ザトウクジラのその後
「いや、10メートルクラスのザトウクジラを陸からルアーの付いた竿で釣るって、絶対に設定がおかしいって!」
マジで叫んだ俺の言葉に、ハスフェルとギイが揃って吹き出していた。
でも俺、間違った事言っていないよな?
「はあ、それにしてもデカいなあ」
大きなため息を吐いて思わずそう呟く。
目の前に、泥沼の上でスライム達に包まれた状態で転がっている10メートルクラスのザトウクジラは、恐らく自分の置かれた状況が全く飲み込めていないのだろう。
小さな目を瞬きしながら、時折ジタバタともがくかのように大きなヒレや尻尾を動かそうとしているのだが、全身をスライムによって完全ホールドされて包まれているせいで、スライムの中でモゾモゾと動いているだけで、全く何の抵抗にもなっていない。
当然、すぐ側にいる俺達にも何の影響もないし怖くもない。
いや、普通は人間があのサイズのヒレに当たったり尻尾に弾き飛ばされた日には、流血の大惨事は確定だし、ヘタをするとその場で人生終了するレベルだと思う。
完全なる現実逃避でそんな事を頭の中で考えている俺の横で、ハスフェルとギイは、駆けつけてきたオンハルトの爺さんまで交えて、何やら真剣な顔で相談をしている。
「なあ、どうしたんだ?」
そのあまりに深刻そうな様子に不意に不安になった俺は、そっと手を伸ばしてハスフェルの腕を叩いてそう尋ねた。
ううん、相変わらず丸太みたいな太い腕だよ。それなりに鍛えている俺の腕が華奢に見える。
「何って……じゃあ逆に尋ねるがお前さん、これをどうするつもりだ?」
真顔のハスフェルはちょっと怖い。
またしても現実逃避にそんな事を考えているところにそう聞かれて、彼らが言いたい事に気付いて俺も真顔になった。うん、確かにそうだ。これ、どうするべきだ?
「要するに、このデカいのをどうするかって話だよな?」
俺の言葉に揃って真顔で頷く三人を見てから、俺は改めて巨大なクジラを見上げた。
「言われてみれば、確かにそうだな」
クジラの料理って、何があったっけ……あ、おでんに入れるとか、竜田揚げは美味かったよな。
またしても現実逃避しそうになって、慌てて首を振る。
「仮にこれをこのまま収納してギルドへ持って行ったとして、捌いてもらえると思うか?」
こちらも真顔のギイの言葉に、いつも肉を捌いてもらうのを依頼する時の部屋の広さを思い出す。
「確実に無理だな。下手に部屋の中でこれを収納から取り出したら、建物自体が壊れるレベルの大きさだな。それこそ運動場で解体するとか……うん、周囲がスプラッタになるから、これも却下だ。万一そんな事になったら、俺は遠慮なく気絶させてもらうぞ」
俺も真顔のままでそう言い、もう一度巨大な鯨を見上げる。
「って言うか、そもそもクジラって魚ですらないよな。確か哺乳類……」
ここは小さな声で呟いてから、思いっきり大きなため息を吐く。
「これは、もうこのままリリースしてやるべきだな。なあ、一応これは釣ったカウントだけして泥沼に戻してやってもいいか?」
最後は大きな声で、湖側にいたリナさん達に呼びかける。
俺がザトウクジラを釣り上げた時点で、湖側にいた皆も釣りを中止して呆気に取られてこっちを見たまま揃って固まっていたんだよ。
そりゃあそうだ。もしも湖側の誰かがこんなデカブツを釣り上げたら、俺だってああなるのは間違い無いと思うぞ。
「ええと、ケンさんがいいのなら、俺達はもちろん構いませんよ」
かなりの長い沈黙の後、ようやく我に返ったらしいランドルさんがそう言い、リナさん達や他の皆もうんうんと頷いてくれた。
「って言うか、こんなのどう考えてもまた俺達の負けだよな。どれだけの大物を釣ったとしても、あの鯨のヒレ一つ分にもならないって!」
シェルタン君の叫びに、その場は大爆笑になったのだった。
しばらくして笑いが収まったところで、ハスフェルと顔を見合わせた俺は、一つ頷いて深呼吸をしてから口を開いた。
「おおい、そのクジラを解放してやってくれるか」
「いいの? せっかく釣ったのに」
俺達の会話を聞いていたアクアが、ちょっと残念そうにそう言うのでもう一回笑った俺だったよ。
「おう、構わないよ。あ、一応出来れば泥の中で解放してやってくれるか」
万一にも、泥の抵抗があって中へ戻れなかったりすると大惨事だからそうお願いすると、プルプルと震えた後にそのままゆっくりと泥の中にクジラごと沈んでいった。
半分くらいまで沈んだところで、底が抜けたみたいにクジラの姿がするりと泥沼の中へ消えていった。
ちなみに、すぐにスライム達はばらけて泥沼の表面に転がったもんだから、泥の中へ戻っていくザトウクジラの大きなヒレが、まるで本物のホエールウォッチングの時みたいに、綺麗な弧を描いて最後に泥の上に振り上げられてから沈んでいったもんだから、見ていた俺達は思わず歓声を上げたのだった。
うん、思わぬところでホエールウォッチングをしたと思っておけばいいな。
そこまで考えて、完全に握力が無くなってる自分の手に気付いて、もう一回吹き出した俺だったよ。
2025年3月14日、アース・スターノベル様より発売となりました「もふもふとむくむくと異世界漂流生活」第十巻の表紙です。
ついにもふむくも二桁の大台に突入です!
改めまして、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
今回も引き続き、れんた様が表紙と挿絵を最高に素敵に可愛らしく描いてくださいました。
連載開始当初からの目的地であったバイゼンに、ようやくの到着です!
到着早々色々と騒ぎが起こります。
そして貴重な女性キャラも登場しますよ!
その貴重な女性キャラを描いた今回の口絵も大爆笑させていただきましたので、どうぞお楽しみに!
「もふもふとむくむくと異世界漂流生活〜おいしいごはん、かみさま、かぞく付き〜」
コミックアース・スター様にて、コミックス第四巻が2025年3月12日に発売となりました!
もちろん今回も作画はエイタツ様。
ハスフェルに続きギイも、それからフランマもコミックスに登場です!
いつもながら最高に可愛いもふもふむくむく達と、美味しい食事!
そして、地下洞窟と恐竜達とテイム!
盛り沢山なもふむくコミックス第四巻を、どうぞよろしくお願いします!




