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第九十八話 レルフの剣

 遠見の魔法を掛けてもらい、騒ぎになっている場所を凝視する。ひときわ大きな茶色の岩トロルが金棒を振り回して暴れていた。岩トロル・チャンピオンで間違いない。岩トロル・チャンピオンは革と骨でできた防具を装備している。


 ここから見ると、兵士がまるで子供のような大きさに見える。兵士は果敢に岩トロル・チャンピオンの前に立ちはだかる。だが、岩トロル・チャンピオンが振り回す金棒は振りが早い。


 岩トロル・チャンピオンは巨体に似合わずに機敏で跳躍力も大きい。強者の兵士たちだが、軽く吹き飛ばされていく。あまりの強さに、誰も止められないのではないかとはらはらした。


 岩トロル・チャンピオンの周りから兵が退く。そこにレルフが現れた。レルフは剣を手に名乗りをあげているが、岩トロル・チャンピオンは気にしない。素早い金棒の一撃がレルフを襲う。やられた、と思ったが。振り下ろした先にレルフはいない。


 岩トロル・チャンピオンが振り返り金棒を振るう。岩トロル・チャンピオンは何度も振り返り金棒を振るっていた。体格差があり過ぎるのとレルフの攻撃が速いのでユウトの目ではレルフの動きは追いきれなかった。


 レルフは攻撃を繰り返し、ひたすら相手の死角や背後に回っている。岩トロル・チャンピオンの動きは機敏だが、レルフの動きはさらに上を行く。岩トロル・チャンピオンが斬られて振り返った時にはレルフはそこにいない。


 一方的にレルフが岩トロル・チャンピオンを斬っていく。相手が単なる大きな人、ないしは巨人ならレルフは勝つ。だが、岩トロル・チャンピオンの肌は岩のように硬く、陽の当たらない夜には再生能力を持つ。二十回や三十回斬りつけても倒せない。


 普通の剣なら刃こぼれもする。レルフの体力には限界もある長引けば形勢は逆転する。ユウトは焦った。


「まずいです。一対一ではレルフ中将が負けるかもしれません。周りの兵に助けを出す指示を出さないと」


 ふんとダナムは鼻を鳴らす。

「気取り屋のレルフのことだ、一騎打ちの名乗りを上げたのだろう。ならば、手出しは無用だ。奴がいった通りに死んだら葬儀で笑ってやれ」


 嫌いだからといって、そんな意地悪を言っている場合ではない。レルフがやられたら、誰が岩トロル・チャンピオンを倒すんだ。


 ユウトは不満に思うとダナムが素っ気なく付け加える。

「酒を樽で賭けてもいいが、レルフは負けないだろうがな」


 何か手があるのだろうか。戦場に目を戻すと戦いは続いている。現状ではレルフの動きを把握できない岩トロル・チャンピオンが不利だった。だが、岩トロル・チャンピオンは倒れない。それどころか、徐々にレルフの攻撃に対応してきたように見える。


 岩トロル・チャンピオンが大振りの振り下ろしを見舞う。レルフがさっと避けて金棒の上に乗った。そのまま、金棒の上を走って一撃を岩トロル・チャンピオンの首に見舞う。


 まずいとユウトは直感した。岩トロル・チャンピオンの首は丸太のように太く首には骨製の防具がある。レルフの剣では岩トロル・チャンピオンの首を切断できない。レルフが、金棒から下りるタイミングで岩トロル・チャンピオンがさっと金棒を捨てる。レルフが岩トロル・チャンピオンの両手に捕まった。レルフが握り潰されると覚悟した。


 だが、岩トロル・チャンピオンの動きが止まる。何が起きたかと思うと次の瞬間、岩トロル・チャンピオンの首が地面に落ちて、血を噴いた。


 レルフは剣で岩トロル・チャンピオンの指を切り落とし自由になる。歓声があがった。

渋い顔でダナムが語る。

「レルフめ、手古摺りやがって。勝ったから良いものの負けたら懲罰ものだぞ」


 レルフが勝ったが、何が起きたら今一わからない。困惑しているとダナムが説明してくれた。

「レルフの愛剣は血を求める殺人剣よ。斬れば斬るほどに持ち主に活力を与える。また、血を吸えば吸うほどに切味を増していく」


 レルフを相手に傷を負えばレルフの戦闘力は上がっていくのか。レルフにとって長期戦は不利ではない。岩トロル・チャンピオンは再生能力と耐久力に自信があったのが仇になった。これくらいなら問題ないとレルフの愛剣に血を吸われ過ぎたのが岩トロル・チャンピオンの敗因だ。レルフは武器込みで考えると、ロシェ級の武人なのかもしれない。


 あちこちで騒がしかった戦場が静かになってきた。侵入した岩トロルは討ち取れたと見ていい。村の外では赤々と火が燃えている。岩トロルたちの声もしないので焼け死んだ。対して村の中では火の手は上がっていない。兵糧庫も武器庫も無事だった。


 伝令が次々と走ってきて、戦果を報告する。一通り報告が済むとダナムは後片付けの指示を出した。ユウトは戦いの興奮でその晩はすぐに眠れなかった。同室のダナムは慣れたものでぐっすりと寝ていた。


 ユウトはすぐに起きれず、起きた時は昼前だった。メリカが温かい料理を振舞ってくれた。火の芸術と呼ばれたメリカの料理は美味しい。できれば、火は人や異種族を焼くためではなく、美味しい料理を作るためのものであってほしいとユウトは願った。


 昼過ぎの軍議で兵士より被害報告がある。

「我が軍の被害は死者が十二名。怪我人が五十名です。敵方の岩トロルはほぼ全滅です。ただ、ダーク・エルフの死体がありません」


 逃げられたか、少数とはいえ地下から敵を侵入させられるダーク・エルフは脅威だ。一人でも討ち取っておきたかったが、残念だ。


 ダナムがユウトを見て確認する。

「戦いは終わった。あとはレルフたちでもどうにかできるだろう」


 ユウトはレルフを見て頭を下げた。

「レルフ閣下、この度のご活躍まことにありがとうございました。これで村は救われました」


 レルフは澄まして答える。

「軍の指示に従い命令を実行するのが軍人の務め。剣を持って民を守るのが吾輩の仕事だ」


 戦いが終わったのであとはレルフに任せて、先にメリカを伴って街に帰還した。メリカを家で降ろして、館に帰るとママルが待っていた。


「僧正様、他の二人の僧正様から三僧正会談を夏の終わりか秋の終わりに持ちたいと遣いがきました。議題は大僧正の空位についてです」


 ママルの前では言わないが、正直に言うと、誰が大僧正に収まっても問題はない。信徒にとっては大問題かもしれないが、宗教絡みの権力闘争は避けたい。だが、他の天徳派と地徳派がトップの僧正を出してくるのに、人徳派だけ代理では格好がつかないのもわかる。なんとか穏便にやり過ごしたいものだ。

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