お土産の人気度
「ええ、お土産ですか?」
俺の言葉に、一緒に休憩してお茶を飲んでいたクーヘンが驚いたようにそう言ってこっちを見る。
「そうなんだよ。ええと、今ここで渡しても大丈夫かな?」
女性客が大勢いる店の方であのサインを迂闊に出したら絶対に大騒ぎになる気がしてそう言うと、横で聞いていたハスフェル達が揃って苦笑いしつつ頷いていたので、この判断で間違っていなかったみたいだ。
「嬉しいです。それで何を持って来てくださったんですか?」
お茶を置いたクーヘンが俺に向き直るのを見て、俺も慌てて居住いを正して自分で収納していた例のサイン色紙の入った額縁を取り出した。
「おや、これは……絵でしょうか?」
渡した額縁を受け取ったクーヘンが、不思議そうにそう言ってサインを見る。
「これはサイン色紙ですね。ううん、申し訳ありませんが全くわかりません。どなたのサインなのか教えていただけますか」
しばらく無言でサインを見ていたクーヘンだったが、一つ小さなため息を吐いてから困ったように笑って俺を見て頭を下げた。
「ええと、冬の間にいたバイゼンで舞台を見てね。それで主役のご本人から貰ったんだ。劇団風と大河のヴェナートさんのサインだよ」
一応、さっきのバッカスさんのお店でヴェナートさんの有名っぷりを知ったので、ここはちょっとだけドヤ顔でそう言ってみる。
「劇団、風と大河の……ヴェナートさんの、サイン……?」
しかし、クーヘンは困ったように小さくそう呟いたきり、またサイン色紙を見て固まってしまった。
あれ? クーヘンは知らなかったかな?
瞬きもせずにサイン色紙を見つめたまま固まるクーヘンを見て、困った俺が何か言いかけた時、いきなりクーヘンが額縁を握ったまま立ち上がった。
「げ、劇団風と大河のヴェナート様のサインですって!」
悲鳴のようなその声に、ちょうどタイミングよく追加のお菓子を持って部屋に入ってきたところだったネルケさんまでが悲鳴をあげて駆け寄ってきた。
「義姉さん! 見てください! しかもこれ、印刷ではなく直筆ですよ! ほら、ここのところが少し凹んでいる!」
「きゃ〜〜〜〜! ヴェナート様の直筆のサイン色紙! 何それ! すごい〜〜〜〜!」
まるで少女のように、胸元で両手を握りしめたままぴょんぴょんととその場で飛び跳ねるネルケさん。
「い、一体、一体どうやってこれを貰ったんですか!」
二人からキラッキラの目で見ながらそう聞かれて、もう乾いた笑いしか出ない。何この食いつきっぷりは。
苦笑いした俺は、バイゼンでの二度の観劇とこのサインをもらった時の事を詳しく説明した。
「さすがですね。確かに劇の元になった貴方が舞台を観に来てくれれば、劇団側としても喜ばれたでしょう」
「俺的には、もう恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだったんだけどね。誰だよあの男前」
「あはは、私も実を言うとギルドから招待状をもらって、兄さん達と一緒に夏の早駆け祭り編と秋の早駆け祭り編の両方の舞台を観に行きました。確かに初めて行った時には、開始直後は舞台を直視出来ないくらいに恥ずかしかったですねえ。まあ、もう途中からは開き直って楽しませて頂きましたけれどね」
「だよな。俺なんて一度目の舞台は一切の予備知識無しに観に行ったもんだから、もう恥ずかしいどころの騒ぎじゃなかったぞ」
顔を見合わせて乾いた笑いをこぼす俺達だったよ。
「本当にありがとうございました。では、このサイン色紙はお店に飾らせて頂きます。ちょっと防犯的な部分も含めて、どこに飾るかは少し考えてからの方が良さそうですね。まず警備会社に相談してみます。恐らくですが、これを見たさに、またお店に人が押し寄せるでしょうね。ヴェナート様のファンは、女性の方が圧倒的に多いですからね」
「あはは、やっぱりそうなんだ。じゃあ、それは任せるからお店の何処かに飾ってください」
「レニスさん達が貰った勝者の証の盾もお店に飾ってくださるそうですからね。ちょっと飾り棚の配置を考えてもいいかもしれませんね」
嬉しそうなクーヘンの言葉に、なんだか手間を押し付けたみたいで申し訳なくなってきた。
「ううん、なんだか手間を取らせて申し訳ない」
俺達の盾も全部まとめて飾ってもらっているからね。
そう言って謝ると、驚いたクーヘンに笑われた。
あれを見にわざわざお店に来る観光客も多いらしく、今回でさらに盾も増え、さらにこのサイン色紙だ。これから夏にかけては王都からの観光客も増えるらしく、楽しみだと言ってくれたので、改めてがっしりと握手を交わした俺達だったよ。
「なあ、これって……」
「うん、すっかり忘れていたけど、逆に良かったかもな」
そんな俺達を見て、何故かアーケル君達が顔を見合わせてうんうんと頷き合っている。
「ん? 何が良かったんだ?」
振り返ってそう尋ねると、アーケル君が収納袋から例のサイン色紙を取り出した。
こっちはまだ額縁は無くて、そのまま薄紙で包んであるだけだ。
「バイゼンから王都へ戻ったんですけど、言ったように俺達が連れている従魔達を見て大騒ぎになりましてね。全然ゆっくり出来なくて姉達には商売の邪魔だからもう行けって真顔で言われる始末で、結局半ば追い出されるみたいにしてこっちへ来たので、サイン色紙の存在自体すっかり忘れていたんです。それで、出発してからこれを渡すのを忘れたのに気がついたんですよ。まあ、次に行った時に渡しますので、よかったらその額縁を買ったお店を紹介していただけますか? 万一破損したりしてはいけないので、安全の為にも額に入れておくべきかなあって思って」
苦笑いするアーケル君の説明に、リナさんも苦笑いしつつ頷いている。
顔を見合わせて、揃って吹き出し大爆笑になった俺達だったよ。
いやあ、ヴェナートさん人気は、マジで凄いね。




