お疲れ様
「はあ、はあ。うう、まだ世界が回っている……」
「俺は、いまにも吐きそうだ……」
スライム達に捕まったままルベルの背から降りてきて、解放されて地上に降り立った途端、その場にヘナヘナと腰が抜けたみたいにへたり込んだお二人の言葉に、心配していた俺達は揃って吹き出したのだった。
楽しい遊覧飛行を終えて地面に降り立ったルベルだったが、何故か背に乗ったお二人が一向に降りて来ない。
「お〜い、もう地上に降りてますよ〜降りてきてくださっても大丈夫ですよ〜〜」
下から大声で声を掛けてやっても、やっぱり反応がない。
「ええ、どうなってるんだ? スライム達が確保してくれているんだから、落っこちたはずもないのになあ」
いやいや、あれだけ大声で騒いでいたんだから、その心配は無いって。
思わずハスフェル達と顔を見合わせた俺は、そう呟いてルベルの腕に飛び乗った。
「おおい、スライム達、お二人って今どういう状況なんだ?」
腕を登りかけて、お二人を確保しているスライム達にそう尋ねてみる。
「あのね、お二人とも怖かったみたいでまだ震えてるよ」
「呼んでも答えがないの。どうしますか? このまま降ろしましょうか〜〜?」
「あはは、もしかして気絶したのかな? じゃあ、ゆっくりおろしてあげてくれるか」
まあ、有り得ない話ではないので、小さく吹き出した俺はそう言って一旦腕から地面に降りた。
「はあい、じゃあ降りるね〜〜!」
張り切ったアルファの声が聞こえた直後、お二人を確保したスライム達がわっせわっせって感じにルベルの背中から降りてきた。
ちなみに、スライム達はどこにでも貼り付けるから、俺達みたいに常に地面を下にして移動するのではなく、斜めや垂直になった部分でもそのまま降りてくるから、もしも二人に意識があれば、ここでも悲鳴が聞こえたはず。
しかし、ご機嫌なスライム達の声は聞こえどお二人の声は皆無だ。
「もしかして、マジで気絶してるのかも」
ハスフェルと顔を見合わせた俺は、ようやく地面に降りてきたスライム達に急いで駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
こっちに背中を向けた状態だったので、少し大きめの声で呼びかけてから肩を叩いてやる。
すると、ギギギと音がしそうなくらいのぎこちない動きでこちらを振り返ったヴァイトンさんの、文字通り顔面蒼白をそのまんま体現した顔を見て、堪える間も無く吹き出した俺だったよ。
「はい、とりあえずこれに座ってください、アクアとサクラ、背もたれ付きの椅子になってやってくれるか」
駆け寄ってそう言いながらお二人の腕を順番に引いて立たせて、とにかくすぐ側に来てくれたスライム椅子に座らせてやる。
俺の手持ちの椅子は全部折りたたみ式で小さな背もたれが付いたのと背もたれの無い椅子しかないので、ここは万一気絶して倒れても大丈夫な、確保機能のあるスライム椅子に登場してもらった。
案の定、意識はあるものの完全に脱力状態なお二人は、ぐったりと仰向けになりアクアとサクラにしっかりと確保されていたよ。
「ううん、まさかここまで怖がられるとは」
「どうやら、こう言うのはガンスよりもこっちの二人の方が苦手だったみたいだな」
ハスフェルとギイが、もう完全に面白がっている口調でそう言いながらうんうんと頷き合っている。
「確かに、ガンスさんは怖がってはいたけど、ここまでじゃあ無かったな。それにもう少し小さくなったルベルにも乗って、二度目の遊覧飛行に行ったくらいだしな」
「確かにそうだったな。ガンスなら、あの坑道のトロッコツアーでも楽しんでいそうだ」
笑ったハスフェルの言葉に、俺とギイとオンハルトの爺さんが揃って吹き出す。
「そうそう、空中大回転付きのアレな。確かにルベルの楽しい遊覧飛行って、あれの空中版みたいなものだな」
もちろんレールが無いルベルの動きはもっと立体的なので怖さは倍増しているんだけどさ。
「ケンさん、無茶言わないでください! あのトロッコツアーとこれは、全くの別物です!」
「俺達、あのトロッコツアーは、安全確保の意味もあって定期的に乗っていますが、悲鳴を上げたのは最初の数回だけです!」
ここでようやく我に返ったらしいお二人から抗議の声が上がるのを聞いて、もう一回俺達は揃って吹き出したのだった。
「ルベルもお疲れ様」
ようやく笑いが収まったところでいつもの大きさになったルベルを捕まえてそう言ってやる。
「大した事ではないさ。まあ怖がられはしたが、なかなかに我も楽しかったよ」
面白がるようなその言葉に、もう一回吹き出した俺だったよ。
「じゃあ、ちょっと落ち着かれたみたいですし、休憩してお茶でも飲みますか? それとも気付けを兼ねて一杯やりますか?」
深呼吸をひとつした俺が振り返って飲む振りをしながらそう言うと、お二人は分かりやすく笑顔になった。
まあ、まだ顔は青いし唇も紫色だったから、どちらかというとマジで気付けの意味を込めて言ったんだけどさ。
って事で、急遽草地に机と椅子を取り出し、ハスフェルが適当に手持ちのお酒を出してくれたのを見て、俺も手持ちのよく冷えたビールを色々と取り出したのだった。
だって、ハスフェル達が取り出したのは、どこから見ても業務用サイズの大きな瓶で、間違いなくウイスキーやブランデーみたいなアルコール度数の高そうなお酒ばっかりだったんだよ。
「おつまみならこの辺りかな?」
少し考えてハンプールで大量生産した燻製チーズや燻製玉子、それから燻製肉や鶏ハム、焼いただけのウインナーや普通のチーズなんかを適当に取り出してお皿に並べた。
「おお、これは素晴らしい」
「それでは遠慮なくいただきます」
まだ顔色は悪いし唇も紫色なのに、並んだお酒を見るなり嬉しそうに目を輝かせるお二人を見て、ドワーフって本当にお酒が好きなんだなあと、若干呆れつつ見ていたのだった。
結局そのまま宴会となり、戻る予定だった時間を大幅に超えて真っ暗になってから街へ戻った俺達だった。
ちなみにお二人は、留守の間の報告なんかもあるだろうからと気を利かせてガンスさんの待つ冒険者ギルドまでお送りしたら、帰りを待ち構えていたガンスさんにとっ捕まり、酔っ払って帰って来た事も含めてこってり絞られていたのだった。
うん、色々とお疲れ様でした〜〜〜!




