初めての夜?
「はあ、ごちそうさま。やっぱり岩豚は美味しいねえ」
ちょっと夕食の時間には遅くなったんだけど、結局誰も帰って来なかったので、諦めた俺は作り置きの岩豚丼とお味噌汁で夕食を済ませた。
出来上がった各種スープは、全部まとめてサクラが収納してくれているので、明日はこれを使ってあの店主さんが教えてくれたレシピを見ながら鍋用のお出汁を作ってみる予定だ。
「まあ、試食用に細麺があるからあれでラーメンとかにしてみてもいいかも」
不意に思いついてにんまりと笑う。
「そうなると、やっぱりこれは欲しいよな。サクラ、ゆで卵ってまだあったよな?」
「あるよ〜食べるの?」
即座に返事が返り、ザルに山盛りになった殻付きのままのゆで卵が取り出される。
「ええと、とりあえず十個、殻を剥いておいてくれるか」
「はあい、すぐにやりま〜〜す!」
その言葉に、退屈していたスライム達が慌てた様に跳ね飛んできて、我先にとゆで卵を飲み込み始めた。
「喧嘩せずに仲良くな〜〜」
「は〜い! 仲良しで〜〜す!」
元気な返事に思わず吹き出し、側にいたサクラを抱き上げてテーブルに置いてやる。
「今から言う材料を出してくれるか。ええと醤油とみりん、それからお砂糖と二番出汁だな。深めのお椀の大きいやつと、それより一回り小さなお皿、それから料理用の薄紙だな」
「はあい、じゃあこれだね」
取り出してくれた大きめのお椀に、お玉で材料を量りながらガンガン混ぜていく。
たっぷりの液が用意出来たところで、殻を剥いたゆで卵をひたひたになるようにこの液に沈め、上から料理用の薄紙を被せて小さめのお皿を伏せて置く。
これで、ゆで卵が液から浮き上がってこない。
「じゃあこれは、冷蔵庫に入れてそのまま一晩おけばいいな。もし味の染み込み具合が弱かったら、その時はスライム達に追加で時間経過してもらおう」
にんまりと笑って、空いた冷蔵庫にお椀ごと入れておく。
「広い厨房の何が良いって、冷蔵庫がデカい上にいくつもあるって事だよな」
今ではほぼビールを冷やすしかしていない手持ちの冷蔵庫は、それほどの大きさが無いので大きな食器なんかは、場合によってはちょっと入らなかったりするんだよな。
「じゃあ、これで今日の仕込みは完了だ。ううん、冗談抜きで今夜は一人寝かあ。大丈夫かな?」
冗談抜きでコタツに潜り込むか、いっそ開き直って広いベッドを満喫するか。
そんな事を考えつつ、スライム達がサクッと後片付けをしてくれてすっかり綺麗になった厨房を見回す。
「じゃあ、とりあえず部屋に戻ろう。皆、おいで〜〜」
隅に置きっぱなしになっていた鞄を手に取り、そのまま厨房を後にした。
「ううん、ベッドが広すぎて落ち着かないなあ」
広いベッドの真ん中に寝転がってみたものの、どうにも落ち着かなくて起き上がって座る。
「ご主人、じゃあこういうのはどうですか?」
その時、跳ね飛んできたアクアがビヨンと伸びて1メートル半くらいの棒状になった。
「ああ、抱き枕だ!」
「ふわふわな毛は無いけど、これなら一緒に寝られるかな?」
肉球マークがこっちを向き、得意そうにそう言われて思わず吹き出す。
「ありがとうな。じゃあ遠慮なく抱きつかせてもらおう」
そう言いながら笑って腕を伸ばして抱きついてみたが、ここで問題発生。
抱き心地は良かったんだけど、スライムの体って全体にぷよぷよしていて皮膚に張り付く感じなんだよな。
この状態でピッタリとくっついて抱きつくと、何と言うか皮膚が蒸れる。汗びっしょりになる。しかもうっかり顔を埋めると思いっきり窒息する。寝ていてこれは危険すぎる。
言ってみれば柔らかで粘着質な、棒状のビニールの袋に抱きついているみたいな感じ。
普段は、俺の体はほぼニニの腹毛の海の上に寝転がっているし、抱き枕役のふわふわな子達も一緒なので、寝る時にスライム達と直接触れ合っている部分にはほぼ服を着ている。だから、こんな風にはならなかったんだよな。
「ううん、気持ちは嬉しいけどちょっとこれは駄目だな。ごめんよ」
苦笑いしてアクアを撫でてから手を離すと、しょぼ〜んって感じに一瞬ペシャンコになってからコロコロと転がって離れていった。
「仕方がない、諦めて一人で寝よう」
大きなため息を吐いてそう言った俺は、そのまま仰向けに倒れて目を閉じた。
「あれあれ、ニニちゃん達は結局誰も帰って来なかったんだね」
不意にシャムエル様の笑った声が聞こえて、目を開いた俺も笑ってゆっくり腹筋だけで起き上がる。
「そうなんだよ。もう寂しくてさ。よかったら俺と添い寝してくださいますか?」
半分冗談で泣く振りをしながらそう言うと、こっちを見たシャムエル様が何やら考え込んでしまった。
「確かに、もふもふ成分が皆無ってのはちょっとアレだねえ……」
「あの、どうしたんですか〜〜?」
何やら真剣な顔で考え込むシャムエル様を見て、首を傾げる俺。
「よし! じゃあいつも美味しいものをたくさん貰ってるし、今日だけだよ!」
顔を上げてポンと手を打ったシャムエル様が、何故かいそいそと横になったままだった俺の胸の上に上がってきて座った。
「ここじゃあちょっとまずいかな。じゃあ、こっちだね」
キョロキョロと周りを見回し、下敷きにしている俺を見たシャムエル様は、そう言ってから俺の体から飛び降りてちょど右脇の辺りに来た。
「では、大きさはこれくらいかな?」
にんまりと笑ったシャムエル様がそう言った直後に、ボワって感じに何故か一気に煙が出て視界が真っ白になる。
驚いた俺は慌てて飛び起きて、即座に転がってその場から逃げた。
しかしすぐに煙は消え、見えたその光景に俺は歓喜の悲鳴を上げる事になったのだった。
だって煙の消えた俺のベッドの上にいたのは、俺より大きくなったシャムエル様の姿だったんだからさ!
もしかして、その巨大尻尾に抱きついて寝てもいいんですか!




