第九十五話 東の村に迫る脅威
2023.1.2 九十一話 ラジットの献策 が抜けていたので追加しました。
テルマが帰って行った。玄関まで出て見送る。今日はさすがに疲れたので休もうとするとサイメイが袖を引く。サイメイを伴って応接室に行った。サイメイの表情は冴えない。
「庄屋様。さっそくテルマの意地悪が始まりましたね」
「東の村を守れって話? レルフ中将が動いてくれるなら大丈夫でしょう。ダーク・エルフのドラゴン・テイマーを撃退した経験がある。なんとかなりますよ。対龍抗槍の作製だって街の職人ならできます」
サイメイは呆れ顔で首を横に振る。
「やはり、わかっていない。竜が襲撃してくるのは嘘です」
なんだと? からかわれたのか? レルフ中将まで動かして兵を動員して何もないでは恥さらしだ。
「襲撃がないなら良かった。俺の早合点でした、で済めばいいさ。東の村が平和ならなによりだ。それにテルマの指示で軍が動けばお金もかからない」
「甘いですね、庄屋様。東の村への襲撃は必ずあります。ですが、襲って来る敵は竜ではないのです。別の何かが襲ってきます」
竜に備えて兵器を作ると無駄に終わったあげく、村が落ちるのか。指令書にはおそらく竜が襲来するとは書いていない。負ければ、俺の失策となる。村に被害がでれば恨まれもする。
意地が悪いにもほどがあるな。だが、待てよ。テルマのことだ、俺が気付いて当然と思っているのか? 気付かなければ、それまでの人物と切り捨てる気だったか。
でも、人の命が懸かる中で人を試すにしては、危険なやり方だ。これがカクメイをして危ういと評価させた理由か。
サイメイの読みに間違いはないと思うのだが、用心のために裏付けがほしい。
竜士のコジロウに会いに竜舎に急いだ。コジロウに尋ねる。
「東の村が近々、竜に襲われるって予想があるんですけど、当たると思いますか?」
コジロウは不思議そうに首を傾げる。
「ないと思いますよ。火竜は繁殖期がそろそろあります。火竜を扱う者ならこの時期に竜を動かすのは避けるでしょう。氷竜は番で子育てをします。この時期の氷竜は幼竜の傍を離れたがらない」
「他の竜種はどうですか? 襲ってきそうですか?」
「雨竜は気性が大人しく荷運びに向いていますが、戦闘向きではありません。雷竜は休眠期なので活動が鈍い。毒竜は逆に今の時期には気性が荒れやすいので統制が難しい。風竜は縄張りを強く意識するので、防衛には向いていますが、襲撃には向かない」
「この時期は竜を使った作戦をするには不向きなのか?」
「竜は人と違い金では動きません。特性を無視した運用をしないのが、竜士の基本です。中には年がら年中、戦える闘竜と呼ばれる竜種もいますが、並の竜士には扱えません」
サイメイの読みが当たりだな。無論、こちらが警戒していないから山の民が裏を掻いてくる展開はある。だが、竜の生態を無視して運用しても士気は低い。対龍抗槍がなくても弓やクロスボウで撃退できる。無理に金を掛けて高価な兵器を作る必要はなしだ。では、何が襲って来るのだろう?
冬の荒れる天気は終わった。空からの攻撃は有り得る。空ならバードマンやハーピイ、陸ならオーガやトロルか。ゴブリンも考えられるが、ゴブリンは戦闘向きの種族ではない。頭数が必要なので動きがあればわかる。
また、ゴブリンなら交渉ルートがあるので八百長が可能だ。だが、山の民の指導部は怪しむから、ゴブリンは前に出さないだろう。ダーク・エルフが来たらまずいが、ダーク・エルフは賢いので、山の地の利を捨てるとは思えない。
情報が欲しいな。こういう時はアメイに聞けだ。アメイの家に行くとアメイは留守だった。留守番の下女がいたので教えてくれた
「御主人様は数日、街を空けるとのことです。なんでも、山に用事があるとか。御主人様は時折、山に山菜取りに行っているので、今日も山菜取りでしょう」
戦地と化している山に山菜取りに行く者はいない。アメイは命令されなくても独自に山の情報を集めに行ってくれている。きっと、襲撃の情報を持って来てくれる。こうなると、アメイの帰りを待ったほうがよい。
敵がバードマンかトロルかでは対策が違う。筋道が見えてきたので、レルフ中将に指令書を持って会いに行った。お土産に好きそうな甘い菓子なども持参しておく。
兵舎にいたレルフ中将の副官にお菓子と指令書を見せる。指令書があったためか、レルフ中将にはすぐに会えた。レルフ中将は指令書の中を検めると顔を顰める。なんども、手紙を確認して、本物かを確かめた。
「まさか、司令部からこんな指令書が来るとは思わなかった。庄屋殿は軍の指揮なぞ執れるのか?」
軍の指揮なんて執った経験はない。ロシェが存命だった時はお任せだった。今度もレルフにお任せのつもりだったので、尋ねる。
「レルフ中将が指揮を執られるのではないのですか?」
「指揮権は庄屋殿にある。吾輩は庄屋殿に従うように命令された。また、余計な口出しは無用とも釘を刺された。まことに不可解な命令だ」
なんか面倒な指令を出してくれるな。だが、テルマの宿題をやらないと、密貿易が始められない。レルフ中将が指揮してくれないなら、誰か軍事を知っている人を傍に置かないといけない。サイメイやラジットは知識人ではあるが、軍の指揮に関しては少々不安だ。
となると、元マオ帝国軍人のダナムしかいない。ダナムも元は中将までに出世した男。用兵はロシェには劣るが、できるはず。問題はダナムとレルフの仲が悪い状況だ。
レルフ中将の兵が果たしてダナムの命令をどれほど聞いてくれるか不安だな。だが、現状ではダナムしかいない。ダナムに会いに行く。機嫌を取るためにダナムが好きな酒を持って行った。
ダナムは薪割をしていた。足腰はしっかりしており、顔も溌剌としている。
ダナムはユウトを見ると、ちょいとばかし渋い顔をした。
「俺の好きな酒を持参で来るとは何か頼み事だな。しかも、面倒事だと見える」
こういう時の勘の良さはさすがというべきか。
「実は東の村が襲われそうなので兵を指揮して戦ってください」
むっとした顔でダナムは突き放す。
「防衛は軍の仕事だ。レルフの奴にでも頼め。あの気取り屋でも少しは役に立つはずだ」
「それが、指揮は俺が執らねばならないんですよ。ですが、指揮経験がないので、レルフ中将たちを動かす人が必要なのです」
「馬鹿な」とダナムは吐き捨てるように言って、苦情を述べる。
「誰だ? そんな軍人でもない奴に兵の指揮をするように命令した奴は? とんでもない阿呆かよほどの天才だぞ」
「テルマ様です」
テルマの名を聞くと、ダナムの顔が露骨に歪んだ。
「あいつか、あいつならやりそうだな。断れ、庄屋殿。テルマに使われると苦労するぞ。寿命も縮む」
断れるなら断りたいが、テルマに付き合わねば密貿易が始められない。
「ちょっと断れない理由がありまして、ここは助けてもらえませんか?」
「なんだ? テルマに弱みでも握られたか」
密貿易はダナムに教えられない。反対されたら面倒になる
「ええ、まあ」とだけ言葉を濁す。ダナムはぷいと顔を背ける。
「兵を指揮するのはいいが、レルフと一緒に戦いたくはない」
「そこをなんとかお願いします。東の村を助けると思って協力してください」
「でもなあ、レルフと一緒はなあ」とダナムは渋った。
「ロシェ閣下も何かあった時はレルフ中将よりダナムさんを頼りにしろと教えてくれました。ここはロシェ閣下の遺言を守ると思って助けてください」
そんな遺言をロシェは残してはいないが、言っていたことにする。ダナムの元上官で、大恩があるロシェの名を出して縋る。小狡いが、これは村人を守るための許される嘘だ。
ダナムの態度が軟化した。
「ロシェ閣下がそんなことを言っていたのか? まあ、いいそうではあるな。本当に俺しか頼る者がいないのか?」
最高に弱った顔を浮かべる努力をして頭を下げた。
「そうです。ダナムさんだけが頼りです。どうかお助けください」
「なら仕方ないか。だが、レルフには必ず従えと釘を刺しておけ。従わねば斬る」
仲が悪い二人が足を引っ張りあえば、防衛には失敗する。村の防衛が失敗すれば民間人に被害が出るので避けたい。ユウトには初陣であるが、年上でかつ、仲が良くない部下を率いた部隊で戦う事態になった。




