刺身三昧と忘れていた新メニュー
「へえ、これは確かに美味しいですね」
「お寿司で食べた時とまた味わいが違うな」
「へえ、面白い。魚にこんな食べ方があったんだな」
「長く生きているが、こんな魚の食べ方は確かに初めてだな」
「確かにそうね。今になって初めて食べる料理があるなんて感激だわ。それに何より美味しい」
そう言って笑顔で頷き合っている草原エルフ一家は、それぞれ山盛りに取った刺身を醤油で美味しい美味しいと言って味わいつつ、何故か全員が刺身に味噌汁とパンを合わせて食べている。
「確かに昨日の寿司と同じ食材なのに、味わいがまた違うな」
「そうだな。確かに同じ食材でも食べ方によって変わるんだな、まあ、どっちも美味しいからいいさ」
笑顔で何度も頷きつつそう言って笑っているハスフェルとギイも、同じく山盛りに取ったお刺身をパンと味噌汁と一緒に食べているよ。
ちなみにオンハルトの爺さんとランドルさん、それからボルヴィスさんとアルクスさんは、俺と同じで炊き立てご飯を刺身と味噌汁に合わせて食べている。
シェルタン君とムジカ君とレニスさん、それからマールとリンピオの新人さん達は、こちらも全員が軽く醤油をかけた刺身に、味噌汁プラスハード系のフランスパンを薄く切ったのを合わせて食べている。
まあ、これは好みだから別に構わないんだろうけど、醤油とワサビにまみれた刺身をのせたフランスパンは、なんと言うか、ちょっと違う気がして落ち着かない俺だったよ。
そして意外に好評だったのが鉄火巻き。まさかのマグロの握りよりも人気だった。
これは食べた全員からの大絶賛をいただき、用意していた分の鉄火巻きが全部瞬殺されてしまい、サクラ達が急遽追加を巻いてくれていたのだった。よし、これは定番メニューに追加だな。
ちなみに、同じ巻きでも昨日用意したかっぱ巻きは全然人気がなかったんだよ。
何しろ俺以外はリナさんとレニスさんが少し取ってくれただけで、男性陣は全員が中身がキュウリだけだと気付いた途端に完全に興味を失い、結局誰一人手もつけなかったのだった。
お前ら、好きなだけ食っていいけど野菜も食え。
「おっさしっみ、おっさしっみ、美味しいな〜〜〜マグロにサーモン、タイにブリ〜〜〜ええと、あと何だっけ?」
嬉々として俺が取り分けてやったお刺身を、目の前に置いた醤油の小皿に突っ込んでは爆食していたシャムエル様が、食べながら座ったまま足だけでステップを踏みつつ謎の歌を歌っている。
隣ではデザート用に出しておいた激うまブドウを一粒手にしたカリディアが、同じように座ったままでシャムエル様と全く同じように足だけでステップを踏んでいる。いつもながら見事なまでの完コピっぷりだ。
「今言った以外の食材だと、あとはカツオとハマチだな。あ、今日はアジとナマズの刺身もあるぞ」
笑ってそう言い、自分のお皿にあった意外に淡白で美味しいナマズの刺身を箸でつまんで見せてやった。
「そうそう! カツオにハマチ、アジナマズ〜〜〜美味しい美味しい鉄火巻き〜〜〜最高なのは大トロだ!」
何故か最後はドヤ顔で、二人揃って座ったままポーズを決める。
「はいはい、器用なもんだね。でもまあ、刺身も気に入ってくれたみたいで俺も嬉しいよ」
さりげなく大トロの握りの追加を出してもらい速攻確保する。
大トロの追加が出たのを見て、皆もわらわらと集まってきて嬉々としてお皿ごと確保していた。
だけどこの、お皿単位で提供するってのはいいアイデアだったみたいで、他のお刺身や握りとは違って一人で大量に確保するのが難しい事もあり、思ったほどには速攻で無くなっていないんだよな。
でもまあ、美味しいのは彼らも分かっているので、残るような事はないんだけどさ。
「あ、そうだ。生魚が手に入ったのが嬉しくて忘れていたけど、握りにはこんなのもあるんだよな」
一応、すし飯を少し残してもらっていたので、シャムエル様を見てある事を思い出した俺はにんまりと笑ってさりげなく鞄を足下に引き寄せた。
それを見たサクラが、速攻で鞄の中に入ってくれる。
「シャムエル様。昨日出し忘れていたんだけど、寿司にはこんなメニューもあるんだよな。まだ食べられるかな?」
「へ? 昨日作らなかったお寿司のメニューがあるの? 何々?」
ちょうど鉄火巻きを食べ終えたところだったシャムエル様が、俺の声に驚いたようにこっちを振り返った。
「うん。ほらこれ」
笑って差し出したのは、いわゆる分厚く切った卵焼きに切り目を入れて寿司のシャリを押し込んだ、いわゆるたまご握りだ。
これ、元いた世界の回転寿司で俺のお気に入りメニューだったんだよ。
一応、だし巻き卵以外に急なお弁当なんかに使えるので、少しだけ片栗粉を入れたやや甘めの厚焼きの卵焼きも作り置きしているんだよ。
なので、これならたまご握りに使えるかと思って出してみたんだけど、ビジュアル的にも華やかで美味しそうな一品になった。一応、シャムエル様仕様でシャリの横に少しだけマヨネーズもたらしておく。
当然だけど、これをタマゴサンド好きなシャムエル様が喜ばないはずがない。
差し出されたたまご握りを見たシャムエル様の動きが止まる。そしてその手から、次に食べるつもりで掴んでいた鉄火巻きが転がってお皿に落ちたけど、そっちには無反応だ。
「ふおお〜〜〜〜〜! 何それ何それ! 玉子焼きにご飯が押し込まれてる〜〜〜〜!」
もうこれ以上ないくらいにキラッキラの目をしたシャムエル様は、そう叫ぶと文字通り一瞬ですっ飛んできた。
「では、いっただっきま〜〜〜す!」
そしてお皿を持った俺の手に座ると雄々しくそう宣言して、たまご握りを両手で持ち上げそのまま丸齧りし始めた。
「もう、ケンったらこんな美味しい料理を忘れるなんて駄目じゃない。お魚が手に入って嬉しいのは分かるけど、これを忘れるなんてけしからんね。でも出してくれたから許す!」
もふもふ尻尾を俺の腕に叩きつけながらのシャムエル様の許す宣言に、大トロを食べていた俺は、吹き出しそうになるのを必死になって堪えていたのだった。




