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第九十七話 東の村の防衛戦

 村に着くと山麓の東の村は大きくなっていた。また、山の麓にある危険な位置のためか、防護用の逆茂木や木壁も用意されている。見張り台も九箇所にあるので、敵の接近には気付けそうだった。


 サイメイの指揮の元、村人と兵士が総出で火計の準備をしていた。火計は地面に穴を掘り、油を染み込ませた藁を配置する。岩トロルが近づいてきたら、火矢を放ち着火する。穴は十六の区画に分かれており、岩トロルの進軍に合わせて着火していく。


 村の中央にある櫓から作業の様子を見守る。油を染み込ませた藁束を穴に詰めていくのが見えた。藁束には黒とクリーム色の二種類の藁束があった。気になったので一緒に作業を見守るダナムに尋ねる。


「藁束が二種類あるようですが、どんな違いがあるのですか?」

「染み込んでいる油の違いだな。一つは長く燃える油。もう一つは、勢いよく燃える油だ」


「火計は二段仕込み。燃えかたの差も利用するのですね」

「それだけじゃない。長く燃える油は臭い。合戦当日の風向きによってはばれる。だが、臭い油に気をとられると、臭いが薄いもう一つの油には気が付かない」


 サイメイの策か。色々と考えてくれているんだな。弱点を突いた火攻めに岩トロルが気付いても、全容がわからなければ、策にかかるわけだ。


 準備は一日で終わらなかった。準備中に攻撃されたらどうしようかと心配したが、敵は現れなかった。早朝、司令部でダナムと食事をしているとアメイがやってきた。

「岩トロルに動きがありました。今晩か明日の晩に襲撃してくるでしょう」


 ダナムの顔には闘志が漲っていた。

「あまり待たされずに済んだか。どれ、見事に討ち取ってくれよう」


 ダナムがやる気なのはいいが、前線に飛び出していかないか心配だった。ダナムが討たれたら、この作戦は半分失敗だ。ダナムの代わりの人材が街にはいないので、次も指揮せよとテルマから無茶な命令があったら困る。


「あまり、御無理はなさらないでください」と釘を刺す。

「わかった、わかった」とダナムは軽い感じで返してきた。わかっていない態度が不安だった。ユウトは襲撃のタイミングがわかったので、キリンを飛ばしてメリカを迎えに行く。


 メリカは動きやすい恰好に杖一本との軽装だった。

「大丈夫ですか? そんな装備で」


 メリカは気にせずにさらりと返す。

「もう戦いには出ないと思ったから、良い装備はここに入居する前にみんな人にやった。なに、岩トロルの二百や三百なら問題ない」


 敵を舐め過ぎではないかと思うが、こちらにはレルフ中将の精鋭が千名もいる。問題なかろうと自分に言い聞かせ不安を打ち消す。


 メリカを連れて東の村にキリンを飛ばしたら、昼過ぎには着いた。村では今晩に戦いがあっても良いように、木壁には防火対策の泥を塗っていた。


 岩トロルが動く時間帯は陽が落ちてからなので、各自で休息をとる。日が暮れると、ユウトとダナムは一緒に村の中央の櫓に登った。夜になると外は冷えるが凍えるほどではない。村の中では戦が近いとあって静かだった。


 岩トロルが動く頃合いは人間が寝静まる深夜だと思っていたら、斥候が櫓に登って来た。斥候はユウトに報告する。


「岩トロルがここより東に集まってきました。数は五百体と思われます。敵は鉄の武器で武装しています。また、簡単ですが鎧を付けています」


 武器の使用はわかるが、鎧を着ているので完全な戦支度だな。規模は多くはないが、正面からぶつかるのなら、木壁や逆茂木ぐらいでは不安な数だ。


 ダナムを見ると、ダナムの顔には恐れも驕りもない。

「打ち合わせ通りでいい。マオ帝国軍人の力を見せてやろう」


 ユウトは了承して斥候に伝令を頼む。弱い風が吹いている。風向きは東の村が風下だった。火計をすれば火が村に迫ってくるかもしれない。多少の火なら防火の泥が防いでくれるが、勢いが良すぎると心配でもある。


 ほどなくして、足音と武器が立てる金属音が聞こえてきた。ダナムの合図でラッパが鳴る。静かな村にラッパが鳴り響くと、光の魔法が空に打ち上げられた。


 光に照らされて、岩トロルの集団が歩いて来るのが見える。奇襲に気付かれた岩トロルだが歩みを止めない。岩トロルは矢を警戒して木の板を頭上に掲げていた。


 銅鑼が鳴ると兵士により矢が射かけられる。岩トロルは矢を板で防ぎながら近づいてきた。矢ではたいしてダメージになっていない。ここまでは予想通り。

岩トロルの集団は油を染み込ませた藁に気がついた。岩トロルは部隊を二手に分けて罠を回避する。すると先にも罠があるのでここでも部隊を分けて左右に回避する。


 岩トロルは進む先に罠があると部隊を分けて回避を繰り返す。岩トロルは小さないくつもの集団に分かれて、薄く広い陣形になった。


 大勢で固まっても一度に戦える人数には限りがある。罠を避けつつ小集団になり壁を壊す戦法は合理的にも思えるが、それはサイメイの策の内である。


 村から赤い光が天に昇る。壁沿いにある櫓から火矢が飛ぶと、岩トロルの背後で燃え上がった。だが、岩トロルは罠を避けて進んでいたので被害はない。岩トロルがいよいよ壁に近付いて来ると、今度は青い魔法の光が空に上がる。


 火矢の軌道が変わって放たれる。岩トロルの足元が燃え出した。火に弱い岩トロルは後ろに炎、前に木の壁に挟まれた。退路を断たれた岩トロルは壁を破って前に出たほうが安全と判断したのか前進する。


 ここで空が赤く光った。空から人間の拳大の火の玉が無数に降り出した。火の玉は制御されているのか、村の木の壁の外側に降る。メリカの魔法だった。火の玉は小さいが広範囲に降り注いだ。


 たまらずにトロルが壁を破壊して村の中に押し入ろうとする。だが、火に弱い岩トロルは降り注ぐ火の雨によりばたばたと倒れだした。火がどんどん拡がるので逃げ場はない。防護壁には被害が出たが岩トロルは壁際で全滅しそうだった。


 うまくいったと思ったところで、村の中で悲鳴が上がる。伝令が急いで櫓に登って来た。

「申し上げます。敵の一部に侵入を許しました。数は二十に満たないもよう」


「馬鹿な、どこからです?」

「おそらく、魔法で地下から来たと思われます」


 外の岩トロルに気を取られているうちに地下から魔法で穴を掘ってやってきたのか。まさか、敵にダーク・エルフの魔術師がいるのか? まずいぞ、物資や兵糧を焼かれたら困る。ユウトは焦ったがダナムは冷静だった。


「慌てるな庄屋殿。この事態についてはサイメイも予想済みだ。物資や兵糧庫には警備の兵をきちんとおいてある。二十やそこらの岩トロルでは破れない」


 きちんと対策が立ててあるのなら良いと安堵する。次の伝令がやってくる。

「侵入した中に岩トロル・チャンピオンがいます」


 屈強な岩トロルの中でも、さらに強力な個体であり、その力は兵の百人に匹敵するといわれている。これは被害が大きくなる。止めるには強い武人が必要だ。


 ふんと鼻を鳴らすとダナムが笑う。

「どれ、儂が行って倒してこよう」


 ダナムなら岩トロル・チャンピオンでも勝てるかもしれない。だが、もし負ければ指揮系統が乱れる。だが、ダナムクラスでもなければ安心して任せられない。


 どうしようと思っていると、今まで黙っていたレルフが口を出す。

「吾輩が討ってきましょう。ダナム殿はここで茶でも飲みながら庄屋殿を守ってください」


 レルフは軍人であるが体格はダナムよりは良くない。また、戦場で剣の腕を見た覚えがないので不安だった。


 レルフがやられても良いわけではない。だが、レルフが戦死すればマオ帝国は次の駐屯軍の司令を送って来る。だが、ダナムが倒れたなら街に代わりはいない。


 じろりとダナムがレルフを睨む。

「鍛錬は欠かしていないだろうな? 負ければいい笑い者だぞ」


 自信たっぷりな顔でレルフは言い返す。

「大きいだけの岩トロルなぞ、チャンピオンであれ、ロードであれ、吾輩の敵ではありません。死んだらどうぞ葬儀の席で笑ってくださってけっこう」


 言い切るな、と思うとダナムが命令する。

「行けレルフ。敵将の首の一つも取ってこい」


 レルフは一礼して櫓を降りて行った。心配だったので尋ねる。

「大丈夫ですか? レルフ中将。負ければ被害が大きくなりませんか」


「マオ帝国の軍人は、お行儀の良さと血筋だけでは務まらん。レルフは俺よりは弱いがあれでなかなかやるもんよ。心配なら遠見の魔法でもかけてもらってここから見るがよい」

 ダナムは戦いの結果は見るまでもないと思っているのかレルフの心配をしていなかった。

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