差し出してる大きな爪のついた足を見て、おっさんは大きく頷いた。
「ああ確かに。その爪ならちょっと不安だな。うっかりしがみ付いたら、お前さんの肩がざっくり逝きそうだ」
「それはやめてください!」
思わず叫ぶ俺を見て、おっさんは吹き出した。
「じゃあ、お前さんの左肩が血塗れになる前に何とかしてやるよ。その胸当て、ちょいと脱いで見せろ」
ファルコを椅子の背もたれに移らせて、俺は言われた通りに胸当てを外して見せた。
「へえ、良い革使ってるんだな。仕立ても素晴らしい……うん、よし。これなら出来るな」
胸当てを見ながらブツブツ言っていたおっさんは、にっこり笑ってそれを持ったまま奥にある作業場所へ向かった。
戸棚から同じ色の革を取り出し、胸当てと合わせて確認すると、不思議な形の型紙を取り出して革を切り始めた。
「へえ、何してるのかさっぱり分からんけど、さすがに慣れた手つきだな」
サクサクと分厚い革を切ったおっさんは、あっという間にその革を曲げたり丸めたりして、やや横長の不思議な形の物を作った。
金具を打って形を留めて、それから出来上がったそれを俺の胸当ての左肩に嵌めたのだ。
驚いた事に、ぴったりと嵌ったそれは、肩から少し上がった位置の丁度いい留まり木みたいになった。
「これでどうだ。一度装着して留まらせてみろ」
渡された胸当てを、感心しながら身に付ける。すぐにファルコが羽ばたいて飛び移って来た。
おお、凄え。ぴったりじゃん
「これならしっかり留まっても安定していますね。素晴らしいです」
嬉しそうにファルコがそう言い、とまり木に力一杯しがみついた。おお……改めて見ると、やっぱり凄え爪だな。
「良いみたい。ファルコも気に入ったってさ。じゃあこれはこのままもらって行って良いのかな?」
「いや、それは試作だよ。すまんがもう一度脱いでそれを外してくれるか」
申し訳なさそうに言われて、俺は笑ってもう一度胸当てを脱いだ。
「じゃあ引き渡しは三日後だな。これが引き換え札だからこれを持って来てくれ。無くすなよ」
受け付け番号の書かれた木札をもらい、前金で金貨一枚渡して俺は店を後にした。
完全オーダー品だから全部で幾ら掛かるのか分からないけど、せっかくだから良い物を作って欲しいもんな。
思っていたよりも、店で時間が掛かってたみたいだ。すっかり真上に見える太陽を見上げて、俺は深呼吸した。
「じゃあもう少し屋台で何か食べて、それからまた、郊外でジェムモンスター狩りと、お前達の食事かな? 使った分はしっかり稼がないとな」
俺の言葉に、皆やる気満々で頷いてくれた。
それじゃあ、頑張ってまた戦いますか。




