第九十六話 東の村の防衛戦の事前準備
後日、東の村の防衛をサイメイと考えていると、アメイが館に寄ってくれた。
「庄屋様、東の村に迫る危機についてお知りになりたいと聞きました。岩トロルに動きがあります。岩トロルの部隊が動くでしょう」
岩トロルは岩のような肌を持つトロルで、主に暗がりに住む。光がない状況でも物が見えて、高い再生能力と岩のような肌を持つ。集団で夜襲に出られたら、脅威な種族だ。
だが、弱点もあり、陽の光を嫌い、火に弱い。
「日照時間がまだ短い春先を狙ってきたか。サイメイさん何か策はありますか?」
「火計ですね。上手くいけばほとんど被害を出さずに撃退できるでしょう」
相手の出方が読めた。有効な対策もわかった。ただ、敵の規模によるが、火計となると準備に時間がかかる。また、春先の不安定な天気が雨を呼ぶと効果が薄い。
「準備は間に合いますか?」
サイメイは涼しい顔で応える。
「こう言うこともあろうかと、火計に適した油の買い付けの準備ができております」
金で時間が買えるのなら問題ない。油代なら大した額ではない。うちの軍師のサイメイは頼もしい限りだ。
サイメイが静かに進言する。
「単純な火計だけでは不安要素が残るのは事実。火計は二段構えにしとうございます。ただ、そうなると魔術師を雇う必要があります」
街には戦争で一旗揚げようとする冒険者や傭兵が絶えずきている。ただ、炎を扱える魔術師の数を揃えると人件費が高くつく。それでも常勤で雇うよりは安い。
「数と質が揃うかどうか、か」
部屋の隅で給仕として控えていたママルが進言する。
「畏れながら僧正様。この婆に一つ提案があります」
良い案があるなら誰のでも採用したい。庄屋が偉ぶっても意味はない。
「是非とも教えてください」
「メリカを使うと良いでしょう。メリカがいれば、あと数人も補助を入れれば強力な火の魔法が使えます」
まだ街が村になる前にそんな老女が入居してきた。ママルは『憤怒のメリカ』と呼んでいた。なんか、物騒な通り名だと思ったが、恐ろしく腕の立つ魔術師なのか。
「どれほどの腕前なんですか?」
「メリカと一緒に戦った過去はありません。ですが、噂ではメリカは城を焼いて落としております」
噂なので尾鰭が付いているだろうが、適任に思える。メリカは入居者なので、家はすぐにわかった。手土産持参で会いに行く。
メリカは家の一部を改造して総菜屋を出していた。忙しいので店が一段落するまで待とうとする。すると、開店前に総菜屋は行列ができだし、商品が並ぶと一時間もしない内に売り切れた。調理担当のメリカと従業員の女性一人なので、量は並べていないだろうが、凄い売れ行きだ。
客がいなくなった店に行くと、従業員が申し訳なさそうな顔で詫びる。
「庄屋様。もうお売りできる総菜がありません。お買い上げになりたいのなら、開店と同時にきていただかないと」
「商売繁盛だね。評判が良いの?」
従業員が笑顔で褒める。
「メリカさんの料理は火の芸術です。温かいうちに召し上がっていただければ王侯貴族でも満足しますよ」
厨房で調理器具を仕舞っていたメリカが声を上げる。
「あまり恥ずかしい言葉を吹聴するんじゃないよ。私はただちょいと火加減が得意なだけさ」
謙遜しているが、メリカは褒められてまんざらではなさそうだった。
メリカが片づけを終えたのか、店先に出てくる。
「庄屋様なら特別に何かこしらえましょうか?」
ユウトは手土産を渡し頭を下げる。
「今日はお願いがあってきました、東の村を助けていただけないでしょうか」
メリカはユウトの態度にぴんと来るものがあったのか手土産を従業員に渡す。
「こいつを家の台所に仕舞ってきておくれ」
従業員は素直に店の家に入っていく。辺りに人がいなくなったところでメリカが尋ねる。
「庄屋様は料理婆のメリカに用があるのではなく、憤怒のメリカに用があるのかい?」
「話が早くて助かります。東の村が岩トロルに襲われそうです。これを火で撃退したい」
難しい顔してメリカが尋ねる。
「数はどれくらいだい?」
「百は超えると思いますが、千はいないかと思います」
メリカはほっとしたのか表情が和らぐ。
「なんだその程度かい? もっと多いかと思って身構えちまったよ」
岩トロルが百もいたら普通の冒険者は怯む。だが、メリカにとって『その程度』の問題らしい。一見すると皺だらけの婆さんにしか見えないのだから、ちょっとしたギャップだ。
メリカは快く引き受けてくれた。
「あまり長く店を空けられないだろうが、東の村まで出張してやるよ。準備ができたら呼びにおいで」
引き受けてくれた。東の村なら、徒歩なら往復で一日近くかかる。だが、キリンに乗せて飛べば一時間もかからない。メリカが協力を約束してくれたので、サイメイの策は使える。下準備のためにサイメイとアメイを先に東の村に派遣した。
ユウトは少し遅れて出撃準備を整えてから、ダナムを連れてレルフを迎えにいく。レルフはダナムを見ると、嫌そうな顔をした。ダナムが先に注意する。
「まさかまたお前と一緒に従軍するとは思わなかった。俺は庄屋殿に指揮を任かされている。いかに、お前でも、軍紀を乱すと斬るぞ」
レルフが機嫌も悪く言い返す。
「どんなに理不尽でも司令部からやれと命令さればやるのが軍人。そちらこそ、吾輩が育てた兵をむざむざ殺すような采配はとらないことを望みますぞ」
二人は睨み合ったままなのでユウトが間に入る。
「お二人とも村を守る任務を共にするもの、仲良くいきましょう」
レルフもダナムも『ふん』と不機嫌に口にすると顔を背けた。
二人は東の村まで一言も口を利かなかった。
古参である老いたレルフの従者にそっと尋ねる。
「お二人とも大丈夫ですかね?」
従者は昔から二人を知っているのか、苦笑いする。
「ロシェ閣下の下にお二人がいらした時も、こんなものでしたよ。御心配なく、二人は叩き上げの軍人。私情を優先して負けるような戦いはしません。と、思います」
それならばいいんだけど、ね。ちょっと不安だ。




